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「写真は物質である」

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都写美で「オノデラユキ 写真の迷宮(ラビリンス)へ」を見る。
作者によるアーティストトークにも参加。
「見る」ことへの批評性、「写真」への批評性を色濃く持った作品だ。
それは、見ることとはどういうことか、写真とはどういうものであるか、ということを作者が常に問い続け、それを作品として具体的に示していると言えよう。
「写真は物質である」とは図録の解説に出てくる言葉だが、作者は常にフィルムで制作することにこだわっている。いろんなイメージを組み合わせる過程ではデジタルも使用しているが、最終的には作者自身が暗室作業によって大きなプリントを作っている。
話の中で何度も出てきたのが「手作業」という言葉。
自分の手を動かすことで作品を作り上げていくという職人的な感覚を大事にしているようだ。
その意味でも「アーティスト」と言えよう。
by pprivateeye | 2010-07-30 23:23 | Comments(2)

dangerous zone

パリ・ニューヨーク・東京 (1985年)

つくば写真美術館′85 / )つくば写真美術館′85

名作で辿る世界の写真史

重森 弘淹 / 毎日新聞

決闘写真論 (1977年)

篠山 紀信 / 朝日新聞社

写真芸術を語る (1970年)

金丸 重嶺 / 朝日新聞社




最近、古本屋で入手したもの。
名前だけは知っていたが実物を見たことがないという本を実際に目にすると購入を抑えがたいものがある。どれも20~30年前の書籍とあってイメージ写真がないが、こうして並べてみると間が抜けて見える。
『パリ・ニューヨーク・東京』は1985年のつくば万博のときに開催されたつくば写真美術館'85の図録だ。写真展、図録とも評価されたものの、興行的にはダメだったらしい(ここ)。
この図録をAmazonで検索すると中古品でふざけるなと言いたくなるとんでもない値段が付いている。
by pprivateeye | 2010-07-29 20:45 | Comments(0)

スイカが見える。

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◆小山浩司 写真展「遊牧家族」、オリンパスギャラリー東京
中国・四川省のチベット系遊牧民の家族を約4年間追いかける。その間、微妙に家族構成が変化している。おじいさんは亡くなったのかな。

◆広田尚敬 作品展「蒸気機関車の時代 ~昭和34年とF~」、JCIIフォトサロン
鉄道写真の第一人者の若い頃(20代半ば)の作品。作者も若いが写真も若い。蒸気機関車が活き活きとしている。

◆鈴木勇 写真作品展「心象風景 ~人々の気配~」、ルーニイ
4×5で撮影、サイアノタイププリント、紅茶で調色。いわゆる古典技法とか、和紙にプリントした作品はあまりピンとこない。

◆福山えみ 写真展「works 04-05」、トーテム・ポール・フォト・ギャラリー
「月がついてくる」のシリーズの原型と言っていいのか。35mmの作品。これまでの作品をまとめようとしているのかな。
木を撮ったものに惹かれた。なぜか考えたら、他の作品とはピントの位置や画面構成が異なっていた。やや手前にピントがあり、一番奥は見えない。そのため奥には何があるのだろうと思ってしまう。

◆石内都 写真展「tokyo bay blues 1981-1984 」、ギャラリー蒼穹舎
ポジの作品。当時「カメラ毎日」に連載されていたシリーズ。四半世紀も前に撮られたものなのにヴィヴィッドだ。まるで矢作俊彦の小説を映画化しそのスチール写真を見ているようだ。写真集を購入。
by pprivateeye | 2010-07-28 23:23 | Comments(0)

「ぼくは、・・・・・・、むしろ世界の終わりを見たいと願っていた。」

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中山康樹の『マイルスの夏、1969』『エレクトリック・マイルス 1972-1975』を読み終え、ようやく東浩紀の『クォンタム・ファミリーズ』を読み始める。

「ぼくは、ハードボイルド・ワンダーランドに生きるくらいなら、むしろ世界の終わりを見たいと願っていた。」

やや硬い始まり方をしたが、第一部に入ってすぐに村上春樹の小説をネタにした話で読者を掴み、そしてこの一行が出てくる。
村上春樹の小説については、もともと想像を巡らせやすい性格があるので、それをネタに使うことで読者がそれぞれの経験を呼び起こすことになる。

さて、この話は「ネタ」で終わるのかな。それとも何かの暗示だろうか。
by pprivateeye | 2010-07-26 22:02 | Comments(0)

「杉本の写真は罠や囮であるといってもいい。」

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新宿ジュンク堂で、最近ある方面では評判になっているスティーブン・ショアの『写真の本質』を読む。テキストの量は少ないので20分ほどで全部読む。原書は2年くらい前に買っていたが読んでいなかった。

このところ写真関連の(よいと思われる)本が続けて出ている。
今日は「写真空間4」を購入。特集 世界八大写真家論。この本は雑誌の体裁なのだが2,000円もする。
取りあげられている写真家はウィリアム・エグルストン、ジェフ・ウォール、スティーブン・ショアとマイケル・フリード、アンドレアス・グルスキー、森山大道、中平卓馬、杉本博司、鈴木理策。
最初に読んだのが杉本博司について。今日のブログのタイトルはそのなかの一行。

もう一冊は、大和田良『ノーツ オン フォトグラフィー』。
よく名前を耳にする若手写真家だが、作品は見たようなそうでもないような、あまり覚えていない。
新書版サイズの本だが、パラパラと中を見るときっちりと書かれており、白黒だが写真の点数も多く、直感でいい本だと思った。

カロタイプで講評講座。
暑い日が続いているせいか、作品を持ってきた人は少なめ。
自分もプリントができていないが、作品を見て、意見を聞き、意見を言ったりしていると、やらなければと刺激されるものがある。
by pprivateeye | 2010-07-24 23:23 | Comments(0)

somethin' else

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gallery bauhausでの高梨さんのギャラリートーク。
題して「高梨豊 写真を語る ―『町』から『地名論』へ」。
最初の「SOMETHIN' ELSE」から都市を中心に「東京人」「都市へ」「町」「東京人1978-1983」「都の貌」「地名論」のシリーズをスライドで解説し、最後におまけとして「初國」について述べたものだった。
以下、走り書き。
・無目的な写真というのが基本にある。撮る前に終着点あるというのが嫌だった。
・無目的性=よりリアル=シュールレアリズム
・写すもののモノ性
・都市の表面はツルツルした感じ。それは近代の「内面が重要」という見方とは逆で、表面に郷愁が宿るのではないか。そこから「ノスタルジア」のシリーズが生まれた。
・輪郭を描かないというのが基本=無目的から撮り始める。
・「東京人」の中にあるコカコーラの写真が撮れたことで、それまで撮っていた大型カメラによる並行写真から抜け出ることができた。
・光りやパースペクティブはモノに語らせるときノイズになる。
・「東京人」はコラージュにしようと思った。
・長いレンズは因果関係をつくるので好きではない。
・写真は空間と時間がうまく合わないとダメ。
・「東京人1978-1983」では1回目のときよりは撮れなかった。
・街の質感が異なってきた。面の光線が増えた。均質な無菌性。
・写真は自己完結性がない。
・断片のすごさ。時代の推移が見えてくる。
・三脚を使うと写真家の身体性が失われる。
・中平卓馬の影響は大きい。
・中平に誘われてプロヴォーグに参加したが、みんなの写真があんなふうになるとは思わなかった。
・そのころの意識としては、時代と一緒に突っ走っていたという感覚があった。
・疾走感が止まったときつんのめりそうになり、そのため具体的な記録としてカラーの作品「町」を撮るようになった。
・普通、表現は凸型だが、写真は凹型。頂くという感覚。
・「都の貌」では東京の始原である1920~30年代を再現しようとした。
・この時期はアールデコの時代で、機械時代でもある。意匠とデザインが合っている。
・光りによって顕在化するものがあると同時に闇もある。それを強調する意味でも夜が合う。
・「地名論」は当初、自分のなかでは落ち着きが悪かった。
・以前は町に本郷とか白山とかいった、共同の面(空間)という感覚があった。最近では平面的なものがなくなり、菊坂とかいった点になった。
・それなら時間を含ませるということで2点で一組の作品になった。
・ピーカン、順光、湿度なし、というシバリで撮った。
・ピラミッド型の傑作写真をつくる気はない。傑作をつくると作品にヒエラルキーが出てくる。
・面でいいから遠くへ行きたい。
・方位、方角ではなく、方向。無名性、無目的。定義がない。
・四角い縁の周囲を見る。
by pprivateeye | 2010-07-23 23:23 | Comments(2)

暑い!

いちいち口にしなくてもわかっているが、つい「暑い!」と言ってしまう。
地震のときに「地震だ!」と周りに教えるように声に出すのも同じだな。

東京の最高気温が36℃と出ていた。
確かこれは風通しのよい日陰での気温のはずだったので、日なたで測ってみた。

ちなみに温度計はD76で現像液を作るために購入したもので、目盛りは100℃まである。





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by pprivateeye | 2010-07-21 15:01 | Comments(0)

50mm、1本1回勝負 その2

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「深川フォトセッション」、先日廻れなかったところに行く。
・兼平雄樹、「同潤会清砂通りアパート」、深川資料館通り商店街事務所2F
・遠藤志岐子、「水の流れる町で~その3」、深川番所
・高野ひろし、「ぼくはこうやって、街で遊んでいるよ」

同潤会アパートを撮っている人は多いけれど、兼平さんは実際に住んでいて取り壊しまでを撮影している。この展示はその再現とも言える。ロール紙への大プリントと、スライドで見ごたえがあった。

遠藤さんはピンホールでの撮影。フォーマットが6×6、6×9、4×5、パノラマと多彩。そのために、ピンホールの作品というと静かな印象を受けるが、活き活きとした感じを与えている。パノラマの作品で清洲橋を撮ったなかに大胆なアングルがあって楽しい。

高野さんはペンギンの模型を町の中に置いて撮影。多くの作品を1枚1枚見ていてくとペンギンが町の溶け込んで不思議な物語が生まれてくる。


◆畠山直哉、「線をなぞる / 山手通り」「Slow Glass / Tokyo」、タカ・イシイギャラリー
「線をなぞる」は大判カメラでスナップを撮ったように見える。
ギャラリーのキャプションには、「都市と自然の境界へ鋭い疑問を投げかけているようです」とあるけれど、どんな疑問かよくわからない。
それよりも畠山さんのテキストに「隠喩」という言葉を使われており、それが手掛かりになりそうだ。
そこで言おうとしていることは、世界はひとつではない、世界は金太郎飴ではない、ということか。
隠喩ということでは「Slow Glass」のほうがわかりやすい。
離れて見ると、単に水滴のついたガラス越しにボンヤリと風景を写っているだけに見えるが、近づいてよく見ると水滴ひとつひとつに風景がクッキリと写り込んでいる。
水滴の中の風景が現実であり背景のボンヤリした風景は虚構ではないか、という逆転した見方もできるし、水滴ひとつひとつは違うように世界もいろいろな見方ができる、というふうにも見える。


先日と同様、マミヤ6+50mmがお供。4本撮る。
回っている先々で写真家の大西みつぐさんと顔を合わせる。お互いがストーカーのようでもあり、最後はどちらも苦笑いするしかなかった。
by pprivateeye | 2010-07-20 22:51 | Comments(0)

BiogonT* 21mmF2.8

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暑くて昼間は出かける気がしなかった。
しかも月曜日で祝日となると、大抵のギャラリーはお休みだ。
写真を撮りに行きたいという気持ちだけはあって、どうしようかと思いながらウトウトしていた。
ようやく3時過ぎに自転車で近所を廻った。
お供のカメラはContax G2 + Biogon 21mm。
CL vol.6にコンタックスGシリーズの記事が出ていて、久しぶりに使ってみたくなったのだ。
自転車に乗ってのお散歩写真だが、ビューファインダーを覗いて写る範囲の広さにやや戸惑いながらシャッターを切ると、ジッという音が写真を撮る楽しさを掻き立ててくれて、3本も撮った。
by pprivateeye | 2010-07-19 19:13 | Comments(0)

50mm、1本1回勝負

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今日から始まった「深川フォトセッション」に行ってきた(7/25まで)。
見たのはこの展示。
・TAP Gallery、村越としや「untitled」
・深川Labo、木下奈緒美「children know the Truth」
・深川いっぷく、門井幸子「かわむこう」―わたしの東京―
・旧樫村精肉店、佐久間元「そこへゆけ」
・善福寺壁面、齋藤明彦「静物」
・onnellinen、大西みつぐ「近所論―青い夏―」

村越さんはこれまでの田舎の風景ではなく、室内を撮影したものが2種類。学生時代に同潤会清砂通りアパートを撮影したものと、昨年お祖母さんが亡くなったときのもの。後者は葬儀の場面が写されているわけではないが、喪失感とでもいうべきものが cool & wet に現れている。作者の別の面が伺えて新鮮だった。

門井さんは今回最も多くの作品を展示している。川の作品がメインで展示されているが、これまでの作品もそれぞれ手に取って見ることができる。

「同潤会清砂通りアパート」の展示は会場が土曜日休みのために見ることができなかった。残念。
また、ピンホールの作品も会場が少し離れていたので、次回に持ち越し。


今日のお供はマミヤ6+50mm。
モンゴルでは露出計を信じなかったので、今回はすべてAutoで撮影。絞りはf16固定。
快晴で日射しがまぶしかったが、空が大きく入るカットでも1/500sec・f16でオーバーにはならなかった。モンゴルでは日が傾いてきているのにこれではオーバーなことが何度もあった。
もうひとつ縛りは、1モチーフにつき1回しかシャッターを切らないないこと。
縛りを設けることで撮ることが潔くなったような気がする。気分良く6本撮った。
by pprivateeye | 2010-07-17 21:38 | Comments(2)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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