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カテゴリ:映画( 165 )

"The rain in Spain stays mainly on the plain."

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2015年12月1日(火)

YEBISU GARDEN CINEMAで「マイ・フェア・レディ」(原題 My Fair Lady)を観る。
  1964年、アメリカ、英語、カラー、170分
  監督:ジョージ・キューカー
  出演:オードリー・ヘプバーン(イライザ)、レックス・ハリソン(教授)、
     スタンリー・ホロウェイ(イライザの父親)、ウィルフリッド・ハイド=ホワイト(大佐)

ブロードウェイでのミュージカルの映画版。ミュージカルではジュリー・アンドリュースが主役を演じている。
バーナード・ショウの原作が初演されたのが1914年で、ブロードウェイでの公開が1956年で、まだイギリスの階級社会は堅固なものだったろう。ちなみに、教授や大佐は資産家でアスコット競馬場の社交場に行くこともできるがあくまでも中産階級で、上流階級ではない。上流階級は王室につらなる貴族階級であり、ブルジョワは中産階級だ。
"The rain in Spain stays mainly on the plain."は下町なまりの英語を矯正するときの一例だが、ウィキペディアを見るとこの一文が各国の言葉で一覧になっていて面白い。
イライザは下町の花売り娘からレディに変身できたが、「自分」を獲得する過程が描かれていないので批評性には欠けると言わざるを得ない。


12月1日は映画の日で料金が割引となるのでハシゴをした。
早稲田松竹で「セッション」と「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を観る。

「セッション」(原題 Whiplash)
 2014年、アメリカ、英語、カラー、106分
  監督:デミアン・チャゼル
  出演:マイルズ・テラー、J・K・シモンズ

う~ん、どうなんだろう、評価が高い記事を目にするが、すごいとは思うもののあまりいいとは思わなかった。
ドラムのレッスンの厳しさには部外者は驚くばかりだが、はっきりいってそれぞれの演奏の違いはわからない。
ドラマとしての良かった箇所は家族・親戚揃っての食事と、恋人との別れの場面くらいかな。食事の場面では主人公が従兄弟(?)から「音楽の世界は汚いからな」と言われ、これは後の伏線ともいえる。
あまりいいと思わなかった理由は、主人公が何をしたいのか全然わからないこと。学校の中のバンドでドラムを叩きたいだけのようにしか見えない。チャーリー・パーカーの例えが出てくるが、自分もそうなりたのか見えない。預かった楽譜をその辺りの椅子に投げ出したり、事故ってパニクッているとはいえスティックを置き忘れるなんて、ちょっと軽すぎる。だから、最後の最後のシーンが良く見えても、たぶんこの元教授にはついていけないだろうなと思ってしまう。


「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」
  (原題 Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance)
  2014年、アメリカ、英語、カラー、119分
  監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
  出演:マイケル・キートン、ザック・ガリフィアナキス、エドワード・ノートン、エマ・ソトーン、
     エイミー・ライアン

今日観た映画のなかでは一番いいのではないかと思う。
かつてのハリウッド・スター俳優がブロードウェイに自分の脚本・演出で出演するという話。部分的には劇中劇だ。映画や舞台といったショウビジネスのパロディともいえそうだ。
超常現象(妄想?)があったり、ドラム演奏があったり、劇中劇であるがゆえに現実と嘘(芝居)が入り混じり、撮影では長回しのようなシーンが続いたりと、いろんな仕掛けがあって油断できない。舞台裏の通路でのシーンが印象に残っている。
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by pprivateeye | 2015-12-10 01:33 | 映画 | Comments(0)

「美術館を手玉にとった男」

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2015年11月28日(土)

ユーロスペースで「美術館を手玉にとった男」を観る。
  2014年、アメリカ、英語、カラー、89分
  監督:サム・カルマン、ジェニファー・グラウスマン
  共同監督:マーク・ベッカー
  出演:マーク・ランディス、マシュー・レイニンガー、アーロン・コーワン、ジョン・ギャッパー

この映画はお話ではなく実話、ドキュメンタリーである。出演のマーク・ランディスという男が絵画の贋作を米国の46の美術館に寄付したという話だ。
あるとき美術館職員のマシュー・レイニンガーが自身の美術館にあるものが贋作であることに気付いた。新聞やTVなどのメディアもそれを大きく取り上げ、FBIも捜査に乗り出した。しかし、ニセモノではあるものの、寄贈に際して金銭的なものは一切からんでいないので犯罪性はないとのことで罪には問われていない。
贋作の作り方は結構お手軽だ。カラーコピーしたものに彩色しただけとか、木の古さを出すためにコーヒーで色つけたりしている。
寄付の仕方は母の遺産の中にあったもの、といった簡単な話だけで美術館は信じ込んでしまう。そのウラを取ろうともしていない。
ランディス自身は精神的に病んでおり、その苦悩から描かずにはいられないようだ。それは草間弥生があのドットを描かずにいられないのと同じだと思う。
上映の後、美術ジャーナリストの鈴木芳雄さんと東京国立近代美術館主任研究員の保坂健二朗さんのトークショーがあった。こんな事件は日本ではまず起こらないだろうとのこと。美術館が作品を購入したり寄贈を受けるときには必ずその来歴を調べて、あやふやなところがあれば絶対に入手しない。それにアメリカの美術館は人手も資金も不足しているし、競争意識も働くのでこんな映画のようなこともありうる、とのこと。
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by pprivateeye | 2015-12-10 00:15 | 映画 | Comments(0)

「FOUJITA」

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2015年11月20日(金)

ユーロスペースで小栗康平監督「FOUJITA」を観る。
この映画は画家・藤田嗣治の生涯をドキュメンタリーのように描いたものではない。
大きく前後半に分かれる二部構成となっている。前半は1920年代のパリ、後半は1940年代の戦時中の日本。そのなかで当時のエピソードがさりげなく挿入されている。ピカソが藤田の新作を見に来たり、騒々しいカフェの片隅で静かに絵を描いているのはモディリアーニだろう。マン・レイのモデルだったキキやパパと呼ばれたヘミングウェイもいる。そういえばカフェにモディリアーニの絵が掛けてあった。全体的に場面は断片的で、ストーリーは時代の流れくらいだ。
この二つの構成というのは時代や場所に限らない。パリ時代の藤田の絵は浮世絵のように輪郭を持った平板な人物像だが、日本の戦争画では西洋絵画の伝統に忠実に則っている。パリでのあだ名が「フーフー(FouFou)」、これはフランス語で「お調子者」を意味する。実際、エキセントリックなところもあったようだ。そして日本では一転して静かな口調で語る人物として描かれている。
映画はこの「捻じれ」のようなものを描きたかったのではないだろうかという気がしてきた。それは明治以降の日本および日本人全体にも当てはまるものではないか。
監督の小栗康平の名前だけは聞いたことがあった。「泥の河」といういい映画を撮っているらしい。実は早稲田松竹でつい最近観る機会があったのだが見逃してしまっていた。
主演はオダギリジョー。写真で見る普段の姿はロンゲでヒゲをはやしており、はっきりいって嫌いなタイプ。しかし、この映画ではおかっぱ頭の藤田にそっくりで、きれいだ。それに色気がある。それからすると、いい役者なんだろうなと思った。
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by pprivateeye | 2015-11-23 23:00 | 映画 | Comments(0)

ポーランド映画祭2015

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チラシで「ポーランド映画祭2015」というのがあるの知った。ポーランド映画が1週間限定で集中的に上映される。前売券の3回券だと1本1,000円になるので少しまとめて観ようと思った。チラシの紹介記事を読んで検討、結局6本観ることになった。
11/16(月)「約束の土地」
11/17(火)「エヴァは眠りたい」「イーダ」「地下水道」「サラゴサの写本」
11/18(水)「灰とダイヤモンド」

映像的に面白かったのは「イーダ」。あまり大きな動きはなく、顔を写すときでも上の空間を広く取っていた。テーマ的にはロード・ムービーであり、イーダのいくつかの決心が描かれている。
構成が複雑なのが「サラサゴの写本」。話の展開が夢の論理(夢の中で見た夢について語るといった)で二重三重の入れ子構造になっている。
「エヴァは眠りたい」はチラシの写真(上の大きな写真)からシリアスな話を想像していたが、喜劇だった。しかし、強盗が強盗に襲われさらに強盗に襲われるというオープニングからメタ・ストーリーで始まり、最後もこの映画を撮影しているシーンで終わるという、一筋縄ではいかない作りになっている。
「約束の土地」「地下水道」「灰とダイヤモンド」の三作は監督がアンジェイ・ワイダ。戦争やポーランドの歴史を描いてどれもシリアスな内容となっている。
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by pprivateeye | 2015-11-23 00:08 | 映画 | Comments(0)

志村喬

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京橋にある東京国立近代美術館フィルムセンターで展覧会「生誕110年 映画俳優 志村喬」が開催されていて、その関連上映で11/14(土)に「酔いどれ天使」、11/15(日)に「生きる」を観る。監督はどちらも黒澤明。料金はともに520円。

「酔いどれ天使」は三船敏郎が初めて黒澤作品に登場。いま見ても三船のヤクザはしゃれている。いわゆる百姓的なドロ臭さが全然ない。結核という病気の役のためのメイクもあるだろうが、顔立ちがシャープだ。キレキレのイメージ。後年のサッポロビールのCMは想像できない。ダンスシーンで腰を振る後姿、先輩ヤクザとの対決シーン(部屋の中での対峙、廊下でのペンキで滑るところ)がよかった。
一方、志村喬の医者・真田は反骨精神をもった熱血漢だがこれがややベタな感じだ。途中で、自分の若い頃も松永(三船)のようにやさぐれていたと話すだけで回想シーンもない。そのため松永へのこだわりも表面的なものに感じられてしまう。

「生きる」はすごいよかった。なので次を観るのをやめてしまった。ヒューマニズという言葉を使うと上っ面だけを撫ぜているような気がする。観終えたときの印象は分厚い映画だなということ。渡辺課長(志村喬)の生前と、その死後の仏壇の前での回想という構成によって、描いているものが一個人の生き方からその周囲(=社会)のあり方に変化し、批評性が前面に出てきている。また印象的なシーンもいくつかある。最後のブランコで「ゴンドラの唄」をくちずさむシーンは有名だが、それまでの話の展開からすれば予想通りという感じだ(キャバレー?ですでに歌っている)。好きなのは居酒屋で渡辺が小説家と話すシーンだ。小説家の後ろから撮って暗い片隅に渡辺の顔が見えたり、あるいは小説家が梁に両手をかけて渡辺を覆い尽くそうとしているように見えるところなど。またこれも有名だが、喫茶店で決心した渡辺が階段を駆け下りるとき隣の客たちがハッピーバースデーを歌うのが重なるシーンもいい。葬儀を終えた後の仏壇の前では酒が入るにつれて役人たちの本音が出てきて、さらに進むと口先だけで褒め合うところなど、いま現在のドラマを見ているようだ。

志村喬が出演した映画は9月から上映されており、全然気付かなかったのは残念だ。「七人の侍」や「ゴジラ」もあったが、「羅生門」はなし。金井美恵子が書いていたので「鴛鴦歌合戦」は観たかった。
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by pprivateeye | 2015-11-21 01:37 | 映画 | Comments(0)

女優

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2015年11月4日(水)

☆ヒューマントラストシネマ有楽町で「アクトレス~女たちの舞台」を観る。水曜サービスデーで¥1,100。
原題の“Silis Maria”はロケが行われたスイスの地名。
監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:ジュリエット・ビノッシュ、クリスティン・スチュワート、クロエ・グレース・モレッツ
いわゆる劇中劇の構造だが、虚構が現実を予告するような展開。
ジュリエット・ビノッシュのおばさん体形は実際の年齢を反映しており、さらに映画の中の役にも合っており、悲しくも納得のいくものだった。
女優3人とも良かったが、特に秘書役のクリスティン・スチュワートが一番いい。ビノッシュが役作りについて悩むことを、実際の役の中で感じてしまっている。そして突然失踪するのだが、それも舞台でのストーリーをなぞっているようだ。
クロエ・グレース・モレッツは小生意気な若手女優の役、その話し方が、見た目の印象とぴったりだった。
スマホやタブレットでググったりする場面がよく出てくるが、それはまさに今現在の世界を反映してリアルだ。10年後にこれらのシーンがどのように見えるのだろうか。
「マローヤのヘビ」とは、止めることのできない時間の流れを象徴しているのだろうか。


☆イメージフォーラムで「氷の花火――山口小夜子」を観る。会員¥1,100。
監督:松本貴子
女性客が多かった。映画好きというよりも山口小夜子ファンという印象。
映画は山口小夜子の活動がかなり細かく描かれていて、東京都現代美術館での展示よりも良かった。現美では彼女を撮影した写真家とか、広告のモデルのポスターなど、作品が中心だったように思う。この映画では山口小夜子という人がどんな人物だったのか、どんなことを考えていたのかといったことを描こうとしていて、本人がより強く感じられた。
ただ、タイトルはいかがなものか。氷という言葉を使ったのは短絡的、表層的のような気がする。
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by pprivateeye | 2015-11-10 00:37 | 映画 | Comments(0)

ROAD MOVIES

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2015年10月28日(水)

シネマヴェーラ渋谷で「モーターサイクル・ダイアリーズ」と「神の道化師、フランチェスコ」を観る。ロード・ムーヴィーを特集した企画。
「モーターサイクル・ダイアリーズ」はチェ・ゲバラの若い頃の南米縦断の旅を描いたもの。元になっているのは本人のそのときの日記だ。映画を観る限りでは、チェ・ゲバラは静かで正直でまっすぐな人だったようだ。年上の友人二人との旅だが、どちらも裕福な家庭のお坊ちゃんだった。それが旅を続けるにしたがって南米の現実を知ることになる。映画は帰国する直前までだが、帰国後医師免許を取得して、二回目の旅に出ることになる。
「神の道化師、フランチェスコ」は当初上映予定だった「イタリア旅行」から変更になったもの。監督はどちらもロベルト・ロッセリーニ。この映画はアッシジのフランチェスコと呼ばれた人の短いエピソードを重ねたドキュメンタリータッチのものになっている。“アッシジのフランチェスコ”という名前になんとなく聞き覚えがあったのでウィキペディアで調べたら大変な人だった。中世イタリアにおける最も著名な聖人のひとりで、イタリアの守護聖人でもある。小鳥に説教するという話も有名で、映画にも描かれている。タイトルの“神の道化師”も実際にそう言われたようだ。

この後、京橋へ移動。近美フィルムセンターでオーソン・ウェルズの「上海から来た女」を観る。
リタ・ヘイワースが演じたエルザ・バニスターはやり手弁護士の妻で若くて美人だが実際は悪女だったという設定だが、映画を通して全体に一定の印象を受けた。悪女だったんだ、という衝撃は薄い。むしろその夫アーサー・バニスタ役ーのエヴェレット・スローンが最初は嫌なヤツという印象だけだったが、次第に存在感が強まっていったのは良かった。オーソン・ウェルズが逃げ込んだ休みの遊園地、人気がないだけにトリックを仕掛けた部屋の不気味さが感じられた。最後の鏡の部屋のシーンはいい。有名らしくていろいろオマージュがあるようだ。「燃えよドラゴン」もそのひとつ。
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by pprivateeye | 2015-10-30 02:49 | 映画 | Comments(0)

ORSON WELLES

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2015年10月25日(日)

東京国立近代美術館フィルムセンターで「生誕100年 オーソン・ウェルズ――天才の発見」と題してオーソン・ウェルズの作品が上映されている。この日は「審判」と「フォルスタッフ」を観た。ここで映画を観るのは初めてだ。ホールは定員310名だが8割方埋まっていたのではないだろうか。

「審判」は同題のカフカの小説が原作。突然逮捕される平凡な銀行員の役をアンソニー・ホプキンスが演じている。不条理感たっぷりのこの作品によく合っている。もしかしたら「サイコ」よりもいいかもしれない。オーソン・ウェルズは弁護士役で登場。他にはジャンヌ・モロー、ロミー・シュナイダーという有名どころも出演。しかし、ウェルズの映画では役者はあくまでも役者で、その人気に合わせて話が進んでいくということはない。
この映画が不気味なところは、銀行の体育館のように広いフロアにびっしりと机が並んで全員が機械のように事務が行われているところや、裁判の場面では全員が男性でしかも表情がないところだ。小学生くらいの女の子たちが大勢まとわりつき、逃げても追いかけてきて、嬌声とともに隙間だらけの板の壁から目だけが覗いているシーンは怖かった。そういえばカフカの小説では登場人物が叫んだりしてもそれが素直な感情の表れとは思えないところがある。何かに心の中が支配されているような気味の悪さが薄っすらと感じられる。

「フォルスタッフ」はシャイクスピアの戯曲に出てくる人物で、この映画はその戯曲「ヘンリー4世」がベースにあるようだ。ここではウェルズが主役を演じている。フォルスタッフは真ん丸と言っていいくらい太った騎士で、戦場ではその体に甲冑を着てちょこちょこ走り、ユーモアたっぷりの姿を見せている。しかし、この戦闘場面はその暴力性が映画史上特筆されるものだ。先日観た「プライベート・ライアン」の冒頭の場面と双璧と言っていいかもしれない。この戦いで勝った王子は後にヘンリー5世となる。王子と友だちだったフォルスタッフは重用されるのを期待したものの、逆に縁を切られてしまった。ユーモアな丸い体だけにその無念さが余計に強く感じられ、さみしいエンディングとなっている。
この映画にもジャンヌ・モローが出ている。彼女は好きな俳優だけにお得感もあった。
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by pprivateeye | 2015-10-27 00:30 | 映画 | Comments(0)

David Bowie

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2015年10月24日(土)

渋谷のイメージフォーラムで「デヴィッド・ボウイ・イズ」を観る。初日の初回、整理券No.54だった。
2013年にイギリスの国立ヴィクトリア&アルバート博物館で開催された、同タイトルの展覧会を追ったドキュメンタリー映画だ。展覧会はデヴィッド・ボウイの赤ん坊の写真から始まる回顧展で、イギリスの後、世界を巡回している。

ところで肝心なことだが、これまでほとんどデヴィッド・ボウイの音楽は聴いたことがない。
アルバムは「ジギー・スターダスト」を持っているくらいだ。しかし、このアルバムが出たのは覚えている。邦題が「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」で、なんじゃこれはと思った。第一、覚えられない。原題の“The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars”を直訳しただけだった。
その頃、つまり1970年代初めはレッド・ツェッペリンが71年に「Ⅳ」を、ディープ・パープルが72年に「マシン・ヘッド」を発表するなどまだまだハードロックの全盛時であり、ちょっと軟弱な印象だったデヴィッド・ボウイはほとんど気にすることはなかった。ただ、ヴィジュアルでも独自の展開をしていたので雑誌ではよく目にしていたと思う。

で、いまも特に聴いているわけではないので、この映画に出てくる業界の人から一般の人までの興奮というのは何の感傷もなく見ていただけだった。

でもね、50年というキャリア、それも一貫して“デヴィッド・ボウイ”という音楽をブレずに続けてきたということには関心がある。簡単に無視はできないんじゃないかと思っている。しかし、自分の年齢からすると新しい音楽を追いかけるのは難しいものがある。自分の中に根っこになるような記憶がないのでどうしても頭で聴いているような気がする。これと同じように思うミュージシャンにブルース・スプリングスティーンがいる。この人の発音がよく聞き取れないのがつらいw
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by pprivateeye | 2015-10-26 01:38 | 映画 | Comments(0)

丹生川駅

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10/16から10/20まで実家に帰っていた。親がいい年なので、今年になってからは二月に一度は帰るようにしている。といって何かするわけでもなく、大体はゴロゴロしている。

今回はCATVで映画を観た。
10/16「ダイハード」「ダイハード2」ともに吹替版
10/17「最強のふたり」「愛人/ラマン」
10/18「プライベート・ライアン」

「ダイハード」はともに以前に観ているのだが、案外記憶はいい加減だなと。1作目の裸足でガラスの上を歩くシーンはもっとギャグっぽいと思っていたし、2作目の最後のシーンはてっきり昼間の晴天のときだと勘違いしていた。

「最強のふたり」は介護人ドリス役のオマール・シーがいい。自分の母親の仕事帰りをじっと見つめているシーンなど、無言のときが良かった。家族には言葉はいらないということか。

「愛人/ラマン」はマルグリット・デュラスの自伝的小説が原作ということだけは知っていた。川を渡るシーンというのは何かの象徴なのだろうか、よくわからなかった。フランス映画だが言葉は英語だったのは残念。ナレーションはジャンヌ・モロー。

「プライベート・ライアン」のレヴューをネットで読むとほとんどが戦闘シーンについてだ。しかし、この映画はトム・ハンクスが命令に従って淡々と任務を行うことがメインだと思う。実際の戦闘の場面では戦争の大義は二の次のはずだ。不条理だがそれについて悩むひまはない。だからこそ戦後生き残った者にはそれが重くのしかかるのだろう。
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by pprivateeye | 2015-10-21 01:45 | 映画 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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