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2018年 11月 08日 ( 1 )

11/8 Twitterから再掲 蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像(下)』より

遥かな距離にある対象物に照準を合わせること、そして指の微妙な動きが成功と失敗とを分けへだてるという物理的な類似にとどまらず、ある攻撃的な衝動なしには達成されがたい振舞いとして、撃つことと撮ることとの心理的な類縁性が、すでに写真の発生期に、狩猟の快楽に目覚めたばかりの旅行家によって実践されている点に、われわれは改めて興味をおぼえる。ある種の征服欲の発現なしには、撃つことも撮ることも真の目的を遂げえないだろう。しかもその征服欲は、真の闘争として演じられるのではなく、ある種の儀式性に保護された主体にのみ許されるいくぶんか遊戯的な、ほとんど虚構の欲望として充足されるのだというべきかもしれない。撮ることは、狩ることと同様、ほとんど安全な振舞いであり、それでいながらそのつどいくばくかの勝利を味わうことを主体に約束する。つまり、そのいずれにあっても、しかるべき努力は獲物によって報われるのである。


蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像(下)』講談社文芸文庫、P.193








  



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by pprivateeye | 2018-11-08 23:23 | Comments(0)