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映像と言語、どちらが先か

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3月23日(日)

・北島敬三「UNTITLED RECORDS Vol.1 展」、photographers' gallery
同題の冊子発売の宣伝のような展示だった。東北の震災の写真(大全紙くらい)3点と、部屋の中央の台に見本の冊子が置いてあるだけ。今回のタイトルといい、昨年さがみはら写真賞に選ばれた「ISOLATED PLACES」といい、特別ではない風景をできるだけ「普通」に撮ろうとしているようだが、写真の意味するところとは逆に作者自身の押し出しが強い。


・熊谷聖司写真展「EACH LITTLE THING」、蒼穹舎
ポストカードのような作品。雰囲気、気分優先と思えるが、これも表現なのだろうな。でもネコ写真や富士山と大差ないように思えた。作者の「思惟」といったものが感じられる作品が好きだ。あるいは勝手にメタファを読み込んでしまうようなもの(笑)。


夜、カロタイプで講評講座。
写真の言語化は所詮無理。しかし、何を見せたいのかは、自分の中ではっきりさせておくこと。
 映像→言語 不可能
 言語→映像 ある程度は可能 コンセプチュアルアート
知的作業と感覚的作業
ヨーロッパでは、絵画<小説<詩
「感性の中にないものは知性の中にはない」 アリストテレス→トマス・アクィナス→白岡順
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by pprivateeye | 2014-03-26 02:26 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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