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「そこに残るのは形だけでしょう」

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2017年4月15日(土)

・奈良原一高写真展「華麗なる闇 漆黒の時間」、キヤノンギャラリーS
展示は暗い部屋で作品にだけ照明があたっていた。作品はヴェネッティア、刀、能、禅の4シリーズで、展示数はヴェネティアが全体の6割というところか。最初は暗さに目が慣れないのでイメージしか見えずしかもデジタル出力なので、モノとしての写真は捨てているのねと思いながら見ていた。そんな不遜とも思えることを考えていたのだが、目が慣れてくると細部まで見ることができて楽しむことができた。ヴェネティアでは建物の入り口の上部が丸くなっているところだけを集めたコーナーがあり、これは杉本博司の劇場シリーズのようだと思った。4つのシリーズでは禅は好みかな。チラシのテキストに奈良原さんの言葉があり、「禅という思想は、科学的手続きをふむ写真には写らないと思います。そこに残るのは形だけでしょう」と述べている。割り切っているなあ。ここのギャラリーがいいのは展示作品の小冊子が無料でもらえるところだ。

・桜井秀写真展「ノスタルジックな道 ルート66」、キヤノンオープンギャラリー1
以前、キヤノンの望遠レンズが触れるコーナーがあったが、その横が展示スペースになっていた。すでに廃線となっている米国の国道ルート66を辿った、モノクロの作品。タイトルにノスタルジックなとあるが写真はあえてそういう撮り方はしていないように思えた。極めて現代的なスナップだった。

・原美樹子写真展「Change」 第42回木村伊兵衛写真賞受賞作品展、新宿ニコンサロン
少し黄色い感じのプリントが独特だ。イコンタというクラシックカメラでほとんどノーファインダーで撮られており、選考委員の一人鈴木理策さんが「目の前に現れる世界を不思議そうに見つめ、カメラにお願いして記憶してもらっている」ような印象だと述べている。最終候補に残ったなかでは現代アートから遠く離れていて、一番写真らしい写真が受賞したのはいいことではないかと思う。「アサヒカメラ」が木村伊兵衛賞を別冊付録にしているのはいい。それを読んでいるときに写真仲間と遭遇する。

・伊藤邦美写真展「秩父みち二人」、ニコンサロンbis新宿
定年退職した人が夫婦で秩父札所巡りをしたときの写真。その場所と二人の記念写真がセットになって展示されていた。作者が話しているのを背中で聴いていたのだが、俺が俺がという人のようで写真もその通りだった。


  


  



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# by pprivateeye | 2017-04-19 19:33 | Comments(0)

「乱 4K」

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2017年4月14日(金)

YEBISU GARDEN CINEMAで黒澤明監督「乱 4K」(1985年)を観る。タイトルにあるように4Kデジタル修復されたものだ。
この映画の中心は当然
シェイクスピア「リア王」であり、
秀虎役の仲代達矢と狂阿弥役のピーターがそのストーリーの真ん中にいる。他に重要な役は楓の方の原田美枝子かな。
秀虎が息子たちに裏切られ城に火をかけられてから狂気と正気を行ったり来たりするところは仲代達矢だからこそだ。アップでも引きでもその存在感を見せている。
狂阿弥役のピーターは一人色黒でおかしなことばかり言って、あれは何だ余計だというレビューをいくつか目にするが、それこそがこの映画の世界の異常さを表わしている。異常ばかりでは正常が何かわからない。狂阿弥役がおどけながら、あるいは狂言風に言っていることはすべて真実なのだが、それを理解している者は周りにはいないように思えた。
クローズアップの頻度などでその場面や役の重要さが測れるが、長男太郎(寺尾聡)はほとんど印象に残らないし、その印象の薄さが役柄(演技)となっている。次郎(根津甚八)も最初は父親秀虎をどうするかと腹心たちと相談する場面などでクローズアップで捉えられるものの、楓の方(原田)が本性を表わしてからは背後からのショットが多くなった。
楓の方が次郎の正室の末の方(宮崎美子)をどうするのかと迫る場面ではカメラは絶対に次郎の表情を映そうとしない。ちなみに宮崎美子がクローズアップで捉えられることはまったくなかった。三郎(隆大介)は「リア王」では三女コーディリアに相当するが、この映画ではさほど重きが置かれていない。
一方で、楓の方は地味な登場の仕方をするが次第にその本性を露わにしてくる。そこには秀虎に攻め滅ぼされた一族の生き残りという背景がある。これは浅井長政の三姉妹のあり得たかもしれない生き方だと思う。三姉妹の母は織田信長の妹お市であり、姉妹は豊臣秀吉や徳川秀忠に嫁いでいる。浅井長政自身も信長に滅ぼされており、三姉妹の誰かが楓の方のように振る舞ったとしてもおかしくない。このことに触れた評はまだ目にしていない。
このような見方をしてくると、合戦のスケールがすごいとかの感想をよく見るが、それは付け足しのようにしか思えなくなってくる。実際には、多くの馬が走っている中で落馬するという演技はものすごく危険だ。それが何回も何人もがやっているわけだが、物語の展開から考えると合戦が必ずしも必要とは思えなかった。城攻めのシーンでは秀虎が狂うためにだけ必要としか考えられないでもない。このあたりもう少し切り詰めていけば親子の裏切りと愛情という関係が濃くなったのではないか。ただし、超大作というわけにはいかないかもしれないが。



  



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# by pprivateeye | 2017-04-19 00:49 | 映画 | Comments(0)

「アメリ」<午前十時の映画祭8>

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2017年4月13日(木)

TOHOシネマズ市川コルトンプラザで「アメリ」を観る。午前十時の映画祭8。実はこの映画を観ようかどうしようか迷っていたのだが、午前十時の映画祭に入っているということで観ることにした。感想、よかった、面白かった、いい映画だった。監督が「エイリアン4」を撮ったジャン=ピエール・ジュネで、2001年に公開されフランスに限らず日本でもブームになった、ということはまったく関係なしに楽しめたし、意外に深みのある内容だった。なによりもテンポがよく、色もヴィヴィッドで、人間関係がメインというフランス映画そのものという印象。ビデオやTVのシーンがいくつも出てきて、わかる人にはわかるという感じだ。トリュフォー「突然炎のごとく」のジャンヌ・モローたちが橋を駆けているシーンに気付いたときは、おッと思った。ツール・ド・フランスで馬が選手たちといっしょに走っているTVのシーンもあれば、隣のアパートメントの老人が模写している絵画はルノワール「舟遊びをする人びとの昼食」だ。先行する作品へのオマージュやパロディが随所にみられた。極めつけは最後のシーンだ。恋が実ってアメリが彼のバイクの後ろに乗って街中を走る場面は「ローマの休日」そのもの。主人公たちの笑顔がそのまま観ているものに移ってしまう。





  



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# by pprivateeye | 2017-04-18 19:34 | 映画 | Comments(0)

早稲田松竹でヴィスコンティ

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2017年4月12日(水)

早稲田松竹でヴィスコンティ監督の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1942年)と「揺れる大地」(1948年)を観る。前者は1月に新宿武蔵野館で観て二度目だ。ともにモノクロで、ネオレアリズモの作品に数えられている。他にはロッセリーニやデ・シーカの名前がよくあがる。
たまたまBookoffで見つけた『ヴィスコンティ 壮麗なる虚無のイマージュ』(若菜薫、鳥影社)の分析が興味深い。主題、物語、映像話法、映像主題といった切り口で各作品を分析している。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」については後ろ姿の表現性ということを述べている。映画の冒頭、主人公ジーノがトラックの荷台から降りて食堂に入っていくまで主人公の顔が映ることはない。また、大道芸人スパーニャがジーノを旅に誘いに来たが果たせず去っていくときにもその後ろ姿がしっかりと描かれている。こういった細かな箇所というのはよほど映画慣れしていないと見逃してしまうものだ。それについて書かれたものを読み、再度観るときにはストーリーはわかっているのでより細部に入っていける。映画は二度観よ、ってかw
「揺れる大地」は初めて観る作品だ。一言でいえば、漁師が搾取から逃れようとしたが失敗する、という話になる。ヴィスコンティの大きなテーマとして家族の崩壊があるが、それが苦い気持ちとともに描かれている。主人公の漁師ウントーニは独立に失敗して再び仲買人に雇われる。その際、激しい嘲笑をあびるが一切表情は変えず何もしゃべらない。それは屈辱からではなく、信念を持ち誇りを失っていないからだ。先にあげた書籍では、そこには「山猫」のサリーナ公爵と同じ精神的貴族を読み取っている。



  

   



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# by pprivateeye | 2017-04-17 23:59 | 映画 | Comments(0)

写真は後から記録になる。

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2017年3月31日(金)

・大西みつぐ写真展「川の流れる町で」、ふげん社
同題の写真集刊行に合わせた展示。写真集と同様、「放水路」と「眠る町」に分けられている。展示の仕方も異なる。「放水路」の写真はアクリル板に貼り付けたもので、夕陽を受けてか暖色系の光りがあたって情緒的に見えた。一方、「眠る町」のほうはフレームに入っており、陰影の少ない街並みはどこかクールな印象だった。上の写真は大西さん所有の昭和30年代の地図。まだ都電が走っている。その下は大西さんの子供の頃の写真。

・稲垣徳文写真展「HOMMAGE アジェ再訪」、gallery bauhaus
アジェが撮影したパリを同じ場所、同じアングルで撮影。しかし、アジェのコピーではない。スローシャッターで人物の動きを流すのではなく、あくまでも全体にピントのあった現代の写真だ。バライタと自作の鶏卵紙による同じネガからのプリントをセットで展示。一部、異なるネガが使われており、二点を同時に見たときそちらの方が面白い。でも好みからするとバライタかなw あと、撮影場所のクレジットがあったらもっとよかったと思う。

・菅野ぱんだ写真展「Planet Fukushima」、新宿ニコンサロン
正直に言うと、また福島の写真かと思っていた。しかし、これまでに見た原発事故に関連した写真展では一番見応えがあった。展示も工夫されており、額装ながら隣同士のカットが連続するようなプリントだったり、その下部にガイガーカウンターを写し込んだりしている。汚染土を集めた場所の空撮が何点もあり、それが不気味だ。また、手前の人物をぼかして背景にピントを合わせたものも不穏な感じがした。

・「2016年度 Top Eye フォトフォトサロン入賞作品展」、新宿ニコンサロン
中学、高校生のフォトコンテストの写真。写真家小林紀誠晴の挨拶文があった。デザイン的なもの、画面構成や人物の動きを演出したものなど、すごく考えた写真が多く、スナップはほとんどなかった。夕陽が田んぼに写る作品がいいなと思った。





  




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# by pprivateeye | 2017-04-02 00:29 | Comments(0)

桜の季節

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2017年3月28日(火)

・横木安良夫作品展「あの日の彼、あの日の彼女。1967-1975」、JCII PHOTO SALON
展示が今日までだと思って急いで行ったら、今日から始まりだった。2006年のブリッツ・ギャラリーでの展示と同じ作品。ラムダシステムでバライタにプリントし通常の現像処理を行ったとある。プリントはきれいなのだが、揃い過ぎているという印象が強い。もっとアナログ感が欲しい、と思うのは欲張りか。1968年新宿騒乱のとき横木さんは大学2年で19歳。機動隊が向かってくる状況での写真もある。こんなときは逃げるのではなく、彼らの間を通り抜けるようにすることで難を逃れられるとのこと。こんなアングルでは普通撮らないよなあというのが、広角を使って海水浴場での女性を上から見下ろすように撮っている作品だ。

・植田正治作品集出版記念写真展「もうひとつの風景 Another scenery」、Books and Modern
砂丘での作品と、ヨーロッパで撮られたもの。暗い背景、黒い服、頭も黒い布で覆って、横顔だけが見える作品が一番印象に残った。砂丘の作品では「パパとママとコドモたち」と題した、家族が横に並んだ写真はずいぶんとホコリやキズのあるプリントだった。

・フジフイルム・フォトコレクション展 日本の写真史を飾った写真家の「私の1枚」、富士フイルムフォトサロン
昨年購入した図録に記載されている作品の展示。タイトル通り超有名な作品ばかりだ。白岡さんの作品も一点(各作家一点)。フランス、ニームで撮られた、自分の影が窓に写り込んでいるもの。隣が秋山正太郎のバラの写真では不本意かなと推測するw

・Kiiro写真展「SAKURA」、EMON PHOTO GALLERY
桜の花を画面にみっしりと集めている。ストレートな写真ではなく、フォトモンタージュによる作品。こんなに「濃い」桜というのは西洋近代以降の感性ではないかと思った。桜の花はボンヤリしているものもあるが、画面のなかでは幹や枝が形をつくっておりそれに惹かれる。ギャラリーのキャプションに「山桜」を撮ったとあったが、ヤマザクラではなく山の桜という意味だと思いたい。写っている桜はほとんどがソメイヨシノのようなので。





  


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# by pprivateeye | 2017-03-28 23:25 | Comments(0)

銀座をグルグル。

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2017年3月22日(水)

・「ポーラ ミュージアム アネックス展 第10回 2017 ー感受と創発―」、POLA MUSEUM ANNEX
4名の作家の展示。日本画が一人(武田裕子)、油彩画二人(髙木彩、池田光弘)、写真が一人(彦坂敏昭)。写真作品もストレートな写真というわけではなく、写真を使った現代アートという感じ。いつも思うのだが、日本画を間近で見ると、その力強さに驚かされる。絵(イメージ)は優しいものがほとんどなのだが、近くで見ると筆のタッチやマチエールがよくわかり、改めて画家の手で描かれたものだと納得させられる。

・ロバート・メイプソープ写真展「Memento Mori」、CHANEL NEXUS HALL
意外とコントラストが低く、パキッとしたところの少ないプリントだ。しかし、画面構成は考えに考え抜かれており、隙が見当たらない。画面に緊張感を出しやすいスクエア・フォーマットが必然のように思えた。若い男性の彫像はセルフポートレートと同じ感覚だろうか。この写真で足を止める人が何人かいた。緊張感が少し緩むという意味では、左上方に白い四角のある、男性が寝ている彫刻の写真が好みかな。

・横山将勝写真展「CROSSINGS」、CANON GALLERY
カラー作品。普段、デザイン関係の写真を撮っている人だろうか。

・東松照明写真展「おお!新宿」、AKIO NAGASAWA Gallery
同題の写真集が出たのは1969年。写っているものは学生デモや男女の絡みなど、内容的には過激なものだ。しかし、写真を見た印象は温いという感じだった。古い写真という印象が強く、その古さが意味のあるように見えるのは風俗だったり風景だったりする。眼鏡をかけて髪を七三に分けた細面の兄ちゃんが、そうそう昔はこんな人よくいたよねえと思った。また、電車の線路際まで家が立ち並んでいる写真では、アジアのどこの国だろう、という感じだ。

・千田貴子写真展「草のゆりかご」、銀座ニコンサロン
コンデジのスクエア・フォーマットでの撮影とのこと。自然な色味が優しい印象を与える。緑が気持ちいい。モノクロで撮影していたときのようなカットもいくつか見られる。作者自身の環境が大きく変化したにもかかわらず写真を続けていることも含めて、変わらなさに安心した。

・第16回写真「1_WALL」展、Guardian Garden
最終選考に残ったのは阿部直樹、白井晴幸、千賀健史、富澤大輔、藤澤洸平、姚遠の6名。このうち阿部さんだけモノクロの作品で、写真道ど真ん中という感じだ。以前の作品とそんなに変わらないと思うが、少し色気のようなものが漂っているのかな。姚遠さんは志賀理江子「螺旋海岸」を連想させた。これまでの1_WALL展の流れからするとグランプリは富澤さんか千賀さんかなと思った。千賀さんのインドの青年を撮った作品はドキュメンタリーかフィクションかあいまいなところが面白いが、構成が複雑すぎるように思えた。

・「プラチナプリント写真展」、ライカギャラリー東京、ライカプロフェッショナルストア東京
 エリオット・アーウィット × ワーナー・ビショフ
 ハーバート・ポンティング、荒木経惟、セイケトミオ、菅原一剛、蓮井幹生、萩庭桂太
メインの展示がエリオット・アーウィット × ワーナー・ビショフだった。プリントはどちらも久保元幸さんでアマナサルトが関係しているので、昨年12月にIMA Galleryで見たプラチナプリントと同じ手法だと思う。この中では荒木経惟「左眼ノ恋」を大きく引き伸ばしたものがよかった。従来のプラチナプリントで取り上げられるような写真ではないところがおもしろいし、こうして大きなプリントを見ると「左眼ノ恋」はいい作品だなと思った。




  





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# by pprivateeye | 2017-03-24 23:49 | Comments(0)

写真を見ても道を歩いても、上がったり下がったり。

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2017年3月18日(土)

・飯田鉄写真展「草のオルガン」、ニエプス
このDMを最初見たとき、えっカラーか、と思ったが、展示を見て安心した。モノクロと同様、濃い影が印象的なプリントだった。写っているものは古い住宅や建築物で、一見昔に撮られた写真のようにも思えるのだが、すべてデジタルでそれも7種類くらいのカメラを使用しているとのこと。

・広瀬耕平写真展「土を織る」、TOTEM POLE
不思議な写真だった。白く光っている小さなものは雪のように見えたが、写真は干潟を撮影したもので、陽射しの反射や貝殻とのこと。そして暗い背景に木々の細かな枝のように見えていたのは和紙の繊維だった。フィルムのベースが和紙とのこと。これには驚いた。実際にネガを見せてもらったが、裏が白くて紙だというのがよくわかった。これだと今回の作品のように抽象的なイメージしか適さないかなと思ったが、4×5を見ると普通の風景でも違和感なく見ることができた。

・二人展 溝口剛「つむつくくむ」・長谷川操「闇は闇でない」、ゑいじう
ふたりともモノクロの作品。やはり喫茶店などでの展示は苦手だ。

・増田祐子写真展「その1%のために」、CALOTYPE
このDMから、また家族写真かと思っていたが間違いだった。Fujiの645で撮られたモノクロの写真は、コントラストがありながらシャキッとした感じよりも柔らかイメージで、不思議な印象だった。海辺とか公園よりも街中のスナップが圧倒的によかった。ちなみに、645のカメラは普通に構えて撮ると画面は縦位置になる。この展示はすべて縦だった。




   



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# by pprivateeye | 2017-03-22 02:43 | Comments(0)

『言語ジャック』と「家族の肖像」

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2017年3月17日(金)

昨年、四元康祐という現代詩の詩人を知った。詩集『言語ジャック』に「名詞で読む世界の名詩」という作品がある。こんなふうに始まる。
秋 夜 彼方 小石 河原 陽 珪石 個体 粉末 音 蝶 影 河床 水
(中原中也「ひとつのメルヘン」)

蠅 時 部屋 静けさ 空 嵐 目 涙 息 攻撃 王 形見 遺言 部分 署名 羽音 光 窓
(エミリー・ディキンソン「蠅がうなるのが聞こえた――わたしが死ぬ時」亀井俊介訳)

心象 はがね あけび つる くも のばら やぶ 腐植 湿地 諂曲模様 正午 管楽 琥珀 かけら いかり にがさ 青さ 四月 気層 ひかり 底 唾 はぎしり おれ ひとり 修羅 風景 なみだ 雪 眼路 天 海 聖瑠璃 風 Zypressen 春 いちれつ 光素 脚並 天山 雪 綾 かげろう 波 偏光 まこと ことば 王髄 日輪 樹林 交響 碗 魯木 群落 枝 二重 喪神 森 梢 ひのき 草地 黄金 かたち けら 農夫 気圏 かなしみ 青ぞら つち 肺 みじん いちょう 火ばな
(宮沢賢治「春と修羅」)

あれ 何 永遠 太陽 海 見張り番 魂 夜 昼 世間 評判 方向 己れ 自由 サテン 燠 お前 義務 間 望み 徳 復活 祈り 忍耐 学問 責め苦 必定
(アルチュール・ランボー「永遠」宇佐見斉訳)

・・・・・・
この詩はこんな調子で28人の詩の名詞だけが引用されている。文節はなくても使われている名詞を見るだけでその詩の世界が浮かび上がってくるようだ。谷川俊太郎とは異なった形で言葉に関わっていることが面白くて気持ちがいい。

この詩集を思潮社のサイトで注文したのだがついでだし直接買いに行こうと思った。が、所在地の番地を間違えてしまい、東西線神楽坂駅で降りてしまった。一度はあるビルに入ったのだがそれらしき会社の気配がない。改めて検索したら番地は1-17ではなく1-7だった。そしてそこは凸版印刷の側だった。その近くでまたウロウロしていたら声をかけてくる男性がいて、それが思潮社の人だった。約束の時間に来ないのでわざわざ路上まで出てこられたようだ。さらに支払いのときには消費税までサービスしてもらった。たぶんおつりが面倒だったのだと思う。ちらっと見えた室内は本の山で外にまであふれそうで、なんかいい感じのする空間だった。

せっかくなので向かいの凸版印刷の印刷博物館を見学する。1Fの入場無料の展示だけ見る。凸版文久体という新しい書体を作る過程が展示されていた。ブックデザイナーの祖父江慎の校正とかも見られて面白かった。で、完成した書体が上の写真。凸版文久見出しゴシックEBというもの。

このあと神保町の岩波ホールへ。ヴィスコンティ「家族の肖像」を観る。始まった回の次の時間だったので整理券番号は№1だった。実はこの映画館は初めてだ。ちょっと料金が高い、というか割引率が小さい。ヴィスコンティは「山猫」を観て以来のファンだ。どちらもバート・ランカスターが主演を務めているが、印象は対照的だった。「山猫」での公爵は没落していく貴族階級の中でも背筋を伸ばしているが、「家族の肖像」での教授は世間からドロップアウトして自分だけの狭い世界に生きている。その教授に父と息子、そして同性愛的な関係をうかがわせた青年がヘルムート・バーガーで、最初はガサツな人物に思えたのが次第にその知性と危ない政治思想を見せてきて、教授との関係が強くなっていく。いいなあと思っていたら、この人は「ルートヴィヒ」を演じた人だった。しかもヴィスコンティはトーマス・マン「魔の山」の映画化も企画しており、その主役ハンス・カストルプにヘルムート・バーガーを予定したという記事を読んで、観たい!と思ったのだった。





  


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# by pprivateeye | 2017-03-21 01:53 | 映画 | Comments(0)

写真って、気持ちが出るよね。

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2017年3月11日(土)

・「ROCK YOU展」、CALOTYPE、ニエプス
LPレコードのジャケットに写真を貼った展示。二つのギャラリーで展示されていたが、合わせて見るとニエプスに展示されていた田中長徳さんの2枚の写真が一番好きだな。ところで実はこの展示はあまり気分のいいものではなかった。写真とレコードジャケットの組み合わせというけれど、ジャケットは単に写真の台紙としての意味合いしかなかった。レコード盤の中央の写真も新しく貼られたものだが、レコード自体はそのまま聴くことができる。なかにはジャケットの天地さかさまのまま写真が貼られたものもあるなど、レコードに対するリスペクトが感じられなかったのが残念だ。その意味も含めて成功していそうなのはニエプスに展示されていた元田敬三さんの作品だ。写真がツッパリ連中(?)を取り押さえるもので、レコードが若い頃の石原裕次郎だった。

・梁爽(リョウ ソウ)写真展「東・北/East・North」、TOTEM POLE
東京と北京でのモノクロ・ッスナップ。上下二段の展示で、上が東京、下が北京という『組み合わせだったが、どちらもほとんど違いはなかった。東京と北京、どちらも好きだという作者の気持ちが感じられる。

・張凱翔(Ken Chang)写真展「東京サーカス」、Place M
街中のモノクロ・スナップ。六つ切りの展示で点数が多かったが楽しく見ることができた。写っているものとか撮り方が特に面白いというわけではないのだが、全体として作者のユーモアが伝わってくる、嫌みのない写真だった。

・田口昇写真展「コクーン」、RED Photo Gallery
作者の子供が生まれ、その姿を10日ごとくらいに撮影。生後すぐから99日目のお食い初めまでを等身大のプリントで展示したもの。言ってみれば親バカということになるのだろうが、それ以上に見ていて微笑ましい感じがよかった。演出的なものといえば、赤ん坊の着ているものが全部違っていたことか。

・小川康博写真展「Cascade」、蒼穹舎
昨年亡くなった作者の母親の遺品の中に8mmフィルムを見つけ、それを映写したものを撮影。それ以前に撮影していた花の写真と合わせて展示。家族(子供の頃の作者もいる)の映像にもかかわらず、第三者的な記録が感じられていい。その一方で、映写したときのスクリーンの関係で写真が暖色系の色味となって、母親の死という悲しみをやわらげているようだ。





   

 
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# by pprivateeye | 2017-03-21 00:39 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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