Private Eye

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アップルな人たち@表参道

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2016年11月12日(土)

・「東京狂詩曲 ―Tokyo Rhapsody― 写真展」、皆川はじめ、本多亨光、カトウタケシ、森大吾、
 GALLERY niw
・「リフレクション写真展 2016」、寺崎珠真、丸山慶子、若山忠毅、Director 湊雅博、
 表参道画廊+MUSEE F
・服部一人写真展「窓の向こうに」、GALLERY STORKS
・舞山秀一写真展「Progress」、gallery E・M 西麻布
・西村多美子写真展「舞人木花咲耶姫」、ZEN FOTO GALLERY







  
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# by pprivateeye | 2016-11-14 00:59 | Comments(0)

銀座通り

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2016年11月8日(火)

銀座通りはすっかり高級ブランドに占領されてしまった感がある。そんな中でカルティエのビルがひときわ目に着いた。茶色を基調としたデザインはNYを思わせるものがあり、いい感じだ。ジャガーが停まっていたのでそのエンブレムを入れながらカルティエのビルを撮影していたら、向こう側にロールスロイスが信号待ちで停車した。一気にジャガーが貧弱に見えてしまった。何という世界だ。もう銀座は一般庶民が歩くのは恥ずかしくなりそうだ。ちなみにこの写真、ピントが合ってません、悪しからず。


・友人が集う―石原悦郎追悼展「Le bal Part2 scherzo」、ZEIT-FOTO SALON
気が付いたら畠山直哉さんが展示を見ていた。難しい顔。話しかけるのが憚れた。ニコンの長町さんの作品を初めて見た。望遠を使った路上スナップ。荒木経惟の作品は石原邸でのスナップで、荒木陽子、桑原甲子雄、石原夫妻の4人が写っているのだが、見ていてハッと気が付いた。この4人はもう存命していない。一番気になったのは金村さんの作品、Chinese Rockから。

・泉大悟写真展「UNDERCURRENT」、銀座月光荘 画室3
きれいなモノクロプリントだ。前回から抽象度が増したように思えるのは気のせいか。入口からやや抽象的なイメージが続き、その壁の最後あたりでクッキリしたイメージが来るのは前回に似ている。白岡さんに似た雰囲気のものが多い。写真の並びとか、どんなときにシャッターを切るのかとか、写真集にすることなどについて話す。印象に残っているのは入口の一番最初の作品。壁のテクスチャがマット系の印画紙のようにも見えて不思議な感覚だ。




  
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# by pprivateeye | 2016-11-13 00:19 | Comments(0)

「木靴の樹」、「聖なる酔っぱらいの伝説」

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2016年11月6日(日)

早稲田松竹で「木靴の樹」と「聖なる酔っぱらいの伝説」を観る。エルマンノ・オルミ監督特集。

「木靴の樹」、1978年、イタリア
20世紀初めの農民の貧困生活が描かれている。オープニングの場面、神父が教会で農民夫婦に息子を学校に通わせるように話す。父親は反対したものの、渋々受け入れたようで、夫婦は自分の家まで歩いて帰る。その道程は意外と長く、道は泥でぬかるみ、馬車のわだちがついている。家の中に入って父親が再び、息子が学校に行くなんてとつぶやく。教会から家に帰っても母親は一言も口をきいていない。これだけで映画全体を象徴しているようだ。映画のストーリーは特別なことは何もない。農民の貧しい生活の日々が描かれるだけだ。
一番動きのあった場面は馬の蹄のところに金貨を隠していたのにそれがなくなってしまい馬に八つ当たりしたら、馬が怒って部屋の中まで追いかけてくるシーンだ。
タイトルは、息子の木靴が割れたので道沿いの樹をこっそりと切って新たに木靴をつくるところからきている。それが後日、地主にわかってしまい、その一家は住んでいる家(地主所有の集合住宅で4家族が住んでいる)を追われてしまう。このシーンも淡々と描かれている。農民は地主に絶対服従で、不条理といってもいいような状況だ。周りの家族も窓越しに眺めるだけで何一つ声を発していない。

「聖なる酔っぱらいの伝説」、1988年、イタリア
まず都市がよくわからなかった。ブーローニュの森へ行くシーンがあるのでパリだったんだとわかる。しかし、他は一切推測するようなものがないので、どこかわからない都市ということ自体が映画を夢の中のような幻想的なものに思わせてしまう。
主人公アンドレアスがワインを飲み続けているのを見て、自分も飲みたくなってくる。彼は宿無しだが自尊心はあるものの欲はない酔っぱらいだ。映画は説明がないのがいい。視線(カメラ)の動きだけで語っている。言葉はその場の会話だけ。両親と別れた場面の回想は何度も出てくるが、そこでも言葉は一切ない。また、主人公がつらいとか苦しいとかいった表情を浮かべないのもいい。時間が経つほど沁みてくる映画だ。ヨゼフ・ロートの原作が読みたくなった。





  
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# by pprivateeye | 2016-11-12 08:59 | 映画 | Comments(0)

御茶ノ水~新宿~中野、今日の展示は充実していた。

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2016年11月4日(土)

・田中長徳写真展「PRAHA CHOTOKU 1985・2016」、gallery bauhaus
再訪。前回は1FとB1の作品が同じだと書いたが、かなり違っていた。1985年はコントラストが高く、キリッとしている。2016年はイメージそのものがやや曖昧で描写も緩やかだ。それはカメラやレンズに由来するようだが、同じような感想を持つ人がいるようでそのことをチョートクさんがご自身の日記に書いている。シャドーの部分が真っ黒になっている1985年のものを見て、ああこんなに黒くてもいいんだとという気持ちになる。

・筑紫仁子写真展「May,1976」、新宿ニコンサロン juna21
会場に着くなり築地仁という写真家をご存知ですかと尋ねてしまった。彼女は築地さんのことは知らなかったが、よく筑紫哲也さんの親族の方ですかと聞かれると言ってお互い爆笑した。写真は戦前からのある軍需関連会社の建物内部を撮影したもの。もちろんすでに使用されておらず、改装直前に撮られたものだ。キャプションも含めて一切のテキストによる情報はなし。写真の中にも手がかりになるようなものは写っていない。これは「写真」だなと思った。余計な説明がなく、事実をそのまま見せている。ただし、記録写真ではなく、そこに作者の視線が表れている。その視線も批評を含んでいない。だから「写真」だと思った。

・岡田将写真展「砂の顔」、新宿ニコンサロン juna21
砂粒の顕微鏡写真と、その風景を組み合わせて展示。ただ、場所的な情報は関係がないようだ。まず、風景がきちんと、しっかりと撮られているのがすごいと思った。作者も構図などには注意を払っているとのこと。想像以上にバリエーションに富んだ砂粒一つ一つを人間になぞらえるような考え方をしている。違いはあってもすべてがone of themといったこと。顕微鏡写真は大きく拡大し、風景はやや小さく二段にして交互に並べるという展示の構成もよかった。

・山下恒夫写真展「日々Ⅲ」、epSITE
デジタル出力による展示は初めてとのこと。日々のスナップだが、イメージや色味など全体に高いレベルでまとまっていて違和感がない。キャプションに、日々撮影とプリントを繰り返しそれが箱いっぱいになったら展示をする、ということが書かれていて、カッコいいなと思った。多摩川での花火大会でのスナップで中央の浴衣を着た女性だけが妙に目が付くので何か操作のようなことをしているのか尋ねたら、「いや、何も。昨日、宮嶋も同じことを言っていたなあ。ライティングか何かしているのかと」、という返事を聞いて内心少しガッツポーズのような気になったw

・村越としや写真展「雷鳴が陽炎を断つ」、ギャラリー冬青
スクエアのモノクロ作品。これまで作製してきた真四角な小ぶりの写真集のシリーズの4冊目。柔らかい感じの黒といっていいような濃いグレーのプリント。チョートクさんの黒とは異なるが、やはり美しいプリントだ。
「村越としや×渡部さとる」トークショーに出席。写真集のタイトルなどは日本語で先につけて、後から英語だが必ずしも同じ意味ではない。語感とかリズム優先で、これは初期の頃から意識的にやっている。写真の勉強をするのに、写真集の作品を模写した。構図やハイライト、シャドーの位置などの理解が深まる。実家のある地元を撮ることが多いが、「すでに見た」という感覚はない、とのこと。





  
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# by pprivateeye | 2016-11-12 07:59 | Comments(0)

「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS WEEK The Touring Years」

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2016年11月1日(火)

ヒューマントラストシネマ有楽町で「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS WEEK The Touring Years」を観る。
タイトルにあるようにツアー中心のドキュメンタリー。公演中の歌がきっちり聴こえるのはレコードからのものだろうか。リンゴ・スターのドラムは思っていたよりも激しかった。ちょっとF1のダニエル・リカルドを似ている。ポール・マッカートニーはセバスチャン・ベッテルを連想した。日本公演は右翼が来日を反対するシーンが中心。赤尾敏の演説シーンがチラッと映っていた。いろいろ言われたりしていたがマネージャーとしてのブライアン・エプスタイン、プロデューサーとしてのジョージ・マーティンの功績はすごく大きかったようだ。最後にオマケで1965年8月15日、米国NYのシェア・スタジアムでもライブが30分に編集されている。ジョージ・ハリソンがソロを取っているのにカメラは別のところに向いている。60年代の音楽映像の中でも最高の技術で撮影されたらしいが、このころはまだギターソロに耳を傾けるということがほとんどなかったことを思わせる。


・阿部祐己写真展「霧のあと」、銀座ニコンサロン
霧ヶ峰の、人の手の入った自然を撮影。山焼き、神事、取り残された建築物など。最初、山焼きの場面の写真は他と違うなあと思いながら見ていた。しかし、自然と人とのせめぎあい、その象徴として山焼きだなと思い至った。タイトルからロマンティックなものを連想するが、霧は何も見えなくしてしまうもののそれが晴れた後に残るものは果たして何か、といった長い時間のスパンが背景にあるようだ。
フォトセミナーに出席。「阿部祐己×小原真史」。小原さんは「カメラになった男―写真家中平卓馬」を撮った監督だ。静かな口調だがその意見は結構奥深く、説得力があった。石川直樹の富士山の作品はもっと過去の写真を勉強しろと辛辣だったw





  
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# by pprivateeye | 2016-11-12 06:59 | 映画 | Comments(0)

「Hitting the Apex」

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2016年10月29日(土)

ヒューマントラストシネマ渋谷で「ヒッティング・ジ・エイペックス」を観る。
MotoGPの現役トップライダー4人を中心としたドキュメンタリー。といっても彼らの速さを見ることが中心となっている。取り上げられているのは、
 バレンティーノ・ロッシ
 ホルヘ・ロレンソ
 マルク・マルケス
 ダニ・ペドロサ
 ケーシー・ストーナー
 マルコ・シモンチェリ
いずれも若い頃から速かったライダーだが、映画では「若さ=速さ=転倒」という捉え方で映像も転倒シーンが多い。先輩ライダーが
若手は危険だというのは、転倒の多いライダーは周りもそれに引き込む可能性があるからだ。だからみんなトップカテゴリーに上がったときには同じようなことを言われていたし、彼らも後から来たライダーには同じことを言っている。
この6人のうちマルコ・シモンチェリが2011年マレーシアGPのレース中の転倒で亡くなった。転倒したときに後続のバイクに接触したためだ。普通は転倒すればそれまでの勢いでコース外に飛ばされるのだが、このときは不幸にもコース内側に滑ってきてしまった。ヘルメットが脱げてしまうほどの衝撃だった。若手の中でも期待が大きかっただけにその喪失感も大きく、ミサノのサーキットは「ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ」と改名している。
しかし、何と言ってもバレンティーノ・ロッシのすごさには驚く。詳しくはウィキペディアを見てね。イタリアのファンがスポーツバーで彼のレース展開に一喜一憂しながら応援しているシーンが出てくる。ロッシはTVカメラに向かって必ずといっていいほど笑顔で応えることが多いが、それはこんなファンに向けてのお礼でもあるんだなと気付かされた。






  
 
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# by pprivateeye | 2016-11-12 05:59 | 映画 | Comments(0)

「七人の侍」

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2016年10月26日

市川コルトンプラザで「七人の侍」を観る。<午前十時の映画祭7> 
これを映画館で観るのはたぶん初めてだ。観終わった後、同じ黒澤明監督の「羅生門」と比べてしまった。「七人の侍」は登場人物も多く、物語もわかりやすい。一方、「羅生門」はほとんど三つのシーンしかなく、人物も限られている。京マチ子の演技で妖しさが満ちている分だけ「羅生門」のほうが好みだ。こんな比較をしてしまうのは同じ出演者が何人も出ているからだ。





  
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# by pprivateeye | 2016-11-12 04:20 | Comments(0)

10月21日

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2016年10月21日(金)

・田中長徳写真展「PRAHA CHOTOKU 1985・2016」、gallery bauhaus
1Fが1985年のプラハ、B1が2016年初め。どちらも同じだ。写真も同じに見える。プラハもチョートクさんもすごいと思った。もしかしたら今までで一番好きなチョートクさんの写真かもしれない。B1のキッチンの奥にディランの写真を発見。2枚目のアルバムジャケットに使われたものだ。


秋葉原のBookoffでジイド「贋金つくり」、日本橋の丸善でとり・みき「メカ豆腐の復讐」、森泉岳士「カフカの『城』他三篇」を購入。今日、自分の誕生日なので何か記念になるものを買おうと思っていたのだが、こんないつもの本になってしまった。ヨドバシで時計を、丸善で万年筆を検討したのだが、どちらもいまひとつ踏み切れなかった。エクセルシオールで休憩して夜の日本橋に出たら、10年前までいつも見ていた風景とはすっかり変わってしまっていた。自分の撮った写真を見てもここが日本橋の交差点だとはわからない。






  

 
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# by pprivateeye | 2016-11-12 04:10 | Comments(0)

ケイト・ブランシェットと、ボブ・ディラン

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2016年10月17日(月)

早稲田松竹で「キャロル」「アイム・ノット・ゼア」を観る。トッド・ヘインズ監督特集ということらしいが知らない人だw 二作品とも以前に一度観たことがある。「キャロル」が今年3月に、「アイム・ノット・ゼア」は2008年5月だ。しかも、今日は「アイム・ノット・ゼア」を二回観た(^^) 「キャロル」の主演はケイト・ブランシェット。ウディ・アレン監督「ブルージャスミン」でアカデミー主演女優賞を獲得している(この映画も観ている)。そして「アイム・ノット・ゼア」のクレジットにも彼女の名前があったので二回目は注意していたのだがどこに出ていたのかわからなかった。帰るときにポスターを見て驚いた。なんと最もボブ・ディランらしい姿で時間も一番長い。ほとんどサングラスをかけていたのでわからなかったわけだ。ところでこの上演が始まる前にディランのノーベル文学賞受賞が決まったのだが、映画にはあまり関係がなかったようだ。今回、映画の中で印象に残った曲は「ハッティ・キャロルの寂しい死」と「やせっぽちのバラード」だな。

「ハッティ・キャロルの寂しい死」


「やせっぽちのバラード」

この映像は「アイム・ノット・ゼア」から。

こっちは本物。 

Martin Scorsese "No direction home" より。





 
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# by pprivateeye | 2016-11-02 01:13 | 映画 | Comments(0)

今日は日比谷線

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2016年10月15日(土)

・達川清 展「HYSTERIC GLAMOUR 1988-1989」、POETIC SCAPE
ギャラリーから出たときに達川さんと会い、少し話す。モデルはほとんど素人でまだ大人になりきれていない、モヤモヤとしたものを表してくれた、とのこと。彼らや彼女の無表情というか突っ張った顔がいい。撮影も結構ゲリラっぽいやり方だったらしい。

・菅原一剛写真展「SAKHALIN 第二部」、FUJIFILM GALLERY X
人物のポートレートのピントが気になった。犬の瞳のほうがシャープだった。明るさや距離の問題だろうか。

・奈良原一高写真展「ヴェネツィアの夜」、Taka Ishii Gallery P/F
1985年に出た同題の写真集からの作品。夜という視界が限られた世界だからだろうか、おお、これがヴェネチアか、といった感慨は薄かった。舞台装置のように見えてしまった。

・北井一夫写真展「津軽 下北」、ZEN FOTO GALLERY
ヴィンテージプリント展と謳っているように、1970年代前半に撮影・プリントされたもの。プリントによっては印画紙が茶色くなっているので、北井さんに定着の違いか尋ねたら笑いながら、保存の仕方だよ。積み重ねてそのままだったものもあって湿気の関係で変色したの。だって40年後に展示するなんて考えてないよ、とのこと。写真集も制作されていて、いい印刷だなと思って見ていたら、お値段もとんでもないものだった。展示のプリントと写真集を比べると、展示のほうがコントラストが高いというか黒がかなりつぶれている。写真集ではその黒の中が見える。印刷は新しいプリントとのこと。

・本間寛写真展「respiration」、gallery E・M 西麻布
1990年代初めにパリで暮らしていたときに友人たちを撮影したもの。わかる人が見れば服装とかで時代が推測できるのかもしれないが、写真は全然時代を感じさせないものだった。仕事ではなく、自分のために撮っているからだろうか。必ずしもモデルになった人たちが笑っているわけではないが、彼らや彼女らとの楽しそうな、いい関係が感じられた。作者は2年ほど前に表参道で湿版写真の展示をやっていた人だった。




  
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# by pprivateeye | 2016-10-30 00:25 | Comments(0)