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このあと大雨に降られました。

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2017年6月5日(月)

・白石ちえこ写真展「鹿渡り」、ART SPACE 繭
偶然、凍った湖を渡る鹿の行列を見てから道東に通うようになったとのこと。冬の季節は曇りがちな空に加えて平野が雪で白くなっているために不思議な光線状態らしい。モノクロで和紙っぽいペーパーがその状況にうまく合っている。鹿を追いながら動物写真になっておらず、どこか違う世界を見ているようだ。

・百々俊二写真展「日本海」、銀座ニコンサロン
まず驚かされるのは展示されている写真が三脚を据えて8×10で撮られたものであるということ。点数も多い。そのフットワーク感は35mm一眼レフで撮られたかのようだ。列車内から外を撮ったものもある。しかし作者は写真集のあとがきにこんなふうに記している。「ファインダーをのぞくと、そっくり逆立ちした、もうひとつの現場に対面するとき、見られるのを待っていたかのように開かれていて、私が送る視線と触れ合い視線を押し返し、引き込む往復運動が成立する。見ることで目が思考することになる。見つづけるうちに、ふつふつとことばが発酵しはじめる。ピントグラスの大きさと、それを三脚で固定する不便さが重要なのだ。プリントのシャープネスやアオリの装置も二次的産物だ。フィルム現像を経てモノクロームプリントの濃淡、光の明暗までも想像しながらファインダーを見ている。」十分に考え、判断されてからシャッターが切られているのだ。

・多々良栄里写真展「瞳の奥」、ギャラリー蒼穹舎
日常のモノクロスナップ。8×10の緻密な写真を見た後のせいか、35mmの粒子の粗さやピントが気になった。

・西岡広聡写真展「Watchman」、Place M
夜の街をモノクロで撮影。夜=闇ではなく、街灯に照らされた、昼間とは異なった光線が建物をフラットにしている。人影もなく、かといってモノが浮かび上がるというわけでもなく、どこか作り物めいた世界が見られた。プリントもきれいだったが、タイトルとかキャプションが自分の受けた印象からすると軽いと思えたのが残念。

・市川哲男「Zipangu Ⅱ」、Place Mミニギャラリー
路上スナップ。モノクロ。たぶん多くはノーファインダーの撮影だと思えるが、そのためほとんど水平は出ておらず、見るというよりも通り過ぎるという感じを受けた。

・北島敬三「UNTITLED RECORDS Vol.11」展、photographers' gallery
引き続き東北大地震の被災地と、街の中心から少し外れた特徴のない建物と場所を撮影した作品。できるだけ写真に写っているものだけからすると、被災地よりも特徴のない建物の写真のほうが気になる。瓦礫が現代アートの作品に見えなくもないのに対して、建物は伝えるものがないという無意味さがジワリときて恐ろしくなるときもある。


ギャラリーの後、Y's Roadでロードバイクや備品を眺めてため息をつき、新宿三丁目付近の路地でビル裏の寂れ具合を鑑賞していたら、急に雨が降ってきた。地下道に逃れて天気予報図を見ると、川崎方面から新宿、練馬にかけて細く真っ赤になっている。何だいこれは、というくらいピンポイントで豪雨だった。






   




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# by pprivateeye | 2017-06-12 00:50 | Comments(0)

「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」

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2017年5月27日(土)

上野公園とその周辺で開催されていた「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」を見る。上の写真はその展示。作者は上段左から1.宇佐美雅浩、2.サルバトーレ・ヴィターレ、3.米田知子、4.マイヤ・タンミ、5.鈴木理策、6.タイヨ・オノラト&ニコ・クレブス、7.山本渉、8.武田慎平、9.エヴァ・ステンラム。

好みは鈴木理策だな。水の写真を水の中に返すというのはある意味では現実と虚構が入り混じるようで面白い。写真家杉本博司は「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ。」ということを述べているが、ここではその逆が行為として表れている。どんな現実も写真になることで虚構の意味を持ち始める。

一方で写真としてつまらないと思ったのは武田慎平の原発事故で汚染された土を利用したフォトグラムの作品だ。インスタレーションあるいはパフォーマンスにしか見えない。

こんなふうに屋外で天気の良い日に木陰の下で展示を見るのは気持ちがいいのだが、案外そのときの気分だけが残って肝心の作品の内容は忘れてしまうような気がする。その意味では写真は彫刻のように周囲と等価ではなく、一時的に置かさせてもらってます感がある。写真はカメラという暗箱の中で生まれるように、あるいは写真集やアルバムのように、閉じ込められた空間が本来の居場所なのかもしれない。

FBには写真仲間が同じような写真をあげており、近くに何人かいるのだなと思っていたら、自分が見た作品を撮影している写真仲間がいたのは可笑しくなってしまった。

上野公園内には彫刻の展示も何点かあり、結構早いペースで入れ替えがあるようだ。昨年11月に写真を撮った作品はすでになく、今回目を引いたのはNYの自由の女神だ。上半身だけで下部は割れたようになっていた。これで斜めに地面に倒れていたら映画「猿の惑星」だなと思った。

先日読んだ『最後の秘境 東京藝大』の影響で藝大の中へ入っていった。奥の彫刻棟の辺りには製作途中だと思われる作品がいくつも並んでいたり、これから削られるであろう丸太が積み上げてあった。同書に書かれていたことを実感するとともに、改めて藝大生への親しみとリスペクトを思った。

国登録有形文化財造物になっている木造2階建の市田邸にも作品が展示されていた。3.米田知子と8.武田慎平。この建物は若い人たちががシェア居住をしながら日常の維持管理をし、 1階座敷を芸術文化活動の拠点として活用を行っているとのこと。(サイト

最後の上野桜木あたりで1.宇佐美雅浩と9.エヴァ・ステンラムを見る。近くのK's Green Galleryでは写真家の内田ユキオさんがトークショーを行っていた。その著作で名前は知っていたが実際に目にするのは初めてだった。結構ガタイのいい人だ。

この付近は既視感があるなあと思っていたが、SCAI THE BATHHOUSEが近くにあった。展示は「大庭大介展」。偏光パールのアクリル絵の具を使った作品。絵の具を厚く塗り、全体に櫛のように平行の溝を付けることで角度によって光りの反射が虹色となって見える。

このまま谷中付近をうろうろしたのだが、意外と道が入り組んでおらず直角に交差している。谷中銀座でエビスを一杯だけ飲んでこの日は終了。





  

 


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# by pprivateeye | 2017-05-30 01:42 | Comments(0)

「Don't Blink ロバート・フランクの写した時代」

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2017年5月26日(金)

ようやくBunkamuraル・シネマで「Don't Blink ロバート・フランクの写した時代」を観る。タイトルの「Don't Blink」はロバート・フランクがアドバイスに「目をしっかりと開けておけ。瞬きするなよ」と答えたことから来ている。映画自体は確かにドキュメンタリーだがそれはフランク自身についてであり、日本語の副題は的が外れている。感想を一言で言えば、ロバート・フランクの写真のような映画だった、というもの。ロビーには映画評が張り出されているがその中で写真家の石川竜一がやはり「記録的で、詩的で、写真のような映画だった。」と述べている。ドキュメンタリーとは言いながらも各カットやシーンは短く、前後との関連も薄く、次々と変わっていき、それは写真集をパラパラと行き来しながら何度も見ている感覚に似ている。そんな中でもロバート・フランクは二人の子供を亡くし、離婚もしており、一時は「The Americans」の著作権も奪われてしまうなど、波乱一杯の人生を過ごしていることが描かれている。実は映画を観ながら何度も白岡さんのことを思い浮かべていた。白岡さんは整理整頓がきちんとしていたが、フランクは物をため込んで写真も整理されているとは思えなかった。それでも写真の扱い方は似ており、何よりも二人とも写真が好きだというのがよく伝わってきた。








  




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# by pprivateeye | 2017-05-28 08:47 | 映画 | Comments(0)

「写真は、写真である。」

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2017年5月19日(金)

・柳沢信写真展、ZEN FOTO GALLERY
また終了前日になってしまった。写真集「Untitled」出版に合わせた展示だが、少々物足りない感じがした。前半の縦位置の海を撮ったものが好み。大分前になるがGuardian Gardenから出たタイムトンネル・シリーズの小冊子が、写真は小さいが点数が多くていい内容だ。

ワコウワークス・オブ・アート

ペインティングの作品が主だったが、ドイツ人作家グレゴール・シュナイダーが2005年に発表した、ヴェネチアのサンマルコ広場にイスラムのカーバ神殿を設置するという作品(写真)が興味深かった。実際にはイタリア政府から許可が下りず、ドイツで展示(作成)されたようだ。


・Maria Taniguchi展、タカ・イシイギャラリー
キャンパスを黒く塗り、そこに鉛筆でブロック状に線を引いた作品。ブロックの中にそれぞれ塗り跡のようなものが見られて、見た目ほど単純な作りではないようだった。

・「現代写真の4つの源流展」、gallery E・M 西麻布
ムトー清次、桑原史成、立木義浩、与田弘志という80代で現役の写真家の展示。写真プロデューサー、椎根和という人の企画。この5名の中で名前を知っているのは桑原さんと立木さんの二人だけで、生で見たことがあるのは立木さんだけだ。4名それぞれの紹介文があり、立木さんについて「軽快で明るい狂気」という言葉がある。生の話を聞いて作品を見て、軽快、明るいというのは頷けるが狂気の部分についてはよく分からない。それでも写真雑誌CAPAの連載を見ていると天性の写真家だなと思う。この連載まとめて本にならないかなあ。






   



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# by pprivateeye | 2017-05-25 03:51 | Comments(0)

長い時間のなかで変化するもの。

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2017年5月17日(水)

・宮島逹男展「Counter Skin」、AKIO NAGASAWA Gallery
タイトル通り、人の腹部にデジタル文字の数字をペイント。作者はLEDを使用したデジタルカウンターが有名だが、今回のようにペイントされたものを見ると新たな疑問が湧いてくる。まず、数字の並びに意味があるのだろうか。ここには6だけを並べた箇所もあった。また、なぜ人の肌なのか。デジタルカウンターにすることで一切の人間的(情緒的)なものをそぎ落としているのだが、そこに人間を介在させることの意図は何だろう。そして、デジタルカウンターのときには0はなくブラックアウトしていたが、ここでは塗りつぶされている。その色は黄色味がかったオレンジという暖色だ。何か人間の生といったものに関係がありそうな気がする。

・梁丞佑(YANG Seung-Woo)写真展「新宿迷子」第36回土門拳賞受賞作品展、銀座ニコンサロン
新宿歌舞伎町でのストリートスナップ。土門拳賞受賞評のなかに「肯定も否定もしない視線」という言葉があって、まさにその通りの印象だった。夜の歌舞伎町で子供が一人で遊んでいる。普通、これは異常なことだ。実際、作者も撮り始めた頃にはそのことに驚きと疑問を感じたとのこと。しかし20年をかけて撮られた写真から選ばれた作品にはそういった一切の意見・考えといったものはうかがえない。では作者は感情を抑えて撮っているのかといえばそうではない。いまも撮影を続けているか尋ねたら、少しだけ、最近は面白くなくなってきた、という答えが返ってきた。やはり 何かを感じて撮るのだが、それを見る側に押し付けるようなことはしていないということだろう。

・川嶋久人写真展「ヤクシマ ヤクシ -中国新疆ウイグル自治区の今-」、新宿ニコンサロンjuna21
2009年のウイグル騒乱をきっかけに訪れるようになったとのこと。最近は中国側からもイスラム側からも規制が強くなってきているらしい。

・田中舞写真展「嫋やかな光」、新宿ニコンサロンjuna21
10年前に作者と同世代の女性8人を撮影しており、その10年後とを比べた作品。8人それぞれの写真が写真集にまとめられている。

・濱田トモミ写真展「変生」、ギャラリー冬青
トタン板が風化して変色したものを正面から撮影。スクエアのフォーマットと相まって写真を抽象画のように見せている。何が写っているか、どう写っているかということではなく、見る側がどう見るかがすべてのような気がする。抽象画の場合はその線や形や色には作者の選択があるが、表面的には似ているもののこういった写真にはそれがない。撮影者も見る側としてそのトタンを選んでいるのだ。
写真仲間といっしょになり、ギャラリーが閉まる時間まで話し込んでしまった。おしゃべりをしながら2年前に作者が出したモノクロの雪の写真集「INSOMNIA」をパラパラと何度も見ていたら、2年前の展示を見たときの印象とは別のことを思っているのに気付いた。雪を白くあるいは黒くプリントした写真からドロドロした情念のような何かを感じた。撮ったものが雪であることは二の次になってしまったのだ。今回の「変生」も時間が経てば文字通り違ったものが見えてくるのかもしれない。





   





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# by pprivateeye | 2017-05-23 02:21 | Comments(0)

映像を撮るように写真を撮る。

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2017年5月9日(火)

・髙田恵写真展「still」、銀座ニコンサロン
最終日の終了1時間前に駆け込むようにして見に行ったが、すごく良かった。モノクロの作品。特に指定はなかったが3つのパートに分かれているように思えた。作者は映像制作を学んだでおり、ジョナス・メカスを連想させる自作の16mmフィルムからのプリントもあった。その展示にはストーリーがあるとのことだったが、詳しくは聞くことができなかった。小全紙にプリントされた作品のシリーズがお気に入り。映像ということが頭にあるせいなのかもしれないが、どこかとりとめのない、あるいは掴みどころのない写真だった。これは全然ネガティヴではなくポジティヴな意味合いだ。普通、写真を撮る場合、“これ”を撮るという感覚があり、実際に出来上がった写真も“これ”を撮ったのだなと大体分かる。しかし、ここでの写真はそういう印象が薄い。大いに参考になり刺激になった。映像を撮るように写真を撮る、と後で思った。

・「山崎博/計画と偶然」、東京都写真美術館 2F
こちらも終了間際、一日前だった。太陽が水平線上を横に長く伸びている「海をまねる太陽のシリーズが有名だ。他にも太陽の軌道を長時間露光で撮影したものもある。また、水平線を撮ったシリーズもあり、これは自分のHolizonシリーズとそっくりだった。まったく同じ波を捉えているものもあったぞw 山下洋輔が燃えるピアノで演奏する模様も撮影している。解説によると太陽、海、桜などをモチーフに光りの表現を求めたとあるが、自分が一番思ったのは光りではなく、時間を捉えたかったのではないだろうかということ。時間というキーワードはほとんど見られないが、太陽の軌道も同じ場所で昼間と夜間に撮影していることもあるいは長時間露光そのものも、背景には時間が常に存在している。






  



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# by pprivateeye | 2017-05-11 16:49 | Comments(0)

Kiba Stock 2017

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5/3(水)、5/4(木)と今年も木場公園で開催されるKiba Stockを聴きに行った。アマチュアバンドによるこのイベントはいつも楽しく、それにみんな演奏がうまい。
1日目は11時、3番目のグループから最後12番目まで聴いた。終了は17時過ぎ。04. HAMACATSは二日間を通してみてもジャズをベースにした一番大人っぽいバンドだったが、ギターがいまいちという印象。06. yadokaliruはバランスのとれた演奏で、ボーカルもよく聴こえた。いつも思うのだが、プロとアマチュアで大きな差があるのはボーカルではないかな。総じてアマチュアバンドのボーカルは聴き取りにくい。もっともプロでもそういう人はいるけど(苦笑)。09. Eazyfly、人気のあるバンドらしいがやはり女性ボーカルは言葉があまりわからない。10. フジシロRGS、ギターがキレた感じで良かった。一番オリジナリティがあった。
2日目は12時、4番目のグループから聴く。05. LADYMETALは世界で売れているBABYMETALの大人バージョンを目指しているらしいが、肝心の本家を知らないし、ダンスそのものはほとんど興味がないので評価しようがない。ただ、バックの演奏は厚みがあって聖飢魔Ⅱを思わせるものがあり、ギターはエース清水を連想させた。07. 洒乱QはQueenのカバーバンド。上の写真がそれ。ボーカルはフレディ・マーキュリーの物まねたっぷりで、演奏もしっかりしていた。何より楽しいステージだった。09. The Shepherd's Bush IrregularsはThe Whoのトリビュートバンド。ギターがうまかった。よく鳴っていた。演奏曲が知っているものばかりなのでつい口ずさんでしまうw でもSummertime Bluesはやらなかったな。今日もエンディングまで聴いた。終了は17時。
二日間とも晴天で日陰のない場所なので、首にタオルをかけていたがサングラスをしていたのでそこはしっかりと日焼けの跡がついていた。特に左側www




  








  




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# by pprivateeye | 2017-05-11 16:17 | Comments(0)

気持ちのいい陽射しの中、ゆっくりと歩く。

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2017年4月28日(金)

・山吉由利子、大塚日出樹、豊浦正明 展「浮遊する永遠」、アートスペースK1
作品は山吉さんが人形、大塚さんと豊浦さんが写真。人形作品では四谷シモンの名前を知っているだけでまったくといっていいほど知識はないし、当然ながら興味も薄い。豊浦さんはボンデージのヌード作品を見たことがあるが、今回は人形を撮影したものだった。インスタレーションっぽい見せ方はあまり好きではない。大塚さんはフランスの森やバラ、海岸の岩場などの作品。好みは大塚さんだな。彩度を抑えたカラー作品に品の良さを感じた。

・潮田登久子 展「BIBLIOTHECA/本の景色」、P.G.I.
本日が最終日。本についての写真は1995年から撮り続けているようだ。オブジェとして本を撮影しているとキャプションにあったが、本そのものも人の顔のように歴史がある。その時間の経過は人よりも遥かに長い。それだけに虫に食われて穴だらけになった本、というよりも紙の一部はなにか強烈な悲しみが湧いてくる。かと思えば付箋がびっしりと貼られた辞書は、もう付箋の役目を通り過ぎてしまってユーモアすら感じられる。

・The 9th Gelatin Silver Session “Portrait”、AXIS GALLERY
前回の展示では面白くない経験をしたが、今回は普通になっていてよかった。作家名やキャプションが印刷されたチラシはそのまま貰えた(当然だ)。前回は企画自体もお遊び感が強くていただけなかった。今年のテーマはポートレートだが、作家それぞれにひねりが感じられていいのではないか。いいなと思ったのは西野壮平さんだ。視線が入れ替わるところなど現実と虚構の交錯のようだ。彼はコンタクトプリントを切り出して作品制作を行っているのでここでの作品もコンタクトプリントからの切り出しだったが、内容を考えると普通のプリントでもいいと思う。他では瀬尾浩司さんのプリントが粒子たっぷりで気持ちいい。思わずニヤッとしてしまったのは杉本博司の40代前半のポートレートがあったこと。撮影は広川泰士さん。展示を見終えて会場を出たところでハービー・山口さんと遭遇。最近出された本のことなどについて少し立ち話をする。





  



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# by pprivateeye | 2017-04-29 23:14 | Comments(0)

写真は微分である。

2017年4月27日(木)

写真は微分である。この言葉はどこかからの引用ではなく、あるとき思いついたものだ。

ヒント1:マイブリッジ
エドワード・マイブリッジという名前は写真をやっている人ならどこかで聞いたことがあると思う。彼は、1878年にカメラを等間隔に12台並べて、走る馬の連続撮影を成功させた。それが下の写真だ。この写真がもっと細かくかつ連続して再生されれば、映像になる。動きだけみれば連続しているが、ある一点を取り出せば写真でもある。
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ヒント2:積分
数学の微分積分の積分のことだが、高校の数学の授業で積分の説明の際、下のようなグラフが出てきたのを覚えていると思う。曲線に囲まれた箇所の面積を求めるとき、図のような四角形を仮定してそれをどんどん細かくしていき合計すればその面積を求めることができる。


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マイブリッジの連続する写真と、積分の図の四角形と似ているのではないかと思った。
積分は全体を求めるが、逆に究極のある一点を求めることは微分となる。映像のなかからある一点を取り出せばそれが写真なのだから、「写真は微分である」という次第。





  



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# by pprivateeye | 2017-04-27 00:56 | Comments(0)

小伝馬町~新宿~中野

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2017年4月18日(火)

・山下恒夫写真展「15歳の日々」、Roonee 247 fine arts Room1
中学生の頃からカメラを下げて登校していたらしい。そして写真の投稿コーナーでは中学生にしては出来過ぎなんて評ももらっている。上手なだけだと鼻に付くこともあるが、それがないのは山下さんが本当に写真が好きなんだと思う。今回の写真は当時の同級生を撮っているのだが、同時に今の山下さんが中学生を撮影しているようにも感じられた。個々の写真のサムネイルに書かれたコメントもよかった。

・宝槻稔写真展「里山」、Roonee 247 fine arts Room2
テーマとしての里山。プラチナ・プリントの作品。乳剤をできるだけイメージの大きさに合わせて塗っているのがいい。ところで、プラチナ・プリントは諧調が豊かでそれでいて柔らかい描写が評価されるが、自分としては大好きというわけではなかった。今回の作品を見て気付いたのだが、陽があたって明るい場面でもなんとなく暗く見えてしまうことに抵抗があったようだ。

・土佐和史写真展「SUNLIGHT MEMORIES」、Roonee 247 fine arts Recommend wall
街中で声をかけて撮影したスナップ。カラー作品。

・宛超凡(Wan Chaofan)写真展「満ち来る潮」、TOTEM POLE PHOTO GALLERY
川の側だろうか、水がある、あるいはその気配のする場所でのモノクロ・スナップ。DMにも使われた写真のように、人物の後ろ姿が意味ありげでいい感じだ。

・Jan Vranovsky写真展「Wrapping the Void」、Place M
東京の街中の建物や構造物をできる限り中性的に撮影。彩度を落とした白っぽいプリントがいい。当然のように人物の気配は皆無で、影もほとんどない。ツルッとした風景だ。英語で書かれたキャプションを読むと、プラハ出身で専門は建築のようだ。

・佐藤充写真展「昨日」、RED Photo Gallery
女性を中心としたモノクロ・スナップ。ノーファインダーの写真も多い。テキストが漠然としたタイトルだけなので作者の狙いがよくわからない。

・Michael Nischke写真展「MUNICH-MOMENTS」、ギャラリー冬青
ミュンヘンの歴史的な建造物を中心にパノラマで撮影。モノクロ作品。何だか絵葉書のような風景だなと思いながら見ていた。写真集も同じ感想だったが、LPレコードの付録(?)としての冊子を見たときにはおおっと思ってしまった。レコード・ジャケットを両開きした大きさで、しかも印刷なのでコントラストが展示作品よりも高くなっている。それで目に飛び込んできたのだと思う。展示はたぶん大四つくらいの印画紙だが、これらの作品はもっと大きくして見せたほうがいいのかもしれないと思った。



  

  


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# by pprivateeye | 2017-04-21 01:47 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


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