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毎月1日は映画ファンサービスデー@早稲田松竹

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2017年2月1日(水)

毎月1日は映画ファンサービスデーで大抵の映画館は割引になる。早稲田松竹は通常1300円が800円に。ということもあるのか、上映作品がいいのか、ほぼ満席に近い状態だった。2本立てなので、その2本目が終わったときにはロビーから外まで次回待ちの行列ができていた。

・「ハドソン川の奇跡」(2016年、米国)
原題:Sully
監督・製作:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート
ニューヨークには一度しか行ったことがないが強い印象が残っている。しかもそのときは寒波のせいでイーストリバーだけでなくハドソン川も凍っていた。まだツインタワーが健在のときだ。
そして、旅客機がハドソン川に不時着したというニュースも見ている。
今回の映画はその実話に基づいたものだが、一番良かったのはトム・ハンクスの表情だった。全員の命を救い英雄になったときも、国家運輸安全委員会から嫌疑をかけられたときも、いつも笑顔は見られなかった。当然といえばそれまでだが、苦笑いすらなく、そのことが映画全体の緊張感を保っていたように思う。飛行機の操縦を習っている若い頃の回想のシーンでは、教官からいつも笑顔でいることだと言われているだけに、現在の無表情に近い厳しい表情が際立つ。最後の最後に一瞬だけようやく笑った横顔が見られる。
イーストウッド、このとき86歳だって。スゴイ!

・「イレブン・ミニッツ」(2015年、ポーランド)
原題:11 Minutes
監督・製作・脚本:イエジー・スコリモフスキ
ある都会の中で別々9つのストーリーが進んでいき、最後、11分後に一つになる。バラバラのものが最後にまとまった形になるという構成は、たぶんこれまでにも小説を始めいろいろと作品はあったと思う。この映画が新しいのはいろんな視点を取り入れていることだろう。スマホのカメラ、監視カメラ、CG、ローアングル(犬の目線が面白い)、俯瞰、スローモーション、etc. そして別々のストーリー自体もシリアスな内容となっており、そのこと自体には説明は一切ない。バイクや飛行機の爆音、救急車のサイレンなど都会のノイズとも併せて緊張感のある展開となっている。
全然知らない監督で、11分間の物語という以外に前知識はなかったが、なかなか楽しませてくれる内容だ。
最後の、監視カメラの画像のシーン、カメラがどんどん引いていき画像はどんどん増えていき、ついには砂嵐(TVのノイズ)となってしまうのは、現代の都市の怖さを垣間見せているようだ。





   
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# by pprivateeye | 2017-02-02 00:46 | 映画 | Comments(0)

「東京・TOKYO」

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2017年1月24日(火)

・東京都写真美術館
3F「TOPコレクション 東京・TOKYO」
都写美の所蔵品展。東京という切り口で、林忠彦の「太宰治」から本城直季の「東京タワー」まで41名の作家の作品が展示されている。9割くらいはどこかで目にしたことがあるものだ。ホンマタカシの「Tokyo and my Daughter」シリーズが一コーナー設けられており、やや多めの展示だった。他は多くても5~6点かな。一番いいなと思ったのは荒木経惟の「写真論」からのもの。猫は余計なような気がするが、銀座の路地裏とか日本橋の近くとか、最近のスナップには見られない、端正な撮り方で気持ちがよかった。やればできるじゃんという感じw

2F「東京・TOKYO 日本の心身作家 vol.13」
展示順に中藤毅彦、佐藤信太郎、小島康敬、元田敬三、野村恵子、田代一倫の6名。それぞれかなりの点数が展示されおり、普段ギャラリーで見る以上だった。
キャプションを読んだ限りでは、田代さんが一番写真というものに対する考え方深いように思われた。そこには、街中でポートレートを撮らせてもらうのはある種の「生活の中断」であり、その際「撮る⇔撮られる」という関係において見返されるほうが撮るという特権が顕著になる、というようなことが書かれていた。これは新鮮な考え方だった。その「生活の中断」の一瞬が写真となっているわけで、したがって人物像だけでなくその周りの環境も入っているし、なにより被写体がきちんとカメラを見ているとうことで特別な時間となって表れている。
中藤さんはいつものようにストリートスナップだが、その東京がなぜか散漫に見えてしまった。自分がよく知っている場所なだけに求めるものが異なってしまうのかもしれない。
佐藤さんはデジタルで何枚ものカットをつなぎ合わせたパノラマ写真で必ずどこかにスカイツリータワーが写り込んでいる。それは地霊的な意味合いを込めているらしいのだが、見る側としてはそこに視線が取られてしまって街の広がりの印象が希薄になってしまった。
小島さんはほとんど人の気配が感じられない東京で、模型のようにも思えた。
元田さんはかつてのツッパリ仲間を撮っているようにも思えて、ノスタルジーの強い印象だった。
野村さんだけはキャプションがなく、二枚一組で見せる展示が多かったので、写真集を見ているようだった。





   
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# by pprivateeye | 2017-01-26 01:55 | Comments(0)

コニカミノルタプラザ閉館

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2017年1月20日(金)

・「アートの競演 2017睦月」、Art Gallery M84
写真を売るというスタンスのせいか、全体的にいろいろな手法によるプリント、展示の仕方があった。展示というよりも出品という感じかな。一番の好みはモノクロ・スクエアで銀座のホテルで撮られたセルフポートレート(だと思う)の小さな作品だ。

・ハナブサ・リュウ写真展「パリの肖像 1976-2016」、銀座ニコンサロン
パリのアーティストたちを撮影したモノクロ作品。ギャラリーの外からチラッと見たときには壁に隙間なく一列で展示されていて多過ぎるんじゃないのと思ったが、ワクワクしながら見ていったので約70点という量も気にならなかった。何周目か見ているうちに並びにかなり意志的なものを感じた。ボーヴォワールから始まり、最後が現在のパリ市長アンヌ・イダルゴとなっている。ボーヴォワールはフェミニズムの立場から女性の解放を求めて闘った人であり、最後に女性の市長を持ってくる。しかも政治家は彼女だけだったように思う。また別の意味で並びが面白かったのはピエール・ガスマン(初めて顔を見たw)の後、オフィスのドアを挟んでイブ・モンタン、イブ・サンローランと続く流れだ。ガスマンがブルーカラーの人のように見えるのでニヤッとしてしまった。右手奥正面の壁は女性ばかりでスクエアのプリント。ソフィー・マルソーがかわいい。

・蔵人写真展「さるく長崎 ―猫街散策Ⅱ―」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーA
タイトル通り長崎の街中の猫を撮影。つい猫の姿を探してしまう。楽しめる写真だけど、それ以上を求めてはいけないのかな。

・茂手木秀行写真展「星天航路」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーB
電柱のある田舎道や海辺で夜空の星を撮影。天の川がきちんと銀河系の形に見えるなど、実際に肉眼で見るよりも何倍も星が写っている。ある意味では目に見えないものが写っている、ということか。

・小池英文写真展「瀬戸内家族」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーC
瀬戸内海の小島での撮影だが、瀬戸内という場所的なものはあまり感じられなかった。ドキュメンタリーにはなりきっていないということかと思った。デジタルの割には柔らかい印象で、そこからもノスタルジーを感じるものが多かった。

コニカミノルタプラザはこの展示が最後で1月23日で閉館。

・中藤毅彦写真展「Sous le ciel de Paris」、オリンパスギャラリー東京
タイトルは「パリの空の下」、シャンソンからだ。2週間集中して撮影されたパリ。人物も街中でのストリートスナップではなく、きちんとしたポートレートに力を入れてみたとのこと。タテ位置の写真が多かった。改めてポートレートはその人物が持っている「価値」をどれだけ引き出せているかということだと思った。デジタルによるプリントだが、黒が濃く、重量感のある印象でいい。

・渡邊遊可写真展「Utopie」、新宿ニコンサロン juna21
タイトルはフランス語でユートピア、理想郷。作者にとっては現実がすでに理想郷で、我々はそこに住んでいるという認識。写っているものは風景が大半だが統一感のようなものはない。色味も同様。大きなプリントも何点かあるが、それが求心力を示しているわけでもなく、全体としての印象が掴みづらい。

・森川英里写真展「Birth」、新宿ニコンサロン juna21
小学生のときに死に別れた兄がいたことを知らされ、3・11の津波では町が一瞬でなくなることに驚愕した。これらのことから「生」というものへの関心を強めたとのこと。私写真、心情写真というか、作者と写真のつながりが強く感じられ、客観的に見づらい作品だった。





   
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# by pprivateeye | 2017-01-23 20:35 | Comments(0)

六本木にギャラリーが増えている。

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2017年1月17日(火)

・竹内英介写真展「Headlight 1970~2016」、gallery E・M 西麻布
車のヘッドライトに浮かび上がる夜の写真。しかし、キャプションを読むと18歳で自動車免許を取った作者は自由になる夜、車を走らせることが一番の楽しみだったようだ。それに写真が付随している。さらに驚くべきことに40年前の写真と現在のものとまったく違いが感じられないことだ。そこには夜とか闇とかいったものにまつわる諸々の概念から自由に、写真を撮ることに楽しさが感じられる。当時はこれが作品になるとは思っていなかったとのこと。

・山縣勉写真展「涅槃の谷」、ZEN FOTO GALLERY
展示を数点入れ替えているとのことで、見るのは二回目。谷に横たわって放射線を浴びるのは一日合わせても1時間くらいらしい。写真集は作ったものの、どこまで売れるかまったく見えないとのこと。そこから、ネットがあるので昔ほどではないにせよ、東京と地方の差は非常に大きいというような話にまでなった。

すぐ近くに現代アートのビルができたとのことで、山縣さんに教えてもらって見に行った。complex665というビルにタカ・イシイギャラリー東京、ShugoArts、小山登美夫ギャラリーが入っている。深川の倉庫ビルに入っていたギャラリーが引越してきたようだ。

・「日本のシュルレアリスム写真」、タカ・イシイギャラリー東京
中山岩太、岡上淑子、椎原治、山本悍右、安井仲治の5人の写真作品が展示されている。そのなかでは中山岩太のものが数も多く見応えがあった。シュルレアリスムの考え方そのものが欧州の歴史がベースにあるので日本に持ち込んでも形式的なものにならざるを得なかったようだ。

・戸谷成雄展「森 Ⅹ」、ShugoArts
木材をチェーンソーで削って作品を制作。チェーンソーによる溝、山と谷、突起のプラスとマイナスの関係によって視線が揺らぎ始める云々というキャプション(チラシ)が面白くて勉強になる。話好きなのか、ギャラリーの人がいろいろと作品や作者について解説してもらったのも参考になった。現代アートにひとは本当に深いところまで考えているという一面も感じられた。

・「ヴァルダ・カイヴァーノ展」、小山登美夫ギャラリー
作者は1971年アルゼンチン生まれと、まだ若い作家だ。作品はペインティングがメインだが、線と塗りつぶした面との組み合わせで余白の多い抽象画だ。一見、幼児の絵のようにも見えるがコントロールされた何かが伝わってくる。

・みうらのりこ写真展「Found Scenes」、epSITE
彩度が高めのカラー作品。街中のある瞬間に違和感のようなものを感じたときにシャッターを切っているとのこと。作者にとってそれは舞台のある場面のようにも思える。照明も全体を暗くして作品にだけ光りを当てている。舞台と見た場合、人が佇んでいるシーンのほうがうまくいっているようだ。通りで人物が動いているとストリートスナップという感じが強くなる。









   
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# by pprivateeye | 2017-01-18 23:26 | Comments(0)

渡部さとる×タカザワケンジ

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2017年1月13日(金)

ギャラリー冬青で開催されている渡部さとる写真展「demain 2017」に合わせて、渡部さんと写真評論家のタカザワケンジさんとのギャラリートークショーが行われ、それに参加してきた。
タカザワさんが現代写真の流れとこれまでの渡部さんの写真集とをリンクさせる形で話を進めていったので、聴いている側としては現代における写真のあり方について講義を受講しているようでもあり、系統的で大変わかりやすかった。最近では稀に見る、いいギャラリートークだった。
以下はそのときのメモをそのまま転記したもの。話が飛んでいたり、話された言葉そのものではないなどご了承ください。

タカザワ(以下T): 今回の『demain』は、転換点になるような写真集だ。
渡部(以下W): 最終ゴールを設定していない。定型のものではない。例えれば、冷蔵庫にある材料を使って料理をしている感じ。特捜版はアルバムを作る感覚。
T : 自身の率直な言葉。ファウンディッド・フォトの流れに対する批評的な考えがある。
W : 何でも入る、入れることができる。ズレ、揺れ、解体、再構築といったこと。屋久島では古い写真を意図的に求めていた。連続的から並列的な物語に変化。
T : 最初の写真集『午後の最後の日射』ではキラキラしたものが並んでいる。素朴な作り、17年前の作り。
W : 島ごとのくくりはアジアのあり方を反映。
T : 写真は撮りに行かないと撮れない、という考え方があった。17年経ったことでそれが揺らいでいる。
W : 作品をどう撮るかを重要視している。
T : 写真を撮る行為というのは『traverse』までで、『da.gasita』から変わってきている。
W : 『da.gasita』から編集にすごく力を入れている。並びは最初の1枚目と最後を決める。冬青の社長と意見が分かれて、最終的には社長の意見に従った。つまり第三者の目を入れた。その結果、自然と季節順の並びになっていった。他人の手が入るってすごく大事と感じた。写真集には編集者、デザイナーが絶対必要。
T : 入口と出口が揺らいでいると、途中も決まらない。
T : ドキュメント性について。『prana』はちょっと違う。
W : 『da.gasita』がアメリカではノーモア・ノスタルジで切られた。北海道、東北では売れた。大阪以西ではダメだった。アメリカ=ノスタルジを捨てた国。写真はフロンティアでなくてはいけない、という考え。
T : モダニズムに毒されているのではない。
W : どちらがいいかではなく、違いがあるんだなと思った。あなたのコンテクストは何かと聞かれる。現代アートはキリスト今日の文脈だった。『prana』は自分の写真を説明する方便。
T : 自分が生まれ育ったメカニズムというものがある。
W : アルルで日本の写真の特集のタイトルがAnother Languageだった。独特の文脈を持っているので、日本人作家はまとめて特集されざるを得ない。
T : 写真はよければ褒めてもらえるものではなく、コンテクストの上から判断される。
W : 言葉は筋をつけるためのもの。選別、軸をつくるために言葉を使うが、言葉に左右されない。
T : 文章を読んで、気持ちよくだまされたい。
W : 『demain』、5冊目でようやくやりたいことができた。変わり目だなという実体験があった。
T : 写真集のあり方を考察するようなものを作るとは思わなかった。
W : ロバート・フランク『Story Lines』が頭にあった。アラーキーの「私小説」は「私のフィクション」でもある。 『demain』の黒い紙は印刷。アルバムの台紙をイメージ。
T : 一種の写真論、写真に対する重層的な試みがされている。

トークショーが終わってからの感想は、師匠がこんなにも戦略的に写真集を作っているものとは思わなかった。撮っているときにはそういう考えはなくても、まとめる際には「現代の写真」という流れのなかでいかに存在していくかが意識されている。まさに現役の作家だからできる仕事といえそうだ。






  
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# by pprivateeye | 2017-01-14 23:31 | Comments(0)