Private Eye

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「あわあわしい写真」 その2

数日前に、自覚的云々と偉そうなことを書いたが、師匠が大事なことを言っていたのを思い出した。

「自分なりの基準を持つこと」

これがなかったりブレてたりするから、その写真に抵抗を覚える――おもしろくない、なんかな~、ふ~ん、etc.――のだと思う。
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# by pprivateeye | 2006-02-23 10:23 | Comments(0)

ブックのこと

写真のグループ展に、各自のブックが競うように置いてある。
でもなぜ展示と同じ作品がブックにも入っているのだろう。
何人かに聞いてみた。いいんじゃないのとか、う~んとかいう答えが返ってくるだけで、はっきり否定する人はいなかった。
しかし、その違和感について自分でもうまく説明できなかった。

写真仲間がサイトに写真展のセレクトについて反省を書いており、その中に「シリーズとしてセレクトを詰める→展示に合わせてセレクトから再セレクト」とある。
これを読んで、かなり納得がいくようになった。

写真展では会場のスペースもあって展示数が限られる。本人が代表作と思うもの、見てもらいたいと思うものが展示される。ブックにはそのシリーズのから展示されなかったものがセレクトされる。それで全体が構成される。

だから展示された作品と同じものをブックで再び見たくない。たぶん質的にも展示作よりも落ちるはずだ。
ブックは写真集のように固定されたもの(ひとつの世界を形作るもの)ではないのだから、展示作品とブックとはお互いが補完的な関係にあるのが理想的だと思う。
その意味では、展示作品とまったく別のシリーズでブックを構成するのもありだと思う。それは写真家に対する見方を広げてくれるものになるから。

     * * * * *

しかし、いつになったら自分の作品がまとまるのだろう。
もっとプリントしなくっちゃ。
だから週末に天気が悪くなるとうれしい。どんよりした曇りがいい。出かける気持ちにならないし、いい写真が撮れる光りもないし、暗室に光りがもれてこないから。
桜の咲く前までに一通りプリントを終えるつもりなのだが・・・
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# by pprivateeye | 2006-02-23 08:02 | Comments(8)

検索してみました。

Googleの、日本語ページを表示するで検索してみました。
結果は、次のようになりました。
  ‘Private Eye’           339,000件ヒットして、60ページ目
  ‘Private Eye、写真’        66,200件       52ページ目
  ‘Private Eye、あれやこれや’     142件        1ページ目
  ‘Private Eye、極私的な’          8件        1ページ目
しかし、‘Private Eye、写真’で、写真仲間のHiroshiさんのBlog(Photo Shot)のリンク先として、23ページ目に検索されていました。

ヒットした‘Private Eye’という言葉は、ほとんど全部「私立探偵」という意味で使われていました。もともとはスラングだったわけですが、それが定着してしまっているようです。それを逆手にとってストレートに「私的な視線」という意味を持たせてBlogのタイトルにしたというわけです。
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# by pprivateeye | 2006-02-21 20:35 | Comments(0)

「あわあわしい写真」について

写真仲間が自身のブログで、今風の淡い色合いの写真について懸念を表していた。

そこからポイントになると思われる箇所を引用してみると、
“そうした写真を増殖させ氾濫させるシステムが人々の感性を麻痺させて、(権力や主流なものという意味での)マジョリティーに対する抵抗意識を奪ってしまうのではないか、という懸念があるからだ。”(Feel Free ! アナログ・フォト・ライフ Diaryより)

まず、そのようなシステムが具体的に存在するかどうかはとりあえず横に置いて、「マジョリティー」というものは、いつの時代でもあらゆるものを自らの内に取り込もうとする、あるいは自らのコントロールのもとに置こうとするのではないか。
そのことに危機感を持てるかどうか。また、危機感を持ったとしても飲み込まれ消費されてしまう(これが時代の流れというものでしょう)のは避けられない。

とすれば、そういったことにどれだけ自覚的になれるか。個というもの(個人、自分、etc.)をどれだけ確立できるか。それが存在するということに多少なりとも意味づけすることになると思う。

「あわあわしい写真」への懸念はそういった自覚のなさへの不満から出てきていると思う。それは単にファッションじゃないか、おまえはどこにいるんだ、という不満。置き換えのきくものではなく、あなたの写真は何か、ということが問われているのだと思う。
自覚的であることが昇華されて確信となることで、写真がセレクトされ、言語化される。
「あわあわしい」ことが問題なのではなく、大半の「あわあわしい写真」にはそういったことが見えてこないのでつまらないか、さっと見て終わりということになってしまう。

自覚的であるということについて、三題。
「孫悟空はお釈迦様の手のひらの上にいると気づくことができた」

金子光晴「おっとせい」より
 だんだら縞のながい影を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、拝礼している奴らの群衆のなかで、
 侮蔑しきったそぶりで、
 ただひとり、
 反対をむいてすましてるやつ。
 おいら。
 おっとせいのきらいなおっとせい。
 だが、やっぱりおっとせいはおっとせいで
 ただ、
 「むこうむきになっている
 おっとせい。」

昨日読み終えた「見えない都市」の最後から、
「もしも地獄が一つでも存在するものでございますなら、それはすでに今ここに存在しているもの、われわれが毎日そこに住んでおり、またわれわれがともにいることによって形づくっているこの地獄でございます。これに苦しまずにいる方法は二つございます。第一のもは多くの人々には容易いものでございます、すなわち地獄を受け容れその一部となってそれが目に入らなくなるようになることでございます。第二は危険なものであり不断の注意と明敏さを要求いたします。すなわち地獄のただ中にあってなお誰が、また何が地獄ではないか努めて見分けられるようになり、それを永続させ、それに拡がりを与えることができるようになることでございます。」(米川良夫・訳、河出文庫より)
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# by pprivateeye | 2006-02-20 23:52 | Comments(2)

読んだ本 2

イタロ・カルヴィーノ「見えない都市」河出文庫を読み終える。

この本を読んだのは2回目だ。1回目は20年以上も前になる。
一応、小説だが、いろんな読み方ができる。都市論や現代文明への批判、あるいは長編散文詩といった具合。それだけに記号学とか小説論とかいった知識があればそれだけ楽しめると思う。

最後は、地獄について苦い答えで終わる。
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# by pprivateeye | 2006-02-19 20:31 | Comments(0)

グループ展のパーティ出席

2/18(土)、ICHYS GALLERYで開催中のWorkshop2Bのグループ展のパーティがあり、出席した。これまでのグループ展のパーティには地震で参加できなかったり、体調不良で早退したりと、残念なことが多かったが、今回は2次会まで参加できて楽しかった。

写真展で作家の人と話をするのは楽しいし、勉強になる。それはワークショップのグループ展でも同じだ。でも作者の人と話をするとき、こちらが先にワークショップを受けたということで、先輩に接するように話されるのは面映い感じがする。個展を開催して初めて写真家としてスタートするといわれるのだから、それまでは一緒でしょう。

会場に師匠がワークショップやグループ展について紹介している文章が掲示してあり、その中に次のような言葉があった。
“「ワークショップ2B」の2Bとは、2階のB号室。講座を行っている部屋のことです。講座終了後も2Bという場所を共有できたらと考えています。”

春風亭小朝が以前インタビューで次のようなことを話しているの読んだことがある。
昔の楽屋では先輩の噺家たちが自身の体験や芸事の話をしていた。それを聞くことは自分にとって非常に肥やしとなった。しかし、今の楽屋で話されることは新聞に書いてあるようなことばかりで、残念だ。

2Bで師匠と話したり、他の人たちの話を聞いたり、写真を見せてもらったりすることは、写真というものを体で感じることができる大変貴重な場、時間だと思う。特別に写真のことを意識しなくても、写真のことが目の前にあり、すごく簡単なこと単純なことからハイレベルのことまで、自然に話すことができる。それがその場で覚えていなくても、体に染み込んでくるような気がする。

こんなことを考えていると、2Bに遊びに行く人が限られているのはもったいないなと思ってしまう。
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# by pprivateeye | 2006-02-19 10:06 | Comments(0)

新宿でフクジュソウ

新宿御苑でフクジュソウを撮る。今年の冬は寒く、例年より2週間遅い。フクジュソウは気温がある程度(10℃以上だったかな)上昇しないと花はつぼみのままで開かないし、開いても気温が下がる頃には再び閉じてしまう。このため今年は寒さのためなかなか花びらが開いているのを見ることがなかったが、その間にも茎は成長しているようで、いつものように地面スレスレで花が開くのではなく、少し上で黄色のあざやかな花びらを見せてくれた。

アングル・ファインダーを使ってマクロ・レンズで撮っていたのだが、ファインダーを覗きながら真ん中にある花を左に寄せようとして、何度もカメラを左に振ってしまった。当然、ファインダーの中の花は右に行ってしまう。おかしいなと思いながらも撮っていたのだが、何のことはない、ハッセルやローライのファインダーと同じつもりでカメラを動かしていたのだ。しばらくEOSを使っていなかったので、カメラの使い方まで忘れてしまっているところがあったりする。

一箇所で1時間以上かけて2本撮ったが、なかなかよい表情が撮れたと思う。その間に、新宿御苑の写真教室の人たちや俳句の会のおばさんたちが大勢やって来る。写真教室の人たちって、ひとつのものをじっくりと撮らないのね。大勢でやって来て、ワイワイしゃべりながら撮って、さっといなくなってしまう。撮るのも、段階露光を自動に設定しているので、一度のシャッターでパシャパシャパシャと3枚撮ってしまうけれど、カメラ・ブレしていないのかなと心配してしまう。

ウメは開花している木もあるけれど、ほとんどはつぼみのまま。ハクモクレンはつぼみが膨らみ、一枚つぼみの殻を脱いできている。
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# by pprivateeye | 2006-02-19 09:00 | Comments(0)

Workshop2Bグループ展 vol.5を見てきました。

今回のグループ展は「渡部さとる +9photographers」と名付けられ、ワークショップのメンバー9名が作品を展示している。
場所は東京・青山のいちょう並木が正面に見えるICHYS GALLERYだ。

青山という場所を意識したわけではないのだろうが、場所やギャラリーの雰囲気によく合った作品が揃っている。師匠も米沢の夏のカラーを展示しているが、もしかしたら一番違和感があるかもしれない。

全体の印象は、女性が男性的な視線で写真を撮り、男性の作品が女性的だったりした。個々の作品では、三浦海岸の岩と、裏庭で撮ったという葉っぱの写真が気にいった。でも、好みからするともう少しコントラストが強くてもいいかなと思う。あと、気づいたのは、手前がボケていると(後ピンだと)、それが意外と気になる。

ブックでは一点、イチジクの写真が最高。少しシャドーを起こして大全紙に引き伸ばしてみたい。静物なのに、たったいま実が開いたというような動きまで感じる。

T-MaxとPRESTOを比べると、ずいぶんPRESTOの粒子が目につくのだなと思った。

「感度分のf16」を実践した作品(集)は、いい! メンバーが9人で、すべてスクエアというのもいい。なぜこれまでのグループ展で誰もやらなかったのだろう。この企画は師匠には内緒だったそうな。
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# by pprivateeye | 2006-02-16 21:41 | Comments(0)

金星は守護星(だったと思う)

写真仲間が自身のサイトに、このブログが始まったことを書いてくれた。
その紹介は明けの明星と並んでいて、ラッキー、と思う。
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# by pprivateeye | 2006-02-14 23:26 | Comments(0)

根本タケシ写真展「深川散歩」

神田小川町にあるオリンパスギャラリーで、根本タケシ写真展「深川散歩」を見る。作者自身が住む深川をデジタルカメラで撮り、B0サイズまで大伸ばししたモノクロプリント。

作者の視線は、昔ながらの深川ではなく、下町の生活に密着するわけでなく、現在の深川を淡々と撮っている。その視線は、師匠の米沢に似ている。愛着はあるがそこにどっぷりと浸かっているわけではない。

では劇的な要素が皆無かといえばそうではない。モノクロであること、大伸ばしによるザラつき感、やや強めのコントラストなどが、想像力を掻き立てる。見ていて飽きなかった。写っているものが自分の知っているものや場所であり、カメラやプリントについてではなく、写っているものそのもので作者と話が弾むのは楽しいことだ。

残念なことに会期は明日2/15(水)15:00まで。
オリンパスギャラリーは日曜・祝日が休みで平日も18:00までと、見るチャンスが少ないのは残念だ。
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# by pprivateeye | 2006-02-14 21:57 | Comments(0)