Private Eye

ppeye.exblog.jp ブログトップ

『言語ジャック』と「家族の肖像」

f0067724_218447.jpg

2017年3月17日(金)

昨年、四元康祐という現代詩の詩人を知った。詩集『言語ジャック』に「名詞で読む世界の名詩」という作品がある。こんなふうに始まる。
秋 夜 彼方 小石 河原 陽 珪石 個体 粉末 音 蝶 影 河床 水
(中原中也「ひとつのメルヘン」)

蠅 時 部屋 静けさ 空 嵐 目 涙 息 攻撃 王 形見 遺言 部分 署名 羽音 光 窓
(エミリー・ディキンソン「蠅がうなるのが聞こえた――わたしが死ぬ時」亀井俊介訳)

心象 はがね あけび つる くも のばら やぶ 腐植 湿地 諂曲模様 正午 管楽 琥珀 かけら いかり にがさ 青さ 四月 気層 ひかり 底 唾 はぎしり おれ ひとり 修羅 風景 なみだ 雪 眼路 天 海 聖瑠璃 風 Zypressen 春 いちれつ 光素 脚並 天山 雪 綾 かげろう 波 偏光 まこと ことば 王髄 日輪 樹林 交響 碗 魯木 群落 枝 二重 喪神 森 梢 ひのき 草地 黄金 かたち けら 農夫 気圏 かなしみ 青ぞら つち 肺 みじん いちょう 火ばな
(宮沢賢治「春と修羅」)

あれ 何 永遠 太陽 海 見張り番 魂 夜 昼 世間 評判 方向 己れ 自由 サテン 燠 お前 義務 間 望み 徳 復活 祈り 忍耐 学問 責め苦 必定
(アルチュール・ランボー「永遠」宇佐見斉訳)

・・・・・・
この詩はこんな調子で28人の詩の名詞だけが引用されている。文節はなくても使われている名詞を見るだけでその詩の世界が浮かび上がってくるようだ。谷川俊太郎とは異なった形で言葉に関わっていることが面白くて気持ちがいい。

この詩集を思潮社のサイトで注文したのだがついでだし直接買いに行こうと思った。が、所在地の番地を間違えてしまい、東西線神楽坂駅で降りてしまった。一度はあるビルに入ったのだがそれらしき会社の気配がない。改めて検索したら番地は1-17ではなく1-7だった。そしてそこは凸版印刷の側だった。その近くでまたウロウロしていたら声をかけてくる男性がいて、それが思潮社の人だった。約束の時間に来ないのでわざわざ路上まで出てこられたようだ。さらに支払いのときには消費税までサービスしてもらった。たぶんおつりが面倒だったのだと思う。ちらっと見えた室内は本の山で外にまであふれそうで、なんかいい感じのする空間だった。

せっかくなので向かいの凸版印刷の印刷博物館を見学する。1Fの入場無料の展示だけ見る。凸版文久体という新しい書体を作る過程が展示されていた。ブックデザイナーの祖父江慎の校正とかも見られて面白かった。で、完成した書体が上の写真。凸版文久見出しゴシックEBというもの。

このあと神保町の岩波ホールへ。ヴィスコンティ「家族の肖像」を観る。始まった回の次の時間だったので整理券番号は№1だった。実はこの映画館は初めてだ。ちょっと料金が高い、というか割引率が小さい。ヴィスコンティは「山猫」を観て以来のファンだ。どちらもバート・ランカスターが主演を務めているが、印象は対照的だった。「山猫」での公爵は没落していく貴族階級の中でも背筋を伸ばしているが、「家族の肖像」での教授は世間からドロップアウトして自分だけの狭い世界に生きている。その教授に父と息子、そして同性愛的な関係をうかがわせた青年がヘルムート・バーガーで、最初はガサツな人物に思えたのが次第にその知性と危ない政治思想を見せてきて、教授との関係が強くなっていく。いいなあと思っていたら、この人は「ルートヴィヒ」を演じた人だった。しかもヴィスコンティはトーマス・マン「魔の山」の映画化も企画しており、その主役ハンス・カストルプにヘルムート・バーガーを予定したという記事を読んで、観たい!と思ったのだった。





  


[PR]
# by pprivateeye | 2017-03-21 01:53 | 映画 | Comments(0)

写真って、気持ちが出るよね。

f0067724_4391261.jpg

2017年3月11日(土)

・「ROCK YOU展」、CALOTYPE、ニエプス
LPレコードのジャケットに写真を貼った展示。二つのギャラリーで展示されていたが、合わせて見るとニエプスに展示されていた田中長徳さんの2枚の写真が一番好きだな。ところで実はこの展示はあまり気分のいいものではなかった。写真とレコードジャケットの組み合わせというけれど、ジャケットは単に写真の台紙としての意味合いしかなかった。レコード盤の中央の写真も新しく貼られたものだが、レコード自体はそのまま聴くことができる。なかにはジャケットの天地さかさまのまま写真が貼られたものもあるなど、レコードに対するリスペクトが感じられなかったのが残念だ。その意味も含めて成功していそうなのはニエプスに展示されていた元田敬三さんの作品だ。写真がツッパリ連中(?)を取り押さえるもので、レコードが若い頃の石原裕次郎だった。

・梁爽(リョウ ソウ)写真展「東・北/East・North」、TOTEM POLE
東京と北京でのモノクロ・ッスナップ。上下二段の展示で、上が東京、下が北京という『組み合わせだったが、どちらもほとんど違いはなかった。東京と北京、どちらも好きだという作者の気持ちが感じられる。

・張凱翔(Ken Chang)写真展「東京サーカス」、Place M
街中のモノクロ・スナップ。六つ切りの展示で点数が多かったが楽しく見ることができた。写っているものとか撮り方が特に面白いというわけではないのだが、全体として作者のユーモアが伝わってくる、嫌みのない写真だった。

・田口昇写真展「コクーン」、RED Photo Gallery
作者の子供が生まれ、その姿を10日ごとくらいに撮影。生後すぐから99日目のお食い初めまでを等身大のプリントで展示したもの。言ってみれば親バカということになるのだろうが、それ以上に見ていて微笑ましい感じがよかった。演出的なものといえば、赤ん坊の着ているものが全部違っていたことか。

・小川康博写真展「Cascade」、蒼穹舎
昨年亡くなった作者の母親の遺品の中に8mmフィルムを見つけ、それを映写したものを撮影。それ以前に撮影していた花の写真と合わせて展示。家族(子供の頃の作者もいる)の映像にもかかわらず、第三者的な記録が感じられていい。その一方で、映写したときのスクリーンの関係で写真が暖色系の色味となって、母親の死という悲しみをやわらげているようだ。





   

 
[PR]
# by pprivateeye | 2017-03-21 00:39 | Comments(0)

深川~本所~小伝馬町って、まるで時代劇だ。


f0067724_437235.jpg

2017年3月10日(金)

・「ANDO COLLECTION」、ANDO GALLERY
現代アートのギャラリーなので写真の展示があるときには覗いたりしている。今回はギャラリーのコレクション展で、リカルダ・ロッガンという写真家の作品が展示されていた。この作品は以前にここで見たことがあるものだった。ヨーロッパの著名人の遺品をごく普通に撮影しているものと、人の手が加えられた洞窟の大きな作品だった。他にペインティングでショナ・トレスコットという人の作品がよかった。長辺が20cmにも満たないような小さなアルミ板に描かれた風景が抽象っぽいのだがゴッホやルオーを連想させた。たまたまギャラリーの人の解説を聞くことができて、この作家は若いけれど描く力を持った人だそうだ。この「描く力」という言葉が新鮮だった。

・峰崎野人写真展「Parrhesia #008 居所」、TAP Gallery
このギャラリーに来るのもずいぶん久しぶりのような気がする。村越さんや野尻さんがメンバーから抜けて自然と足が遠のいていたのだが、今回見た峰崎さんは先の両者とはまた異なったモノクロ・プリントだった。埼玉の田舎の風景だがややコントラストの高いプリントで、これもまたきれいだった。三人を比べると一番自分のプリントに近いようなきがした。

・鈴木麻弓写真展「THE RESTORATION WILL」、Reminders Photography Stronghold Gallery
作者の両親は2011年の津波で亡くなり、そのレクイエムのような作品だ。手製本の写真集プロジェクトの一環としての展示。津波の後で拾った父の4×5のレンズで撮影された写真は暗くぼんやりとしている。キャプションには「亡くなった人たちが見ているような景色」とあり、最初は写真に写っている人たちを亡くなった人になぞらえていると勘違いしていた。実はその逆で、亡くなった人が現在を見ている視線だった。そう理解することで悲しみはずっと続いているのだなと感じた。

・矢嶋英久写真展「ひかる森」、Roonee 247 Fine arts
ルーニーが日本橋小伝馬町に引越してから初めての訪問。矢嶋さんの作品はルーニイのサイトでDMの写真を見て行こうと思った。彩度を少し上げ気味で手を加えたプリントが面白そうだと思ったのだが、それはこの写真だけだった。全体的には色の乏しい里山の中の風景だ。10年間撮影しているとのことなのでセレクトによってまた違った印象になったのではないだろうか。

・圓谷真唯写真展「此処彼処」、Roonee 247 Fine arts
4月にルーニイで展示を控えており、その予備的な展示が店舗側の壁にされていた。身の回りをカラーで撮影したもので、以前にニエプスの二人展でその作品を見たことがあった。

展示の後、オーナーの篠原さんの話を聞いた。販売されている写真集の中に築地仁さんの新しい写真集があった。3年くらい前にDAZLLEで築地さんが予約を取っていたので、やっとこれ出たんですねと言ったら、そうなんですよ、みんな心配してました。直接築地さんに聞くと叱られそうだし、ヤキモキしてました。なんて答えが返ってきて笑ってしまった。





   

  
[PR]
# by pprivateeye | 2017-03-21 00:00 | Comments(0)

模型かもしれない\(^o^)/

f0067724_19494163.jpg


2017年3月1日(水)

・上瀧由布子写真展「糸遊」、銀座ニコンサロン
モノクロの日常スナップなのだが、不思議な印象を受ける。糸遊とはクモの糸が空中に漂っていてゆらゆらと光って見えることをいうらしい。作者はそこにある種の希望のようなものを感じているようだが、作品はその逆でどちらかといえばネガティブな感情を感じる。

・大橋英児写真展「Existence of」、ZEN FOTO GALLERY
飲料水の自動販売機を撮影。カラー作品。これまでの作品とか写真集にまとめられたものを見ると、写真展の展示は割合タイポグラフィーっぽいセレクトなんだと思った。テキストの中に笠地蔵という言葉があり、自販機を擬人化したような作品も多かった。雪の中に埋もれている自販機とか、広い荒地のようなところにポツンと置かれたものを見ると、彼らも頑張っているんだなあと変な感情も湧いてくる。

・築地仁写真展「写真像」、タカ・イシイギャラリーP/F
1984年に発表された作品集からの展示。モノクロのスクエア。都市の中のモノの形(表象)や質感に惹かれた写真。そこには記号とか意味とかは無視されていると言ってもいいかもしれない。同じようにモノクロでスクエアの作品を作っている写真仲間のSさんを思い浮かべた。築地さんの最初期の写真集『垂直状の、(領域)』を見れたのもよかった。1975年の出版で、このころは築地さんもブレ・ボケの写真を撮ったりしているんだと思った。

・伊藤義彦写真展「箱のなか」、P.G.I.
雨粒や人形をパノラマサイズで撮影された作品。連続するカットをつなぎ合わせてあるらしい。写真絵巻という言葉が使われおり、日本の絵巻物のように時間の経過も閉じ込めたいようだ。他に、ハーフサイズのカメラのコンタクトプリントによる作品も何点かあった。横12カット縦6段、計72カットでひとつの絵というこの作品は最初にデッサンのようなものをつくるらしい。


この日は銀座駅で写真家の飯田鉄さんに声をかけられ、P.G.I.の入り口ではカロタイプの講評会メンバーのTさんと顔を合わせるなど、珍しい日だった。そういえばP.G.I.が芝浦から東麻布に移転してからは初めてだ。ずっと買わなければと思っていたストレッジボックスを購入。ヨドバシよりだいぶ割安だ。東京タワーがすぐ近くにあり、ビルの隙間から見えるその姿は妙にリアリティがあるが、一方でその真逆の作り物っぽくも見える。スケール感が変になり面白い。そんな気分で珍しく街のカフェで休憩もした。







  
[PR]
# by pprivateeye | 2017-03-07 01:31 | Comments(0)

山 2

f0067724_23552158.jpg


2017年2月28日(火)

以前に書いた「山」はこちら

雪国ではないので冬になっても多くて二、三度雪が積もる程度ですぐに融けてしまうことがほとんどだ。それでも山は白くなる。家のある集落から離れて周囲が田んぼや畑のところで山々の連なりを見ていると、変な言い方だが妙に実在感がある。大地が隆起して山脈を形成したという知識があるせいか、これが日本列島の一部なんだ、地球の表面なんだ、という感覚を覚えることがある。それは、当然だがスケールが大きく、気持ちの良い感じだ。

そんな風景をどこか他でも見たような感じがして少し考えて思い至ったのが、写真家畠山直哉さんが撮影した津波の後の故郷・陸前髙田の写真だ。海の近くの河口側とはいえ、山が近く、津波のために大地が目の当りに見える風景は、自分が「山」を見たときの感覚に似ている。家とか電柱とかの人工物は邪魔なもの一時的なもので、木や草が生い茂り、川が流れ、丘や山があるのが本来の姿、地球の表面だ、という感覚。

「山」についてもうひとつの感覚がある。写真家の渡部さとるさんの『旅するカメラ3』に「山の向こう側」というエッセイがある。故郷は山に囲まれた米沢だが、小学校2年生のときにその先にも世界があると知って、山の向こう側に行こうと山に向かって歩き始めた。しかし山道に入ってしばらくして進めそうになくなった。このまま米沢で一生を送るのだと観念した、という内容だ。この「山」への感覚が自分は正反対なのだ。小さなときから見てきた山は乗り越えていくべきものではなく、常に背後にあるものだった。だから山の向こう側はほとんど想像したことがない。伊勢平野の北部にある山の近く住んでいる者にとって、都会へ出るということは南に下っていくことで、それは海に向かっていくことでもあった。海の近くに出て、川を渡れば名古屋という大都会でさらにその向こうは東京につながっている。




  
[PR]
# by pprivateeye | 2017-02-28 23:56 | Self Portrait | Comments(0)

3ヵ月前はあんなにキラキラしていたのに・・・

f0067724_21552523.jpg


2017年2月17日(金)

・井津健郎写真展「SEDUCTION OF PEAR 洋梨の誘惑」、gallery bauhaus
1Fがスコットランドのスペイ・サイドの風景、B1が洋梨の静物写真。スペイ・サイドのほうが断然いい、好みだ。シングルモルト・ウィスキーについての本を読むと必ず出てくるのがスペイ川で、サーモンのフライフィッシングでも有名だ。確かミステリ小説でも出てきたような気がする。イギリスも日本と同様島国なのに、広がる平原を見るとなぜだか大きな国だと錯覚してしまう。洋梨は形が特異であり、そのスティル写真が30点も並んでいるのを見ると少々飽きてしまう。最初の面白いと感じた印象が消えてしまう。

・有野永霧写真展「日本人景 ビニール」、銀座ニコンサロン
農地などで使われているビニールハウスやカバーなどをモノクロで撮影。コントラストの強いプリントだ。ビニールは破れていたり、すでに放棄された場所だったりする。人間と自然の戦いという捉え方が底の浅いもののように思えた。

・普後均写真展「肉体と鉄棒」、ときの忘れもの
タイトルの印象から旧作だと勝手に思っていたら、撮影は2013年頃から、プリントは2016年とまったくの新作だった。鉄棒を発注し、そこにぶら下がったヌード、電灯や氷といったモノ、かたつむりなど、いろいろ。あるひとつの場所にいろいろなものが表れるというのは、以前の「ON THE CIRCLE」の別バージョンともいえそうだ。ファイルに入れられたキャプションを読むと、作者はユーモアも意識しているようだ。もうひとつのテキストはほんど何も言っておらず、こんな写真評で代表的な写真評論家と呼んでいいのだろうか。





  
[PR]
# by pprivateeye | 2017-02-18 22:26 | Comments(1)

乃木坂は雪

f0067724_2234056.jpg


2017年2月10日(金)

・柴田敏雄写真展「31 Contact prints」、gallery ART UNLIMITED
4×5のカラーのコンタクト・プリントの展示。作者の言葉として「コンタクトプリントはフィルムのままの大きさで、自分が撮影したありのままが現れる。それ以上でもそれ以下でもない、必要十分な要素が含まれている。引き伸ばすことなく、並べてみることに、今、魅力を感じているのだ。」というのがあった。確かにそうなんだけど、ずるいという気持ちも多少あるw というのは35mmではなく、4×5のコンタクトだ。そこにはセレクトという行為が可能になる。でも作者の言葉を素直に捉えたい。特に後半の「引き伸ばすことなく、並べてみることに、今、魅力を感じているのだ。」というところは正直な気持ちだと思う。で、コンタクトを見ての感想は、完璧だということ。今回の展示は新作ばかりだが、これまでの作品もトリミングをしていないというのがよくわかる。ギャラリーの人の話ではそんなに厳密に構図を考えているわけではなく、撮る枚数もわずかとのこと。100×120mmの巨大なマットの中央に4×5のコンタクトが1点だけという作品が2つあった。柴田さんのアイデアだそうで、ここは笑うところですと柴田さんが言っていました、とギャラリーの人。それを聴く前に笑っていた。あと思ったのは、フィルムはまったり、ねっとり、ゆったり、穏やかだなということ。それは日本の風景だからかもしれないし、作者が日本人だからかもしれない、ということも。


ギャラリーを出てGoogle Mapさんを確認していたら雪が降り始めた。国立新美術館の横から在日米軍施設の前を通って外苑西通りに出るまでずっと降っていた。たまたまこの日はフードの付いたダウンジャケットだったので助かった。いつもはまず歩かないコースでしかも雪が降っていたので何度もG2のシャッターを切っていた。


・「monochrome ⅩⅣ Shadow」、gallery E・M 西麻布
恒例のモノクローム展14回目。テーマが影なのでベタだなと訪れる前は思っていたが、予想以上に各作品がよかったので一点一点を見ている時間が長かった。お気に入りは中島秀雄さんと原直久さんの作品で、共に8×10で撮影し大伸ばしされたもの。中島さんはスクリューのプロペラらしいが不思議な表面のテーブルのように思えた。原さんは取り壊された二軒の家の後が壁に残っているもの。かつてあったものの痕跡だがまだ魂は残っているというような作品だ。不思議だったのは中道順詩さんで、空が黒く落ちてグレーはソラリゼーションっぽくなっていた。フィルターとかプリントに秘密がありそうだ。



   
[PR]
# by pprivateeye | 2017-02-12 23:10 | Comments(0)

初K's cinema

f0067724_0263356.jpg


2017年2月7日(火)

新宿三丁目にある航海屋というラーメン屋さんに行く。FBにあがっていた写真を見て感想を述べたら、ぜひ召し上がってくださいとの返事があったので、Google Mapに店の名前を入れただけで検索して行ってみた。なんだ以前一度来たことがあるところじゃない。迷ったけどチャーシューメンを注文。スープはすっきりしていていい感じだが、肝心のチャーシューが薄くて物足りなかった。麺はややもっちりした感じ。

腹ごなしをしてから、初のK's cinemaへ。ここでもGoogle Mapにお世話になる。ビックロ裏の甲州街道寄りの飲食店などの多い界隈で、それなりに歩いたことのある場所だがすぐには見つからず。ここだよなあと上を見上げたらグレーのロゴが見えた。今回はデヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」が目当て。整理券方式で、4番目だった。

開演まで時間があるので、腕時計のベルト交換に紀伊國屋書店向かいのWATCH館へ行く。家でベルトが外れてしまい、どうしても一コマ見つからないのでやむなく新しいものにするのだが、メタルで22mmってほとんど選択肢がない。少し待って会計。で、このとき初めてこのWATCH館がLAOXになっていることに気付いた。以前はさくらやで、その後BICカメラだったのに。

さて、「ジギー・スターダスト」は15:00から上映。観客は20人くらいかな。左右前後の席に人がいなくてゆっくりと観れた。
映画は1973年7月3日、ロンドンのハマースミス・オデオンでのツアー最終公演の模様を撮影したもの。このコンサートでボウイは自身のバンドを解散させる。グラム・ロックを葬り去った、と言われているらしい。というのは、そもそもデヴィッド・ボウイの熱心なファンではないので、そのあたりの事情には疎い。実はビッグネームだがどうしても好みにはならなかった人が数名いる。デヴィッド・ボウイもそうだが、プリンス、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ブルース・スプリングスティーンらがそうだ。グラム・ロックといえばT・Rexのほうが印象が強いが、ベスト・アルバムを1枚持っているくらいだ。ボウイは随分後に買った「ジギー・スターダスト The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」だけ持っている。
劇場公開は18年ぶりとのことで、今回は全曲に歌詞の字幕が入っている。しかし、知っている曲がないので申し訳ないがワクワクすることはなかった。ファンではないのでステージよりも楽屋や開場前の外の状況のほうが興味深い。ハマースミス・オデオンにはマイルス・デイヴィスも出てたな、そのブートレグも持っているはずだぞ、などと思いながら見ていた。
でもデヴィッド・ボウイには関心があるので、ドキュメンタリー映画の「デヴィッド・ボウイ・イズ」は観たし、K's cinemaのロビーには「戦場のメリークリスマス」のスチール写真や、いろいろなポスターなどが掲示されていて楽しく見ていた。この上の写真もそうだ。撮影は鋤田正義さんじゃなかったかな。






  
[PR]
# by pprivateeye | 2017-02-09 00:27 | 映画 | Comments(0)

写真と虚構について、チラッと思う。

f0067724_2203375.jpg


2017年2月3日(金)

・カール・ラガーフェルド写真展「太陽の宮殿 ヴェルサイユの光と影」、CHANEL NEXUS HALL
フランス語のタイトルは「VERSAILLES A L'ombre du Soleil」なので、日本語タイトルの「光と影」ではなく「太陽の陰で」のほうが意味としては正しく、また写真もそういったものだった。何より作者がこの場所は過去のものと言っている。太陽という言葉の持つ明るさよりも過ぎ去ったものとして撮影されている。通路を形作る生垣が高く濃いので、地面の白い砂とのコントラストが強くて黒くつぶれている。案外そこに闇が潜んでいるのではないだろうか。

・鈴木篤男写真展「風 砂 人(防潮堤)」、銀座ニコンサロン
浜名湖近くの遠州灘の海岸沿いに防潮堤を作る工事が始められており、そのドキュメント的な写真。最初はコントラストのないプリントだなと思いながら見ていたが、工事そのものよりも砂丘(砂浜)の写真に見えてきて、コントラストの低さが逆に砂の白さにつながってきた。

・大橋英児写真展「Existence of」、epSITE
路上の自動販売機シリーズのカラー版。モノクロと同時に撮影しているとのこと。カラーになることで自販機の存在感が強くなるが、大きなプリントなので何度か見ているうちに周囲の景色も気になってくる。もしかしたら一番無個性なのは自販機のディスプレイの箇所かもしれない。

・藤原香織写真展「森を見る 森から見る」、新宿ニコンサロン juna21
東京の神社を撮影して、調べると縄文時代の遺跡と重なることが多かった。神社と遺跡とは時代的にもかなり離れているが、そこにつながりがあることに聖的なものを感じるという。神社のある風景だが、神社そのものを撮っていないのがいい。

・小野淳也写真展「瞬きもせずに」、新宿ニコンサロン juna21
キャプションには作者と祖父との関係が書かれていた。アルツハイマー発症や老齢のために入院し、そのことで祖父と関連のある風景を撮影、とある。しかし、それは日常、普通にある風景だけだ。果たしてキャプションや写真は真実だろうか。どちらか片方、あるいは両方ともフィクションであってもおかしくない。







  
[PR]
# by pprivateeye | 2017-02-06 22:02 | Comments(0)

毎月1日は映画ファンサービスデー@早稲田松竹

f0067724_0461217.jpg


2017年2月1日(水)

毎月1日は映画ファンサービスデーで大抵の映画館は割引になる。早稲田松竹は通常1300円が800円に。ということもあるのか、上映作品がいいのか、ほぼ満席に近い状態だった。2本立てなので、その2本目が終わったときにはロビーから外まで次回待ちの行列ができていた。

・「ハドソン川の奇跡」(2016年、米国)
原題:Sully
監督・製作:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート
ニューヨークには一度しか行ったことがないが強い印象が残っている。しかもそのときは寒波のせいでイーストリバーだけでなくハドソン川も凍っていた。まだツインタワーが健在のときだ。
そして、旅客機がハドソン川に不時着したというニュースも見ている。
今回の映画はその実話に基づいたものだが、一番良かったのはトム・ハンクスの表情だった。全員の命を救い英雄になったときも、国家運輸安全委員会から嫌疑をかけられたときも、いつも笑顔は見られなかった。当然といえばそれまでだが、苦笑いすらなく、そのことが映画全体の緊張感を保っていたように思う。飛行機の操縦を習っている若い頃の回想のシーンでは、教官からいつも笑顔でいることだと言われているだけに、現在の無表情に近い厳しい表情が際立つ。最後の最後に一瞬だけようやく笑った横顔が見られる。
イーストウッド、このとき86歳だって。スゴイ!

・「イレブン・ミニッツ」(2015年、ポーランド)
原題:11 Minutes
監督・製作・脚本:イエジー・スコリモフスキ
ある都会の中で別々9つのストーリーが進んでいき、最後、11分後に一つになる。バラバラのものが最後にまとまった形になるという構成は、たぶんこれまでにも小説を始めいろいろと作品はあったと思う。この映画が新しいのはいろんな視点を取り入れていることだろう。スマホのカメラ、監視カメラ、CG、ローアングル(犬の目線が面白い)、俯瞰、スローモーション、etc. そして別々のストーリー自体もシリアスな内容となっており、そのこと自体には説明は一切ない。バイクや飛行機の爆音、救急車のサイレンなど都会のノイズとも併せて緊張感のある展開となっている。
全然知らない監督で、11分間の物語という以外に前知識はなかったが、なかなか楽しませてくれる内容だ。
最後の、監視カメラの画像のシーン、カメラがどんどん引いていき画像はどんどん増えていき、ついには砂嵐(TVのノイズ)となってしまうのは、現代の都市の怖さを垣間見せているようだ。





   
[PR]
# by pprivateeye | 2017-02-02 00:46 | 映画 | Comments(0)