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渋谷川を撮る。

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2017年7月14日(金)

・中藤毅彦展「Street Rambler-PARIS」、EMON PHOTO GALLERY
中藤さんはパリにぞっこんのようで、「僕は写真家として激しく写欲をかき立てられる鉱脈に出会った。」とキャプションに書かれている。東欧での作品が気に入っている者にとっては少々さびしい気持ちがする。これまでの展示や写真集からセレクトされた写真が展示されているが、ポートレートを集めた壁が新鮮だった。ヨーロッパの家でよく目にする写真がいっぱい飾られた壁をイメージしたらしい。写真の中の人物は室内でのものが多く、主にお店の職人さんといった人たちらしい。

・CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017
 「Self-Scape Part2 風景画ー風景写真」大塚勉、鬼頭明雄、工房親
風景写真と風景画の企画展第二弾。大塚さんが写真で、鬼頭さんが絵画。大塚勉という名前はここで実際に作品を見ても気付かなかったがこれまでに二度ほど展示を見ている。これこれ。印画紙を汚染された水につけるなど実験的な手法を行ってきた人だ。今回は災害で出た土石を集めた浦安の風景を撮影している。鬼頭さんの絵画は写真撮影された風景の輪郭をなぞるようにペインティングされている。


この後、日射しが強い中、広尾から渋谷まで渋谷川を橋ごとに順番に撮影する。カメラは最近持ち歩いているCONTAX G2 + Biogon21mm。ホントはハッセルのSWCで撮ろうと思っていた。しかし、今年になってから渋谷開発の一環で、渋谷川が暗渠から出てくるあたりに大きなビルの建設が始まり、これまで見てきた景色が一変して落胆していた。畠山さんが撮影した渋谷川はもう見られない。今回はやや思いつきに近く、実際にプリントしてみて再度撮影ということもあり得る。ちなみに渋谷川のどこが気に入っているかというと、徹底した護岸工事でコンクリートのエッジが立っているところだ。畠山さんが視線の高さに設定したところでもある。渋谷川は新宿御苑に発するらしくて、暗渠の下を通りJR渋谷駅、首都高の辺りで外に現れ、広尾から麻布に向かい、芝を通って東京湾にそそぐ。しかし、天現寺付近からは川幅が広くなってしまい興味は薄れてしまう。








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by pprivateeye | 2017-07-25 23:02 | Comments(0)

七夕の日にロッシに遭遇(^^)

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2017年7月7日(金)

・石川公子写真展「常世」、Place M
異世界とのつながりを意識しながらもこちら側に位置する、といった感覚の世界。主にモノクロの風景。展示数がもう少し少なくてもよかったような気もする。

・吉井ただゆき写真展「風のある場所」、RED Photo gallery
モノクロのスナップ。人物をノーファインダーで撮影。お台場と思われるところが多いので、風よりも水かなと思った。

・藤原敦写真展「蝉丸」、蒼穹舎
最初にパッと見たとき、なぜかホッとした。モノクロでやや高めのコントラストが好みに合っているようだ。作者の故郷を撮影したものとのことだが、タイトルがよくわからなかった。キャプションを読むと能の「蝉丸」からきているらしい。

・新山発現写真展「bloomy」、サードディストリクトギャラリー
画面をみっしりとしたいというような、たぶん6×7によるモノクロ作品。DMの枝垂桜が写っている写真は割合静かな印象だが、展示ではもっとドロッとしたものが感じられた。

・上田和寛写真展「Tokyo Sketch」、epSITE
作者は、東京は開発のためつぎはぎだらけでヨーロッパのような統一感がないと嘆いているが、その東京をスナップした作品はおしゃれでヨーロッパの雰囲気たっぷりだ。ほとんど開放での使用だろうか、ピントの合っている箇所が狭く、遠景のボケが大きかった。使用レンズを尋ねてみたところノクチルックス、ズミルックス、ズミクロンというある意味決まった返事だった。













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by pprivateeye | 2017-07-23 20:00 | Comments(0)

気が付けばビッグネームばかり4人。

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2017年6月30日(金)

・田原桂一展「Les Sens」、ポーラ ミュージアム アネックス
田原さんの作品がまとまって見られると思っていたので少々肩すかしだった。光りに強い関心を持っているということは以前から耳にしていたが、アクリル(?)の柱に電気を通して光らせた作品もほとんど興味を覚えなかった。

・荒木経惟×ギメ東洋美術館「東京墓情」、CHANEL NEXUS HALL
荒木さんの作品は額装なしでまとめて展示されていることが多い。先日のタカ・イシイギャラリーP/Fでもそうだった。しかしここでは個々の写真が丁寧にフレームに入れられている。それらを見ると一点一点に力があり、かつ悲しみを感じさせるものとなっている。カラーよりもモノクロの作品がよかった。リシャール・コラス シャネル(株)社長の挨拶文はしっかりと本質を捉えていると思った。「ARAKI 絶望のおかしみ 遺言とも似た「東京墓情」と題する荒木の作品には哀傷が刻まれているが、写真に潜む力が悲観に暮れそうになる気持ちを凌駕する。ユーモアが世の中とその惨禍をも救うことを決して忘れない道化師のごとく、荒木は絶望に皮肉を盛り込む術を知っている。絶望を絶対視することなく、おかしみと軽妙に豹変させてみせる。これこそが荒木だ。」

・森山大道展「Pretty Woman」、AKIO NAGASAWA Gallery
壁一面に新作のプリントがきれいに貼られていた。同じイメージが何度も出てきて、なんだかなぁと思った。繰り返すことによる効果を考えたものではなかった。同じ写真だが写真集で見ると全然違って見えて、いい。森山さん自身が鏡に映っている写真を一瞬、遺影かと空見してしまう(汗)

・ハービー・山口写真展「That's PUNK」、BOOK MARC
ロンドン時代の作品。音楽的にはパンク・ムーブメントを同時代に経験していないので、有名なアーティストを見ても特別な感慨はない。いろんなところで発表された作品が多かった。





  



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by pprivateeye | 2017-07-19 09:47 | Comments(0)

曇りの日のヒマワリ

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2017年6月28日(水)

・飯田鉄写真展「街の記憶術」、Roonee247 fine arts Room1
90年代築地が変わっていくのを記録に留めたいとの思いから撮影。コントラストの高めの街並みが90年よりももっと昔の風景に見えてくる。いつか本の中で見た風景が重なるようだ。

・「西口スピンオフ展 2017~小さなフォーマットの巻」、Roonee247 fine arts Room2
ハーフサイズや120フィルムにこだわった写真。フォーマットが小さいからといって見せ方も小さくするよりも大伸ばしにしたほうが面白いと思った。オリンパスペンで撮られた市川駅前の作品がよかった。

・降旗良房写真展「surface ⇔ undercurrent」、Art Gallery M84
水が描き出す抽象、スローシャッターによる街、etc. 写真は現実と虚構を行き来できるものだと思う。ただ、カラーで抽象となるとどうしても色に引きずられてしまうので、そこに形が欲しくなってしまう。その意味では階段の奥に白い少女が立っているモノクロの作品は現実を撮りながらも虚構の世界への扉が開いているようだった。

・永嶋勝美写真展「chute de neige」、gallery E・M 西麻布
35mmフィルムの一コマだけをプリントするのではなく、左右のコマも少し入れてプリントされている。作者が言うようにそれぞれのコマの間に時間の開くものもあれば連続するものもある。上手な写真ということもあっておしゃれな印象だった。

・Workshop 2B写真展「Return」、Gallery Le Deco
 3F 53、54期
 4F 美術史ゼミ
ワークショップの修了展。3Fは初のグループ展の人が多いようだが全体にレベルが高った。気にいったのは物置の題材に自由にペイントしたものを撮影した作品だ。ミロやクレーの絵画を連想させた。聞けば美術の先生とのことで、もともとの素養が違うわけだ。4Fは体系的に学んだ美術史を踏まえての作品。バナナが秀逸だった。現代アートの世界からすればそれほど特殊ではないのかもしれないが、思っていたほどバナナが萎びていかなかったという作者の言葉や状況の説明も含めての作品だと捉えると楽しい。パーティでは懐かしい顔がいっぱいでよかった。









 


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by pprivateeye | 2017-07-17 20:46 | Comments(0)

東京大学で公開講座

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2017年6月24日(土)

東京大学文学部公開講座 第8回「ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフ ーロシア文学の鬱蒼たる森を探索するー」に出席した。会場は東京大学文学部1蛮大教室。講師は東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授、沼野充義氏。このひとの名前はSFファンならよく知っていると思う。スタニスワフ・レムの作品をほとんど訳している。
大作家三人を1時間半に満たない時間で語るのだからどこか一点共通なところに焦点を当てるしかない。ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』を取り上げていた。神の存在、にもかかわらずなぜ児童は虐待されるか。その子供というテーマをチェーホフは確実に受け継いでいる。チェーホフ自身不幸な幼年時代を送っている。彼の短編「かわいい」をトルストイは激賞したが、まったく正反対の評価も受けている。そのトルストイの『アンナ・カレーニナ』はプーシキン『エヴゲニー・オネーギン』のヒロインの進化したもので、さらにチェーホフ「小犬を連れた奥さん」は『アンナ・カレーニナ』の続編かもしれず、終わりで何かが始まろうとしている。そして、ナボコフ「フィアルタの春」は、それらを引き継ぎながらも唐突に閉じられるヒロインの運命を描いている。
個々の作品や作家は単独で突然現れるのではなく、先行する作家や作品を確実に肥やしにしている、というこういった話を聴くのは楽しいし豊かな気持ちになる。さらにそれらの作品を読んでみたくなる。






  




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by pprivateeye | 2017-07-11 02:47 | Comments(0)

作者のコメントに惹かれる。

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2017年6月23日(金)

・渡邉博史写真展「顔、顔、顔、」、ギャラリー冬青
タイトルどおり能面や人形、実際の人間の顔が特に区分もなく展示されていた。そのせいだろうか、精神病院の患者のポートレート『私は毎日、天使を見ている』あるいはメイド人形を撮った『ラブ・ポイント』よりも緊張感が低く印象が散漫な感じがした。渡邉さんのキャプションの最後は写真を撮る人へのメッセージのようだ。「絵画は一点で作品として完結されているものが殆どだと思う。それに比べて、写真家の場合は、同じテーマで何枚ものイメージを作り、その複数のイメージをシリーズという一つのまとまった集合作品として完結し、それを写真展や写真集として発表することが多い。そこでは一枚一枚の写真の重みもさることながら、集合体としての全体の重さも大事だ。だから写真家は、昆虫採集に夢中な子供のように、常にしつこいコレクターであり続けるべきだと最近思う。」

・CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017「Self-Scape Part1 風景画ー風景写真」西山功一、山神悦子、工房親
西山さんは同時期にMUSEE Fでも展示しており、こちらはいわるゆる普通の写真作品。影に関心があるように見えるが光りを直接捉えたいのかなと思った。
山神さんは抽象的な絵画作品。鉱物がテーマのようでそれぞれに石の名前がついていた。ブックを見て、ここでも作者のコメントに惹かれた。「私の絵は小さなモチーフ、つまり1つの筆触から始まる。その時に頭にあるのは最終的に使いたいと思う漠然とした色彩だけである。1つの筆触が次々と変化しつつ移動を繰り返して大きく迂回しながら最終的な色彩に近づくのだが、時には近似値のような絵になって終わることもある。というより今まで私が描いた絵はみな多かれ少なかれ近似値のように見える。」この言葉からも絵画は写真と異なった身体性を持っているということがわかる。そしていつも近似値ということは決して完成あるいは満足しているわけではないことが伺える。

・谷雄治写真展「SAGAMI 3号」、市兵衛町画廊
展示の最終日で作者の誕生日ということ、会場がバーの一部ということもあって、じっくりと作品を見ることができなかった。作品は小さなサイズでまとめられていたが、これまでの作者の写真では大きなサイズものがよかったのでどうなんだろうと思った。来場者が多いので早々に退散することにした。







  




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by pprivateeye | 2017-07-11 02:16 | Comments(0)