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帰省してました。


2017年6月16日(金)
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2017年6月17日(土)
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集でミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』を読む。
ル・マン24時間レース、スタートから1時間ほど見る。


2017年6月18日(日)
父親に言われて網戸を出す。
ル・マン24時間レース、総合優勝はポルシェ2号車。トップカテゴリーよりも下のクラスのほうが力が接近していて面白かった。GTE Proクラスではアストンマーチンとコルベットが24時間走って最終周までテール・トゥ・ノーズの戦いだった。それに比べてトップカテゴリーはエントリーがたったの5台で、夜が明けたら3台がリタイアしていた。


2017年6月19日(月)
ずっとCATVでAXNミステリーを観る。ミス・マープル、フロスト警部、ダウントンアビー、マッテオ神父。


2017年6月20日(火)
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ありゃ、2枚目から下は全部iPhoneでお手軽撮影だ。





  











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by pprivateeye | 2017-06-21 03:52 | Comments(0)

表参道はいつも人がいっぱい。

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2017年6月14日(水)

・西山功一展「光があなたの影を映しだすように」、MUSEE F
写真ではなくスライドの展示。そこに映し出されるのはそのギャラリーの壁を写したもの。白い壁に白い写真が映写されるので壁や床のつなぎ目、隅のライトや電源くらいしか見えない。ときどき写真が展示されているときの壁が映るがその写真そのものははっきりと分からない。作者は「空白やニュートラルという理想の中で、その場に留まり続けたいといつも願う。」と書いている。同じ複数の現実が入れ子状態になった作品。

・「エフェメラル フォトグラフィー/写真の観照性」展、多和田有希・大竹淳人、表参道画廊
多和田有希さんの作品はプリントした写真を刃物などで削ったりしたもの。いろいろな写真でそれぞれ違ったキズのつけ方をしているが、床に置かれた大きな作品が一番気になった。東日本大震災後、恐ろしく感じるようになったという海の写真だが、そこには電気ペンで無数の小さな穴が開けられている。しわくちゃにされたことと相まってかなりグロテスクな印象を与えている。
大竹淳人さんの作品は一言で言えば暗箱(ピンホールボックス)の中を撮影したもの。リンゴや大きな木の葉に暗箱の外の景色が映し出されている。作品をさっと見ると黒バックに模様のついたオブジェがあるだけなのだが、よく考えるとどうやって撮影したのだろうかと思う。言ってみればレンズを通して入った光りがカメラの中で映像を結んでいる状態を撮影していることと同じなのだ。これはテントを暗箱にしてピンホールカメラとし、そこにカメラをセットして撮影したとのこと。外界と写されたものの関係性という意味で上記の西山さんの作品に通ずるものがあるように思えた。

・姜美善(Gang Misun)写真展「night knot」、TOTEM POLE PHOTO GALLERY
タイトルのknotは結び目ではなく船の速さを表わすノット。カラーで夜の風景。作者のスピードで夜の闇の中をさまよう、という感覚らしい。撮影された夜は実際よりも暗くなっている。

・宛超凡(Wan Chaofan)写真展「沿線―西武新宿線・拝島線」、Place M
タイトルには具体的な名前が付いているが都市近郊ならどこであっても変わりはない風景だ。モノクロの作品でかなり粒子が目につくが、全体としてのコントラストは低めだ。そのため現代ではなく、昔もしくは夢の中のようにも思える。

・三吉和寿写真展「Take me somewhere nice」、RED Photo gallery
大きくプリントされた茶色い風景はどこか旧共産圏国のようでもあり、タルコフスキーの映画に出てくる場面でもあるように思えた。風が強いのかポリ袋のようなものが舞っていたりする木立か川辺のようなところの写真が不思議な感じで気になった。他には、都市部の上空をやはりゴミが舞い、鳥が飛んでいるのを屋上にいる人たちが見上げている写真も印象的だった。






  




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by pprivateeye | 2017-06-16 01:50 | Comments(0)

六本木

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2017年6月10日(土)

・荒木経惟展「写狂老人A 17.5.25で77齢 後期高齢写」、タカ・イシイギャラリーP/F
カラーとモノクロ、両方の作品。相変わらず点数は多い。カラー116点、モノクロ720点。数は多いのだが写真の内容は意外と少ない。花、おもちゃの人形など小道具、女性のヌード、車の中からの街などがメイン。セレクトもしているのだろうが、撮るのもそういったものが多いのだと想像する。ライカM7には荒木さんの名前が刻印されていた。印象に残ったのは昨年亡くなったツァイスの石原悦郎さんの写真が2点あったこと。ひとつは石原さんについて書かれた本といっしょに壁に立てかけられており、もうひとつは荒木さんが石原さんと桑原甲子雄さんを撮った写真でツァイトでの展示のもの。

・加納典明写真展「絶夜」、ZEN FOTO GALLERY
20年前に撮影したモデルの写真と、今回同じモデルを新たに撮影した作品。加納さんには強烈な個性を持ったガンガン行く写真家というイメージを持っていたが、20年前の作品には優しさが漂っていた。新しい作品ではモデル自身が力強くなっており、加納さんはモデルに触発される写真家なのかなと見ながら思っていた。

・ルイジ・ギッリ展「Works from the 1970s」、タカ・イシイギャラリー東京
小ぶりのカラー作品。同じように街中を撮っているのだが、前日に見たソール・ライターよりも写真家の作品だという印象を受けた。看板とかポスターなど複製物を撮影し再度複製することは厚みのない現実、というものを作り上げている。同じ眼差しであってもそこに作家としての主張があるようだ。以前に読んだルイジ・ギッリの著作『写真講義』をまた読み直したくなった。


最近はBookoffで本を買うことがほとんどだった。読みたい本、買いたい本がいっぱいあるので新刊だときりがないので、それに多少なりとも歯止めをかける意味もあった。しかし、今日は青山ブックセンター六本木店でケン・リュウ『母の記憶に』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)、ヴォネガット『国のない男』(中公文庫)、ユリイカ臨時増刊号「総特集 大岡信の世界」を買った。ケン・リュウは『紙の動物園』に続いて2冊目。この人の作品はSFだが、じっくりと丁寧に読みたいと思っている。このヴォネガットはBookoffにはなかなか並びそうにない。というわけで本の山は高くなるばかり。

 



おまけ
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by pprivateeye | 2017-06-14 23:44 | Comments(0)

「ソール・ライター展」、他

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2017年6月9日(金)

・「ニューヨークが生んだ伝説 ソール・ライター展」、Bunkamuraザ・ミュージアム
周りの評判はいいようだが、自分としてはウ~ンという感じだった。昨年1月に公開された映画ではなかなか頑固そうでカメラ好きの親父だなという印象だったが、今回の展示を見た限りではもっと繊細なものを感じた。作品一覧表の余白には、静か、寂しい、淡泊、という言葉をメモしていた。写真は強く何かを訴えかけるというものではなく、デザイン的に切り取られたように見える。絵画も展示されていたが写真とよく似ていた。少し生気を感じたのはヌード作品だが、それでも他の作家に比べるとおとなしかった。一番気に入ったのは「歩道」と題された作品で、帽子を被った男性が道に立っているのだが逆光でほとんど細かなところは見えない。これには力強さを感じた。図録にも見開き断ち落としで掲載されている。

・由良環写真展「重力の辺」、表参道画廊
羽田沖の海辺を4×5で撮影。モノクロ作品。よく見るとピントが合っているのはほとんど中央付近だけだった。そのせいだろうか、作者が言うところの都市の気の吹き溜まりという言葉にあまり違和感は感じなかった。ただ、構図的に見たとき海と陸の境の線が目につき、変に気になった。

・洸野新写真展「呼吸」、MUSEE F
こちらはカラーで埋立地の木々を撮影。本来生えていないはずの場所に植えられた木にシンパシーを感じているといったニュアンスのキャプションだった。

表参道画廊では写真家の飯田鉄さんといっしょになり、また写真展の案内を戴く。先にギャラリーを出て写真を撮っているところを見られる。一目で21mmですかと見抜かれ、今度これを買っちゃいましたよとライカM10をバックから取り出された。軍艦部にパーマセルが貼ってあるので尋ねると、ストロボを付けたとき傷がつくのがまだイヤですから、との返事。カメラの話をするときはニコニコだった。



  




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by pprivateeye | 2017-06-14 03:01 | Comments(0)

早稲田松竹でGodard

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2017年6月6日(火)

早稲田松竹でジャン=リュック・ゴダール監督の「はなればなれに」(1964)と「女は女である」(1961)を観る。前者は二回目かな。どちらも二人の男性が一人の女性を巡る話で、主演女優はともにアンナ・カリーナ。二作品ともどこか喜劇的な要素が含まれている。
「はなればなれに」ではアンナ・カリーナが自転車に乗っているところを俯瞰で捉えたシーンがいい。彼女は曲がり角に来る度に手を出して曲がる方向を合図している。一番面白いのはカフェでのシーンだな。席についているときに誰かが用事で立つと並びを変えたり、突然ダンスを始めたりする。上のポスターがそのシーン。
「女は女である」のジャン=ポール・ベルモンドが意外とヤサ男だった。アンナ・カリーナはジャン=クロード・ブリアリといっしょに住んでいるのだが、ケンカをして口をきかずに本の題名を示すことで言いたいことを言ったり、ベッドに入る度に足裏の埃を払うシーンなどは何度か現われて面白かった。バーのカウンターで後ろ姿の女性が振り向くとそれがジャンヌ・モローで、ベルモンドが「ジュールとジムはどうしたんだ?」と言う場面では思わずニコッとしてしまった。「ジュールとジム」はフランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」の原題で、やはり男性二人と女性一人の話。ジャンヌ・モローがその女性だ。こういった楽屋落ち的な話が他にもいくつかあって愉快愉快。
ちなみにトリュフォーの作品では「突然炎のごとく」が一番好きで、ジャンヌ・モローがお気に入り。以前にも書いたりしているが、彼女にスタンダールの小説「パルムの僧院」に出てくるサンゼヴェリナ公爵夫人を演じてもらいたかった。何度も読んだ「パルムの僧院」では、青二才の主人公ファブリス・デル・ドンゴなんかよりもサンセヴェリナ公爵夫人のほうが断然いい。





  



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by pprivateeye | 2017-06-12 21:01 | 映画 | Comments(0)

このあと大雨に降られました。

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2017年6月5日(月)

・白石ちえこ写真展「鹿渡り」、ART SPACE 繭
偶然、凍った湖を渡る鹿の行列を見てから道東に通うようになったとのこと。冬の季節は曇りがちな空に加えて平野が雪で白くなっているために不思議な光線状態らしい。モノクロで和紙っぽいペーパーがその状況にうまく合っている。鹿を追いながら動物写真になっておらず、どこか違う世界を見ているようだ。

・百々俊二写真展「日本海」、銀座ニコンサロン
まず驚かされるのは展示されている写真が三脚を据えて8×10で撮られたものであるということ。点数も多い。そのフットワーク感は35mm一眼レフで撮られたかのようだ。列車内から外を撮ったものもある。しかし作者は写真集のあとがきにこんなふうに記している。「ファインダーをのぞくと、そっくり逆立ちした、もうひとつの現場に対面するとき、見られるのを待っていたかのように開かれていて、私が送る視線と触れ合い視線を押し返し、引き込む往復運動が成立する。見ることで目が思考することになる。見つづけるうちに、ふつふつとことばが発酵しはじめる。ピントグラスの大きさと、それを三脚で固定する不便さが重要なのだ。プリントのシャープネスやアオリの装置も二次的産物だ。フィルム現像を経てモノクロームプリントの濃淡、光の明暗までも想像しながらファインダーを見ている。」十分に考え、判断されてからシャッターが切られているのだ。

・多々良栄里写真展「瞳の奥」、ギャラリー蒼穹舎
日常のモノクロスナップ。8×10の緻密な写真を見た後のせいか、35mmの粒子の粗さやピントが気になった。

・西岡広聡写真展「Watchman」、Place M
夜の街をモノクロで撮影。夜=闇ではなく、街灯に照らされた、昼間とは異なった光線が建物をフラットにしている。人影もなく、かといってモノが浮かび上がるというわけでもなく、どこか作り物めいた世界が見られた。プリントもきれいだったが、タイトルとかキャプションが自分の受けた印象からすると軽いと思えたのが残念。

・市川哲男「Zipangu Ⅱ」、Place Mミニギャラリー
路上スナップ。モノクロ。たぶん多くはノーファインダーの撮影だと思えるが、そのためほとんど水平は出ておらず、見るというよりも通り過ぎるという感じを受けた。

・北島敬三「UNTITLED RECORDS Vol.11」展、photographers' gallery
引き続き東北大地震の被災地と、街の中心から少し外れた特徴のない建物と場所を撮影した作品。できるだけ写真に写っているものだけからすると、被災地よりも特徴のない建物の写真のほうが気になる。瓦礫が現代アートの作品に見えなくもないのに対して、建物は伝えるものがないという無意味さがジワリときて恐ろしくなるときもある。


ギャラリーの後、Y's Roadでロードバイクや備品を眺めてため息をつき、新宿三丁目付近の路地でビル裏の寂れ具合を鑑賞していたら、急に雨が降ってきた。地下道に逃れて天気予報図を見ると、川崎方面から新宿、練馬にかけて細く真っ赤になっている。何だいこれは、というくらいピンポイントで豪雨だった。






   




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by pprivateeye | 2017-06-12 00:50 | Comments(0)