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展示に刺激されて1本撮影。

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2016年11月16日(水)

・「ロバート・フランク:ブックス アンド フィルムズ、1947-2016 東京」、東京藝術大学大学美術館 陳列館
ドイツのシュタイデル社が関係しているように、写真集が中心の展示だった。実物の写真集と、その構成、制作過程を見せるというもの。ロバート・フランクの撮影した映像もあったが、こういう場所で動画を観るのは苦手なのでほとんどチラ見程度だった。写真集では「Looking in」と「Come Again!」が欲しいと思った。前者はベタ焼きが多く載っている。後者はポラロイドを複数枚貼り合せたもので、写真集もそれを再現するような作りになっている。写真は見慣れているせいか「The American」のものがよかった。他ではロンドンとCome Again!だな。

・久保田博二写真展「Life in Photography」、ライカプロフェッショナルストア東京
ここは店の名前を変えたのかな。1960~70年代に撮影されたモノクロ、世界各地の都市の人々。こんな時期にピョンヤンやレバノンでも撮っている。上海のデパートでの買い物シーンは宝飾品に憧れる女性の表情がいい。使用したカメラやレンズも展示。M6で135mmなんてピントを合わせるのも大変だ。その中で一番愛着のあるのが使い込まれたストラップとのこと。

・舞山秀一写真展「die Stadt von engels」、ライカプロフェッショナルストア東京
きれいなデジタル・モノクロ・プリント。イメージの中でときどきハッとするような箇所があるのだが、全体として見るとサイズが大きすぎるような気もした。ギャラリーE・Mでの展示のように小さくても数を見たいと思った。

・石田研二写真展「赤外線撮影の世界Ⅴ」、EIZOガレリア銀座
赤外線撮影の効果がよく出るということで晴れた日の青空と雲が中心。前景が東京タワーやゴミ焼却炉の塔ばかりなので、写真的にあまり面白くなかった。




  
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by pprivateeye | 2016-11-17 02:51 | Comments(0)

「美は一瞬を争うんです」

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2016年11月14日(月)

最近読んだ写真関係の本。どちらも充実した内容だった。
そこからTwitterに引用した箇所を再掲。

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田中長徳『屋根裏プラハ』
風景にこそ決定的瞬間があり、そしてむしろ人物撮影より「風景に意識させずにその行動を撮影する」ほうが困難なのだ。その意味で、プラハの街そのものを隠し撮りするのはなかなか大変なのだけど、その結果が良かった時には成功の喜びも大きい。

あたしは「写真教育不可能論者」でもある。写真は教わって理解できるものではない。学べるのはその方法だけである。その先は誰も教えてくれない。写真展という見せ方にもあたしは否定的である。理想の写真展とは、無名の写真家が亡くなって、どこかの街に埋もれていた膨大なの堆積を後年になって誰かが発見し、それが展示されること。どうもそういう方法に写真展の理想的本質があるように思う。


粟生田弓『写真をアートにした男』
「・・・被写体はなんでもないなんてことはない。そういうのは素人。なんでも特殊なものだって、やっとわかったんですよ」

「核心は写真家個々の知的な問題意識が独創的形式でしっかり表現されているか否かということにつきます。・・そしてこのことは現代作家の選定に関してはより以上に厳格に適用されます。彼等は過去の作家のパターン化された表現様式を超えるべき宿命を持っていますし、とにかく現代に於いて作品の制作に挑戦する人々なのですから」

それは写真家にとって厳しい時代のはじまりを意味していた。「どうして?」に対する明確かつ説得力ある答えが「なんとなく」では通用しなくなる。写真家はつねに誰に対しても説明を用意しておく必要があるからだ。すなわちそれが「コンセプト」と呼ばれるものである。現代美術としての写真には曖昧さがあまり残されていないのである。

「畠山君の偉大性というのは、つまらないものを延々と撮り続けられることと、言葉がうまいということ。写真家の中で唯一といっていいほど。もし10点満点なら彼が8.5点、あとは4か5点といったところだよ」

「異体というのは形式を超えて同じような感動を与えてくれるんですよ。美術館で見ることに慣れてくると、知的な概念から入るようになる。でも、そういうことをやっていると遅れちゃうんですよ。美は一瞬を争うんです」





  
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by pprivateeye | 2016-11-15 00:54 | Comments(0)

メモ

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2016年11月13日(日)

シネマヴェーラ渋谷で「無防備都市」と「ウンベルトD」を観る。ネオリアリスモ特集


「無防備都市」、1945年、イタリア、103分、モノクロ
原題:Roma, Citta, Aperta
監督:ロベルト・ロッセリーニ
出演:アルド・ファウリーツィ、アンナ・マニーニャ、マルチェロ・パリエーロ

「ウンベルトD」、1952年、イタリア、89分、モノクロ
原題:Umberto D
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
出演:カルロ・バティスティ、マリア・ビア・カジリオ、リナ・ジェナリ





  
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by pprivateeye | 2016-11-14 01:59 | 映画 | Comments(0)

アップルな人たち@表参道

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2016年11月12日(土)

・「東京狂詩曲 ―Tokyo Rhapsody― 写真展」、皆川はじめ、本多亨光、カトウタケシ、森大吾、
 GALLERY niw
・「リフレクション写真展 2016」、寺崎珠真、丸山慶子、若山忠毅、Director 湊雅博、
 表参道画廊+MUSEE F
・服部一人写真展「窓の向こうに」、GALLERY STORKS
・舞山秀一写真展「Progress」、gallery E・M 西麻布
・西村多美子写真展「舞人木花咲耶姫」、ZEN FOTO GALLERY







  
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by pprivateeye | 2016-11-14 00:59 | Comments(0)

銀座通り

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2016年11月8日(火)

銀座通りはすっかり高級ブランドに占領されてしまった感がある。そんな中でカルティエのビルがひときわ目に着いた。茶色を基調としたデザインはNYを思わせるものがあり、いい感じだ。ジャガーが停まっていたのでそのエンブレムを入れながらカルティエのビルを撮影していたら、向こう側にロールスロイスが信号待ちで停車した。一気にジャガーが貧弱に見えてしまった。何という世界だ。もう銀座は一般庶民が歩くのは恥ずかしくなりそうだ。ちなみにこの写真、ピントが合ってません、悪しからず。


・友人が集う―石原悦郎追悼展「Le bal Part2 scherzo」、ZEIT-FOTO SALON
気が付いたら畠山直哉さんが展示を見ていた。難しい顔。話しかけるのが憚れた。ニコンの長町さんの作品を初めて見た。望遠を使った路上スナップ。荒木経惟の作品は石原邸でのスナップで、荒木陽子、桑原甲子雄、石原夫妻の4人が写っているのだが、見ていてハッと気が付いた。この4人はもう存命していない。一番気になったのは金村さんの作品、Chinese Rockから。

・泉大悟写真展「UNDERCURRENT」、銀座月光荘 画室3
きれいなモノクロプリントだ。前回から抽象度が増したように思えるのは気のせいか。入口からやや抽象的なイメージが続き、その壁の最後あたりでクッキリしたイメージが来るのは前回に似ている。白岡さんに似た雰囲気のものが多い。写真の並びとか、どんなときにシャッターを切るのかとか、写真集にすることなどについて話す。印象に残っているのは入口の一番最初の作品。壁のテクスチャがマット系の印画紙のようにも見えて不思議な感覚だ。




  
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by pprivateeye | 2016-11-13 00:19 | Comments(0)

「木靴の樹」、「聖なる酔っぱらいの伝説」

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2016年11月6日(日)

早稲田松竹で「木靴の樹」と「聖なる酔っぱらいの伝説」を観る。エルマンノ・オルミ監督特集。

「木靴の樹」、1978年、イタリア
20世紀初めの農民の貧困生活が描かれている。オープニングの場面、神父が教会で農民夫婦に息子を学校に通わせるように話す。父親は反対したものの、渋々受け入れたようで、夫婦は自分の家まで歩いて帰る。その道程は意外と長く、道は泥でぬかるみ、馬車のわだちがついている。家の中に入って父親が再び、息子が学校に行くなんてとつぶやく。教会から家に帰っても母親は一言も口をきいていない。これだけで映画全体を象徴しているようだ。映画のストーリーは特別なことは何もない。農民の貧しい生活の日々が描かれるだけだ。
一番動きのあった場面は馬の蹄のところに金貨を隠していたのにそれがなくなってしまい馬に八つ当たりしたら、馬が怒って部屋の中まで追いかけてくるシーンだ。
タイトルは、息子の木靴が割れたので道沿いの樹をこっそりと切って新たに木靴をつくるところからきている。それが後日、地主にわかってしまい、その一家は住んでいる家(地主所有の集合住宅で4家族が住んでいる)を追われてしまう。このシーンも淡々と描かれている。農民は地主に絶対服従で、不条理といってもいいような状況だ。周りの家族も窓越しに眺めるだけで何一つ声を発していない。

「聖なる酔っぱらいの伝説」、1988年、イタリア
まず都市がよくわからなかった。ブーローニュの森へ行くシーンがあるのでパリだったんだとわかる。しかし、他は一切推測するようなものがないので、どこかわからない都市ということ自体が映画を夢の中のような幻想的なものに思わせてしまう。
主人公アンドレアスがワインを飲み続けているのを見て、自分も飲みたくなってくる。彼は宿無しだが自尊心はあるものの欲はない酔っぱらいだ。映画は説明がないのがいい。視線(カメラ)の動きだけで語っている。言葉はその場の会話だけ。両親と別れた場面の回想は何度も出てくるが、そこでも言葉は一切ない。また、主人公がつらいとか苦しいとかいった表情を浮かべないのもいい。時間が経つほど沁みてくる映画だ。ヨゼフ・ロートの原作が読みたくなった。





  
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by pprivateeye | 2016-11-12 08:59 | 映画 | Comments(0)

御茶ノ水~新宿~中野、今日の展示は充実していた。

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2016年11月4日(土)

・田中長徳写真展「PRAHA CHOTOKU 1985・2016」、gallery bauhaus
再訪。前回は1FとB1の作品が同じだと書いたが、かなり違っていた。1985年はコントラストが高く、キリッとしている。2016年はイメージそのものがやや曖昧で描写も緩やかだ。それはカメラやレンズに由来するようだが、同じような感想を持つ人がいるようでそのことをチョートクさんがご自身の日記に書いている。シャドーの部分が真っ黒になっている1985年のものを見て、ああこんなに黒くてもいいんだとという気持ちになる。

・筑紫仁子写真展「May,1976」、新宿ニコンサロン juna21
会場に着くなり築地仁という写真家をご存知ですかと尋ねてしまった。彼女は築地さんのことは知らなかったが、よく筑紫哲也さんの親族の方ですかと聞かれると言ってお互い爆笑した。写真は戦前からのある軍需関連会社の建物内部を撮影したもの。もちろんすでに使用されておらず、改装直前に撮られたものだ。キャプションも含めて一切のテキストによる情報はなし。写真の中にも手がかりになるようなものは写っていない。これは「写真」だなと思った。余計な説明がなく、事実をそのまま見せている。ただし、記録写真ではなく、そこに作者の視線が表れている。その視線も批評を含んでいない。だから「写真」だと思った。

・岡田将写真展「砂の顔」、新宿ニコンサロン juna21
砂粒の顕微鏡写真と、その風景を組み合わせて展示。ただ、場所的な情報は関係がないようだ。まず、風景がきちんと、しっかりと撮られているのがすごいと思った。作者も構図などには注意を払っているとのこと。想像以上にバリエーションに富んだ砂粒一つ一つを人間になぞらえるような考え方をしている。違いはあってもすべてがone of themといったこと。顕微鏡写真は大きく拡大し、風景はやや小さく二段にして交互に並べるという展示の構成もよかった。

・山下恒夫写真展「日々Ⅲ」、epSITE
デジタル出力による展示は初めてとのこと。日々のスナップだが、イメージや色味など全体に高いレベルでまとまっていて違和感がない。キャプションに、日々撮影とプリントを繰り返しそれが箱いっぱいになったら展示をする、ということが書かれていて、カッコいいなと思った。多摩川での花火大会でのスナップで中央の浴衣を着た女性だけが妙に目が付くので何か操作のようなことをしているのか尋ねたら、「いや、何も。昨日、宮嶋も同じことを言っていたなあ。ライティングか何かしているのかと」、という返事を聞いて内心少しガッツポーズのような気になったw

・村越としや写真展「雷鳴が陽炎を断つ」、ギャラリー冬青
スクエアのモノクロ作品。これまで作製してきた真四角な小ぶりの写真集のシリーズの4冊目。柔らかい感じの黒といっていいような濃いグレーのプリント。チョートクさんの黒とは異なるが、やはり美しいプリントだ。
「村越としや×渡部さとる」トークショーに出席。写真集のタイトルなどは日本語で先につけて、後から英語だが必ずしも同じ意味ではない。語感とかリズム優先で、これは初期の頃から意識的にやっている。写真の勉強をするのに、写真集の作品を模写した。構図やハイライト、シャドーの位置などの理解が深まる。実家のある地元を撮ることが多いが、「すでに見た」という感覚はない、とのこと。





  
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by pprivateeye | 2016-11-12 07:59 | Comments(0)

「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS WEEK The Touring Years」

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2016年11月1日(火)

ヒューマントラストシネマ有楽町で「ザ・ビートルズ EIGHT DAYS WEEK The Touring Years」を観る。
タイトルにあるようにツアー中心のドキュメンタリー。公演中の歌がきっちり聴こえるのはレコードからのものだろうか。リンゴ・スターのドラムは思っていたよりも激しかった。ちょっとF1のダニエル・リカルドを似ている。ポール・マッカートニーはセバスチャン・ベッテルを連想した。日本公演は右翼が来日を反対するシーンが中心。赤尾敏の演説シーンがチラッと映っていた。いろいろ言われたりしていたがマネージャーとしてのブライアン・エプスタイン、プロデューサーとしてのジョージ・マーティンの功績はすごく大きかったようだ。最後にオマケで1965年8月15日、米国NYのシェア・スタジアムでもライブが30分に編集されている。ジョージ・ハリソンがソロを取っているのにカメラは別のところに向いている。60年代の音楽映像の中でも最高の技術で撮影されたらしいが、このころはまだギターソロに耳を傾けるということがほとんどなかったことを思わせる。


・阿部祐己写真展「霧のあと」、銀座ニコンサロン
霧ヶ峰の、人の手の入った自然を撮影。山焼き、神事、取り残された建築物など。最初、山焼きの場面の写真は他と違うなあと思いながら見ていた。しかし、自然と人とのせめぎあい、その象徴として山焼きだなと思い至った。タイトルからロマンティックなものを連想するが、霧は何も見えなくしてしまうもののそれが晴れた後に残るものは果たして何か、といった長い時間のスパンが背景にあるようだ。
フォトセミナーに出席。「阿部祐己×小原真史」。小原さんは「カメラになった男―写真家中平卓馬」を撮った監督だ。静かな口調だがその意見は結構奥深く、説得力があった。石川直樹の富士山の作品はもっと過去の写真を勉強しろと辛辣だったw





  
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by pprivateeye | 2016-11-12 06:59 | 映画 | Comments(0)

「Hitting the Apex」

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2016年10月29日(土)

ヒューマントラストシネマ渋谷で「ヒッティング・ジ・エイペックス」を観る。
MotoGPの現役トップライダー4人を中心としたドキュメンタリー。といっても彼らの速さを見ることが中心となっている。取り上げられているのは、
 バレンティーノ・ロッシ
 ホルヘ・ロレンソ
 マルク・マルケス
 ダニ・ペドロサ
 ケーシー・ストーナー
 マルコ・シモンチェリ
いずれも若い頃から速かったライダーだが、映画では「若さ=速さ=転倒」という捉え方で映像も転倒シーンが多い。先輩ライダーが
若手は危険だというのは、転倒の多いライダーは周りもそれに引き込む可能性があるからだ。だからみんなトップカテゴリーに上がったときには同じようなことを言われていたし、彼らも後から来たライダーには同じことを言っている。
この6人のうちマルコ・シモンチェリが2011年マレーシアGPのレース中の転倒で亡くなった。転倒したときに後続のバイクに接触したためだ。普通は転倒すればそれまでの勢いでコース外に飛ばされるのだが、このときは不幸にもコース内側に滑ってきてしまった。ヘルメットが脱げてしまうほどの衝撃だった。若手の中でも期待が大きかっただけにその喪失感も大きく、ミサノのサーキットは「ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ」と改名している。
しかし、何と言ってもバレンティーノ・ロッシのすごさには驚く。詳しくはウィキペディアを見てね。イタリアのファンがスポーツバーで彼のレース展開に一喜一憂しながら応援しているシーンが出てくる。ロッシはTVカメラに向かって必ずといっていいほど笑顔で応えることが多いが、それはこんなファンに向けてのお礼でもあるんだなと気付かされた。






  
 
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by pprivateeye | 2016-11-12 05:59 | 映画 | Comments(0)

「七人の侍」

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2016年10月26日

市川コルトンプラザで「七人の侍」を観る。<午前十時の映画祭7> 
これを映画館で観るのはたぶん初めてだ。観終わった後、同じ黒澤明監督の「羅生門」と比べてしまった。「七人の侍」は登場人物も多く、物語もわかりやすい。一方、「羅生門」はほとんど三つのシーンしかなく、人物も限られている。京マチ子の演技で妖しさが満ちている分だけ「羅生門」のほうが好みだ。こんな比較をしてしまうのは同じ出演者が何人も出ているからだ。





  
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by pprivateeye | 2016-11-12 04:20 | Comments(0)