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「山」

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実家のダイニングからはこの山が見える。朝食のときなど「今日は山がよう見える」とか「今日は雲がかかってて雨が降るんかな」「もう山の上は雪が積もっとるよ」などと話している。

この山は三重県と滋賀県の県境にある鈴鹿山脈の北端に位置する藤原岳だ。
山は石灰岩の採掘で大きく削られてる。現在ではそれが山頂付近まで届いているが、自分が小学生の頃はまだ中腹での採掘しか行われておらずハイキングで頂上まで登ることもできた。現在も可能かどうかは不明。熊笹が一面に生い茂っていたという記憶がある。
写真を撮るようになり畠山直哉さんの作品を知ってからはこんな身近にライムワークスの世界があったのかと思った。工場がよく見える近くに行く機会があると写真を撮りたいといつも思う。

また、裏山のちょっと奥に消石灰をつくっているところがあった。いまでは閉鎖されているが、廃墟萌え本のリストにあがっていることもある。小学生の頃はここも遊び場だった。芥川龍之介の小説に「トロッコ」という作品があるが、ここでトロッコに乗って遊んだこともあって、どこまでも走っていく不安を自身の体験に重ねたりした。

この鈴鹿山脈は海が隆起して形成されたものらしく化石がよく発掘されたようだ。遠足に行ったときも先生から話を聞かされ石を割って化石を探したこともある。
ウィキペディアを見ると藤原岳は日本三百名山、花の百名山、新・花の百名山にそれぞれ数えられているようで、そんな素晴らしい山だったのかと思い直しているw

記憶の奥深くに刻み込まれており、帰省する度に自然と目をやる山であるし、形が変わりつつある山だけにいつまでも気になる存在だ。




 
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by pprivateeye | 2015-08-29 02:51 | Self Portrait | Comments(0)

「外かん」

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・東京外環自動車道(とうきょうがいかんじどうしゃどう、TOKYO-GAIKAN EXPRESSWAY)
東京都練馬区から埼玉県三郷市までが現在開通している。千葉県の箇所は工事中で、終点は千葉県市川市。
略称は東京外環道、外環道、東京外環、外環など。
写真を撮った箇所は「高谷JCT(仮称)」で外環と東京湾岸道路を接続するらしい。
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by pprivateeye | 2015-08-24 07:34 | Comments(0)

中華街~山下公園~赤レンガ倉庫~横浜駅

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この写真を撮っていたら、自転車に乗ったおじさんが来て、折りたたみの簡易椅子を広げながら、
「ここで写真撮ってる人は田舎から来た人だよな。どこから来たの?」
「千葉からです」
「バス?」
「電車です」
この後、隣にいたおばさんがシャッターを押してくれとカメラを差し出したら、おじさんが「俺が撮ってやるよ」としゃしゃり出てきた。


8月19日(水)

・阿部直樹写真展「斑な日」、GALLERY PAST RAYS
これまで見てきた作品とは違った印象を持った。記憶にあるのは真昼の陽射しが作る影とその風景、といったものだが、今回の作品はもっとぼんやりしたもので、DMに使われたイメージのように幻想的、あるいは夢の中の出来事という感じだ。だから見始めたときはガラスにビルや人影が写り込んだ新宿(?)などがいいなと思ったが、何度も見ていくうちにモノの輪郭がきちっとしたものよりもカーテン越し(?)の海の船のような作品が気に入ってきた。夢の中の世界と思ってしまったからだろうか、より広い世界に感じられた。


・蔡國強 展「帰去来」、横浜美術館
火薬でカンヴァスに絵を描くという手法だけが目についてしまった。ビデオの中でも作者自身がコントロールされ得ないもの、偶然性ということを話していた。実際に描かれているのは新作の「人生四季」四部作では男女の睦みあいであり、磁器タイルを使った「春夏秋冬」は花そのものと、具象的なものを描いている。で、そこで表現されているもの、精神性のようなものがわかりづらかった。タイトルやそのモノから東洋的(東アジア的?)のようなものはある。決してキリスト像を描いているわけではない。
その意味では2006年と少し前に制作された「壁撞き」がわかりやすかった。99頭のオオカミが透明な壁にぶつかり跳ね返されている。99という数字は完成されていないもの、オオカミは生命の象徴、飛んでいる(宙に浮いている)のはその生命の躍動、透明な壁は障害(乗り越えられないもの)、といったものの象徴だ(と思う)。特に透明な壁についてはテキストに、ベルリンの壁崩壊後の東西ドイツのなかなか乗り越えられないお互いの違いというものが契機となったと書かれていた。それを読んだときは壁に少しヒビが入っていればいいのにと思った。まったく無傷の壁のままならその障害を克服できないままになってしまうが、ヒビが入っていれば壁を壊すことができるといった将来への希望が生まれるのではないか。それだとロマンチックになり過ぎかなあ。
他には「朝顔」がよかった。テラコッタ製の無数の朝顔が天井から一本の木に巻き付きながら降りてきて、先端は床に届かずに浮いている。柔らかい朝顔の花が土(焼き物)で作られている、その土が宙に浮いている、という相反するものが内包されている。だぶんここで重要なのは空中に浮いているということだと思う。上から降りてきているので重力はあるわけだ。しかし、地上には降りてこない。ここにも象徴的な意味を読み取れそうで面白い。
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by pprivateeye | 2015-08-21 09:43 | Comments(0)

「BOSO」もカッコいいと思う。

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8月18日(火)

・Jon Erwin Staeheli 写真展「迷宮/WANDERING」、ギャラリー冬青
作者はスイスの人。モノクロでスクエア、少し35mm。風景や木が形作るものに惹かれているようだ。特に目についたのが中央が向こう側に抜ける、いわゆるトンネルのような構図だ。これはある意味では日の丸構図と同じなので、数が多いとちょっと気になる。木々の枝が絡み合っていたり、霧で視界がボンヤリしていたりする風景はタイトルに合っていると思うが、どちらかと言えばそうでないもののほうが多かったと思う。いいなと思ったのは川原で撮られた35mmの2枚だ。鳥居が見えるので日本だと思う。展示以外のプリントも手に取って見られるように置いてある。裏側にはプリントや日時などのデータが記入してあり興味深い。覆い焼きや焼き込みのデータも書かれている。また、表側の左下には作者の姓が押し印されていた。


・今井宏写真展「Another Planet」、新宿ニコンサロン
以前から少し見せてもらっていた房総半島を撮ったシリーズだ。6×7のカメラで撮られたモノクロ・プリント。大全紙を中心にデジタル出力でさらに大伸しされたものも含めて50点の展示だ。作者の意気込みが表れているともいえるが、ちょっと点数が多いような気がした。構成は四つに分かれているようで、最初がタイトル通りどこのどんな風景かもわからないSFの世界を連想させるような写真。次いで、そういった場所を全体像がわかるようにやや説明的に撮ったもの。三番目が人の気配を感じさせたりしてノスタルジックな連想が働くもの。最後が現在の電力事情をアイロニカルにまとめた風刺作品になっている。好きなのは二番目のものだな。全体を見せているにもかかわらずスケール感がなくなったりして楽しい。最後のものは、銀塩でなくデジタル主力で白の余白のないプリントで固めたほうが内容に即しているように思えた。掲示されたテキストには作品の社会的な意味合いにはまったく触れられていないが、きちんと写真集にまとめるときはそれなりの文章をつければかなり尖がったものになると思われる。それからちょっと残念だったのは会場のライトの色味が悪いものがあり、プリントがまったく違ったものに見えたことだ。


・日本鉄道写真作家協会写真展「夜汽車」、新宿ニコンサロン
プロの写真家によるグループ展。タイトルにあるように郷愁を誘うようなシーンが並んでいる。60点以上あると思うが似たものがないのはさすがだと思う。夜、列車の写真を撮るだけなのにいろんな切り口があって面白い。モノトーンに近い作品はあったがモノクロのものはなかった。一番すごいなと思ったのは夜空を長時間露光で撮った作品だ。星の光跡が二つになっていた。つまり南の空と北の空が同じ画角のなかに収まっているということになる。一体何ミリのレンズを使ったのだろうと思ったが、作家らしき人たちはお話が尽きないようで聞けなかった。
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by pprivateeye | 2015-08-19 00:32 | Comments(0)

6が好き

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8月15日(土)

・中川隆司写真展「Historic Road Route 66」、新宿ニコンサロン
お盆休みでどこのギャラリーがやっているかなとネットで探していたら、この展示が最終日だった。HNが「ろくろく」の者としては見逃す訳にはいかない。もともとHNの由来は6×6フォーマットとRoute66からきているのだから。この道路はシカゴからカリフォルニア州サンタモニカまで全長全長3,755kmと北米大陸を横断していた。しかし、高速道路の整備でこの国道はほとんど使われなくなっており、だから“Historic Road”とのこと。道路沿いのモニュメントや場所を撮影。馬が車に変わっただけで西部劇そのままのような街並みだったりする。映画「バグダット・カフェ」のシーンをなぞるようなカットもあった。映画といえば「バニシング・ポイント」はこのRoute66を猛スピードで走り、最後にブルドーザーに正面衝突して終わるのだった。「俺たちに明日はない」「イージーライダー」と並んで大好きなアメリカン・ニューシネマのひとつだ。


新宿Lタワー28Fの男子トイレは改装されておしゃれになっていた。
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by pprivateeye | 2015-08-18 12:43 | Comments(0)

「ウィークエンド・チャンピオン」と「さよなら、人類」

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8月12日(水)

渋谷のイメージフォーラムで「ウィークエンド・チャンピオン ~モンテカルロ1971~」(2013年)を観る。
整理券番号がNo.1だったw
原題:Weekend Of A Champion
プロデュース:ロマン・ポランスキー
監督:フランク・サイモン
1971年のF1モナコGPでのF1ドライバーのジャッキー・ステュアートを追った映画。取材というよりも友人のポランスーといっしょのところを撮影したという感じで、その意味ではプライベートな印象もある。
いい映画だ。正直で正確なドキュメンター映画といってもいい。F1を知っている者なら全然嘘がないのがわかる。現在の二人の対談のシーンを入れたのもよかった。また、ホテルの朝食を摂りながらコーナリングの仕方について解説しているシーンも、ドライバーの感性によるドライビングの言葉も興味深い。「車は静かに走らせるんだ」(だったかなw)。ニキ・ラウダとジェームズ・ハントのバトルを描いた「RUSH」よりも地味だがリアルだ。もっとも後者は事実に基づく創作だから仕方ないが。
ジャッキー・ステュアートがレースの安全性向上を強く主張したのは有名だ。専属ドクターの配置、テールライト、etc. 当時はバリアもなく車がが走っているすぐ側まで人がいることが驚き。
ミラボー~ヘアピン~ボルティエ~トンネルの箇所は40年前には周りにほとんど建物がなかったようだ。
ジャッキー・ステュアートは三回ワールドチャンピオンを獲得しているが、この1971年が二度目となる。通算では27勝をしている。この勝利数はアラン・プロストが1987年ポルトガルGPで28勝を達成するまでなかなか越えられない数字だった。フジTVのF1中継で今宮純が感慨深げに話していた。
ちなみにこの1971年のF1ドライバーは有名なところをあげると、フェラーリがジャッキー・イクスとクレイ・レガッツォーニ、ティレルがジャッキー・ステュアートとフランソワ・セベール(オーナーの若きケン・ティレルも懐かしい)、ロニー・ピーターソンがマーチ、グラハム・ヒルがブラバム、エマーソン・フィッティパルディがロータス、といったところ。
ところで映画のタイトルはなんとかならないものか。これではまるでアマチュアの週末レーサーの話かとも思えるぞ。でも原題通りなんだよなあ。


恵比寿に移動して、「さよなら、人類」(2014年)をYEBISU GARDEN CINEMAで観る。
実は恵比寿ガーデンプレイスに映画館があるのをこの映画の上映館を探していて初めて知った。こちらはほぼ満席と盛況だ。でも座席が比較的大きめだったので混雑感はなかった。
原題:A Pigeon Sat On A Branch Reflecting On Existence
監督:ロイ・アンダーソン
不思議な映画だ。特にストーリーはなく、細かなシーンをつなげただけで、それぞれに特に関連があるわけではない。サムとヨナタンという、全然冴えないセールスコンビが途中から主役のような立場になるが、物語らしきものは二人がドラキュラの歯とか笑い袋といった面白グッズをセールスするがまったく売れないということくらい。
全体に風刺のようにも見え、不条理のようでもあり、カフカの世界を思い浮かべたが、ではどこが似ているのかと言われると説明できない。映像的にも各シーンが固定カメラで、シーンの中での人物の動きも少ない。いや、ほとんどない。動かないことが不自然さを強めている。
一点だけ具体的な名前が出てきた。戦争相手がロシアで、その戦争に負けてしまう。
全体の色使いとかセットの作りとかなどから、東欧の映画かと思っていたら、監督はスウェーデンの人だった。
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by pprivateeye | 2015-08-14 13:13 | 映画 | Comments(0)

Blue MoonとISSと鰻の日比谷公園の夜

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7月28日(火)

・田中長徳写真展「WIEN 2グラムの光 1973-1980」、gallery bauhaus
二度目。最終日。チョートクさんが在廊。少し話をする、というか聞く。チョートクさんは話好きだからこちらが一言二言しゃべる間にその10倍は返ってくるw リー・フリードランダーの初期のプリントは8×10くらいの小さなものだったとか、ロバート・フランクにしても作品の芸術性とかではなく技術的なことしか話さないといった“アート”な話が楽しかった。今回のウィーンは以前オーストリア大使館で展示されたものよりも好きで、写真集なるといいなとお願いする。

・「EMON AWARD 4 Exhibition」、EMON PHOTO GALLERY
2名のアワード優秀賞。山をストレートに撮影した朝山まり子さん、海を題材に抽象的に撮影した岡部稔さん。題材や撮影方法が対照的なのに両者の作品から感じるものにあまり違いはないように思えた。それだけ風景を自分の中で消化しているということか。

・「monochrome XI Portrait」、gallery E・M 西麻布
人物に限らず作者が“ポートレート”と意識して撮影したものも含む。ポートレートにおける表現って何だろう。写真家の考えか、モデルの美しさか、その辺りがよくわからない。だいぶ以前のことだが、立木義浩さんが女性のポートレート写真を見て「きれいな人だね~」と言ったら、作者から「いや、写真としてどうでしょうか?」と言われて困ってしまうというようなことを話していた。そのときは立木さんでもそうなんだと思った。


日比谷公園鰻会議に第6回目にして初めて参加する。
夜の日比谷公園にブルーシートをひいてそこで鰻弁当を食べる、というたったそれだけの集まりがもう6年も続いているという驚き。気持ちに余裕のある大人っていいなと。
この日は満月で、一月に二度目の満月をBlue Moonと言ったりする。さらに日本人宇宙飛行士・油井さんが乗ったISS(国際宇宙ステーション)が上空を通過するのを目撃(写真には写ってないけどw)。ISSは地上から約400km上空を地球一周約90分とスピードで回っているとのこと。
他愛のない話しかしてないが充実した一日を締めるいい夜だった。




  
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by pprivateeye | 2015-08-05 01:58 | Comments(0)

四谷三丁目から新宿通り沿いのギャラリーは定番コース

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7月28日(火)

・鼻崎裕介写真展「New York」、Gallery Niepce
・目良敦写真展「Silence, belongs to nothing」、TOTEM POLE
・藤田満写真展「渡良瀬川」、蒼穹舎
・大坪晶写真展「Shadow in the House #01/#02」、新宿ニコンサロンjuna21
・島田悠吾写真展「Tokyo」、新宿ニコンサロンjuna21

この日はギャラリーで知り合いに会うことが多い日だった。
ニエプスでは写真家の中藤毅彦さんと内藤さゆりさん、トーテム・ポールでは白岡さん、蒼穹舎では写真仲間のHS川さん。HS川さんとは新宿ニコンサロンも一緒に行く。
知り合いと作者も含めて作品について説明を聞いたり質問したり、話をするのは楽しい。
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by pprivateeye | 2015-08-05 01:57 | Comments(0)

4年間で6000枚

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7月21日(火)

・鈴木吼五郎写真展「グローバリゼーション、その具体的現場の記録および社会構造の或る断面の可視化」、銀座ニコンサロン
キャプションに、写真を通してアクチュアルな世界(商品やマーケット、資本主義経済の実態?)があることを示したい、みたいなことが書かれていた。その現場を写した作品は、低賃金による過酷な労働というありきたりな時代遅れの印象はない。むしろ豊かさが広がっているように見えた。

・Renato D'Agostin「Kapadokya」、ライカギャラリー東京
粒子と、黒が目につくプリントだ。覆い焼きなどはあまりきれいではなかった。場所はあまり関係がないのではなかろうか。

・吉田志穂展「INSTANCE」、Guardian Garden
鷹野隆大のテキストは少し外れているような気がした。情緒性は皆無だと思う。平面もまた現実ではないのか。むしろ「写真」という形で作者が自身の行為を提示していることこそ問われるべきだと思う。いくら複写を繰り返そうと、インスタレーションの形で展示しようと、それは印画紙上に表現された「写真」でしかない。本人のキャプションには、日々の写真は何かの誘導や別の文脈で情報を見ているが、その既存の支持や文脈から離れたところで写すこと、見ることの新しいシステムを考えている、とあった。


夜、青山ブックセンター本店での「畠山直哉&最相葉月トークイベント」に出席。イベントのタイトルは、“映画『未来をなぞる』と、写真集『陸前高田 2011-2014』をめぐって”。料金にイメージフォーラムで8月に上映される映画『未来をなぞる 写真家畠山直哉』の前売券が含まれている。この映画は2月にアーツ千代田での完成試写会で観ているが、もう一度観てみたいと思っていた。映画への関心はあくまでも「写真家畠山直哉」にある。暗室でのシーンはもっと多くてもいいと思っているくらいだ。
今回の畠山さんの話は4月の銀座ニコンのときほど写真や美学について触れておらず、話し方自体もリラックスしているように感じられた。それでも、近代の美への批判、美しい写真というものについて、慎重に議論をする必要がある、との持論を述べていた。撮っているときは昔のものがないと思っていたが、しかし、いまではこのとき撮っていたものがない、という感覚。記録の意味合いが出始めている。撮っておいてよかったというわけではないが、仮にこれらの写真がなかったら残念だと思う。すべてが嫌になるほどではない。それに、美しく撮れたらちょっとうれしい。etc.
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by pprivateeye | 2015-08-05 01:34 | Comments(0)

「大きな玉ねぎの下で」

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7月18日(土)

須田一政写真展
・「SOLO」、成山画廊
・「Rei」、AKIO NAGASAWA GALLERY

九段下のこの辺りに来ると、東京の他の場所とはちょっと違う空気が流れているような感じになる。これに少し似ているのは皇居前広場か。実体験はしていないものの、苦い感触がある。

成山画廊での須田さんの作品はシリーズから外れたものだろうか。「苦い感触」を連想させるイメージのものもあった。都写美での展示でもそうだったが、小さなプリント、まだワークプリント以前のプリントもまとめて見せるというのも好きなのかな。
銀座の展示は下着を着けたマネキンのシリーズ。これは作者の意図が読みづらかった。どんなに工夫してもマネキンの肌触りは人のそれとは異なるし、そのため下着に対するエロチシズムも希薄だ。写真集のあとがきで、ここには50数点の作品があるがその背後にには数千枚のカットがあることを思ってほしい、みたいなことが書かれていて一番印象に残った。

当然、これ。
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by pprivateeye | 2015-08-02 13:52 | Comments(0)