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当事者が一番考えている。

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7月25日(金)

・前迫美紀子写真展「溢れひたす闇に」、Gallery +PLUS
写真仲間の展示。並びを変えたとのことで、2回目。吊るしたフレームがぴったりとくっつくようにワイヤーを交差させることを思い付いたのは本人らしいが、それを聞いてやはり当事者が一番考えていると思った。緊張感のある作品および展示だった。


・大橋英児写真展「Roadside Lights Ⅱ」、新宿ニコンサロン
モノクロで自動販売機の明かりを撮影。今回は二度目の展示で、雪の中でのものが中心。次回は被災地でのものを考えているとのこと。自動販売機の存在自体が日本的で、今回の東北の被災地では一種のインフラの役目も果たしたらしい。ハッセルとマミヤRBで撮影。きれいなプリントだった。


・石田榮写真展「明日への希望を求めて働く ――半世紀前の証――」、新宿ニコンサロンbis
昭和28~35年の高知県を撮影。海岸での漁、石灰石の切り出しなど。約60年前の地方だが、印象は今とほとんど変わらない。着ているものや背景などどれも同じ東アジアとはいえ中国や韓国とは異なる。いかにも日本的だ。表情もそうかもしれない。



ギャラリー冬青で展示中の渡邉博史さんと、冬青社社長の高橋さんとのトークショーに参加。
今回の作品は、渡邉さんに子供が生まれ大きなカメラを持ち歩けなくなったことからデジタルカメラを使うようになった。子供も含めて目に留ったものを撮影したもので、その意味ではプライベートな写真だ。チョウやバッタ、鳥など死や死を連想させるものが多く写っているのは結果としてそうなった。子供も成長したので、この写真はもうやらないと思う。わからないときが一番面白い。そのときが一番写真が撮れる。写真を撮ることでわかってくると次第に興味が薄れ、その後は作品としてまとめて提示するだけ。マーケットは考えないと言えば嘘になるが、実際売れるかどうかはわからない。戦後すぐの日本で俳句第二芸術論があったが、写真もそうではないかと思ったりしている。プロの作品とアマチュアのものとを一緒にして区別できるかどうかわからない。音楽を考えると、オペラ歌手は完璧な技術を求められる。一方でシンガーソングライターはオペラ歌手に比べれば歌唱力などは到底及ばない。しかし、彼らは自分自身をさらけ出して歌っている。それは写真家にも当てはまるのではないか。etc.
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by pprivateeye | 2014-07-31 23:47 | Comments(0)

「踊るセイウチ」

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7月23日(水)

・市橋織江写真展「Interlude」、キヤノンギャラリーS
キヤノンギャラリーS 2014 特別展 She's [3人の写真家。彼女たちの写真展] の第一弾。続いて、高木こずえ、内藤さゆりの順で展示される。最後は写真仲間で楽しみだ。
市橋さんの作品はカラーであえて逆光で撮るといった、少し色を抑えたところに特徴がある。たぶん仕事としての写真と、自分の作品としての写真にまったく違いはないのだと思う。そのことや今回の展示が大きなサイズだったことから、どれもポスターのように見えてしまった。写真の上にテキストを入れればそのままヨーロッパを紹介した記事ページやポスターになってしまいそうだ。で、これが彼女の世界観の表れだろうかと考えると、少し違うようにも思えてきた。


・写真展「人それぞれ」、Art Gallery M84
ギャラリーの公募展。30数名の出展で、それぞれに価格が明記されている。特にテーマとかはないので作家によってまったく異なったものとなっている。知り合いや他のギャラリーで展示を見た人も何人かいた。そんななかでやはり目が止まるのはモノクロの作品だ。これが写真だよ、という気がしてくる。


・石川直樹写真展「POLAR」+「『踊るセイウチ』とイヌイットの彫刻たち」、カナダ大使館・高円宮記念ギャラリー
「POLAR」のシリーズは以前にSCAI THE BATHHOUSEで見ており、写真集も持っている。今回の展示は8点だけだったが残念感は薄かった。というのは同時に展示されているイヌイットの彫刻がよかったからだ。踊るセイウチ、踊る白クマとか、ユーモアのある彫刻は珍しい。一方で、セイウチの精は広げた後ろ脚がカッコいい。かと思えば水上飛行機というモロ現実的なものもあった。ほとんどが石を素材にしているが、クジラの骨の化石で彫られた踊るセイウチが軽みを感じさせて一番楽しかった。
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by pprivateeye | 2014-07-30 20:48 | Comments(0)

「ヒッチコック・スペシャル」

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7月20日(日)

高田馬場のスタバでF1GP第10戦ドイツGPをスマホを使って見る。サーキットはホッケンハイム。今年はメルセデスが圧倒的に強くてフェラーリ、しかもキミ・ライコネンがいい成績を残せていないのであまり面白くない。この日もバトルができず、11位に終わった。

で、日曜の夜、こんなところにいたのは、早稲田松竹でオールナイトの「ヒッチコック・スペシャル」を観るためだ。若い人が多いのは確かだが、年配の男性も女性もそこそこいた。整理券番号は124番と後ろのほうだったが、席はF列の中央とほぼいつもと同じところに座れた。夜23時開演、終演は朝5時半過ぎだった。
上映作品は「泥棒成金」、「めまい」、「マーニー」の三本。
 「泥棒成金」To Catch A Thief(1955) 出演:ケイリー・グラント、グレース・ケリー
 「めまい」Vertigo(1958) 出演:ジェームズ・スチュアート、キム・ノヴァク
 「マーニー」Marnie(1964) 出演:ティッピ・ヘドレン、ショーン・コネリー
ヒッチコックの男優は男臭さを匂わせるような人が多い。女優はブロンドが好みなのかな。

「泥棒成金」の夜のシーンはカメラレンズに緑のフィルターを付けて撮影し、昼間だが夜のような雰囲気にしている。トリュフォーが「アメリカの夜」の中でジャクリーン・ビセットに「ああ、疑似夜景のことね。英語ではday for nightってというの」と言わせている。グレース・ケリーが結構おきゃんな女性を演じている。

逆に、「めまい」は話が難しくなっている。キム・ノヴァクの一人二役を元警官のジェームズ・スチュアートはどの時点で見抜いたのだろうか。スペイン風の教会の場面では、ここでもday for nightの手法が使われているようだ。

「マーニー」の主演女優は「鳥」と同じ人。馬に乗って柵を軽々と飛び越えていくシーンがあるが本人だろうか。ヒッチコックはトリュフォーとの『映画術』のなかで「ショーン・コネリーにしてもフィラデルフィアの富豪の紳という感じがあまりしない」と語っている。

三作品の中では「泥棒成金」がいいかな。話の軽さが映画的でいい。
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by pprivateeye | 2014-07-29 20:14 | 映画 | Comments(0)

Bonnie and Clyde

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7月19日(土)

市川コルトンプラザで「俺たちに明日はない」を観る。<第二回 新・午前十時の映画祭>
原題が「Bonnie and Clyde」でこのほうがカッコいいと思うが、内容的には邦題か。1967年、米国。監督:アーサー・ペン、出演:ウォーレン・ベイティ、フェイ・ダナウェイ。
この映画はアメリカン・ニューシネマの先駆的存在とされている。アメリカン・ニューシネマのなかで一番好きな映画だ。他には「イージー・ライダー」「バニシング・ポイント」がお気に入り。ちなみにアメリカン・ニューシネマの終焉は「タクシー・ドライバー」になるようだ。
時代は1930年代。大恐慌時代の最中で、彼らが銀行を襲うようになったのも食料品強盗の後、一晩明かした空き家は農民が銀行に取られてしまったものだったというのがきっかけだ。
フェイ・ダナウェイがカッコいい。最後のシーンはあまりにも有名で、一斉射撃の弾丸の数まで数えられている。それは87発となっている。撃たれる気配を感じたとき、二人が目を合わせるほんの一瞬、そのコンマ数秒が青春映画にもなっている。
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by pprivateeye | 2014-07-24 02:09 | 映画 | Comments(0)

目に見えないシステム

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7月16日(水)

・中藤毅彦写真展「Paris 1996」、檜画廊
これ以降の東欧の作品と通ずるものがあるように見える。中藤さんんは「ロマンチック」「ゆらぎ」という言葉を使っていた。「きちんと撮っているつもりなんだけど傾いてしまうんです」。その自由は若さと言い換えてもいいかもしれない。コニミノでのパリやその写真集は人物中心に構成されていたので、窮屈な、強いて言えば無理強いさせられるようなところがあったので、好みはこちらのパリだな。バスの乗客を真横から撮ったイメージはすぐにロバート・フランクを連想したが、中藤さんは初めてそうかと思ったとのこと。


・井津由美子写真展「Secret Garden」、gallery bauhaus
8×10のプラチナ・パラジウム・プリント。バラなどの花をクローズアップ。白基調と黒基調のプリントだが、これは撮影時から露出をハイキー、アンダーにしているのだろうか、それともプリント時の露光時間の調整か。そもそもプラチナ・パラジウム・プリントで細かなプリントワークが可能なのだろうか。キャプション(作者とは別の人)にもあったが、普通、白=生、黒=死と捉えがちだが、実際はその逆で、これは作品からも伺えた。白基調の作品は彼岸というか消えていきそうな感じ、黒基調は現実の中でもがいている生という印象だった。


・城野智子写真展「結界」、銀座ニコンサロン
6×9、35mmのカラー、ラムダプリント。河川敷に住み着いている人たちの場所を撮影。人の生活ではなく、法の網からこぼれた場所。作者はこれをドキュメンタリーのつもりで撮影したのか考えてみた。そうだとすればほとんど人物を撮っておらず、対象に迫るようなイメージもない。個々のイメージから特別なものは感じられないが、全体をまとめて見るとこの場所そのものが特別な意味をもっていると思えてきた。現代の眼に見えない、法を始めとしたいろいろなシステムや決まりごとの網が到る所に張り巡らされていることに気付く。
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by pprivateeye | 2014-07-20 14:41 | Comments(0)

普通が一番、・・・難しい。

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7月11日(金)

・瀧本幹也写真展「Nonocular」、ライカ銀座
「地球の鼓動を感じ、無意識の奥底に埋もれていたものを迷宮から手繰り寄せるように」して撮られたとあるが、たぶんこれ作者の言葉じゃないよね。こんな大層なことは思わなかったが、最初に展示されていた白濁した水(池?)の写真がよかった。でも瀧本さんの作品は単なる風景だけでなく、それに人間や人工物が絡んでいるもののほうがいいと思う。


・佐藤時啓写真展「光――呼吸 そこにいる、そこにいない」、東京都写真美術館2F
まず技術的な部分が説明だけではよくわからなかった。「線状の光:夜間、被写体となった作者自身がライトで描く」「点状のもの:日中、低露光状態にしてカメラに向けて一個の鏡を使って陽光を反射させたもの」。この説明ではその光の部分とカメラとの距離が理解できなかった。最初は興味を持って見ていたのだが次第に飽きてきたのか、その光の部分とは関係のないところを見ていた。たとえばフジテレビ本社を正面から撮った作品は草むらがソラリゼーションのようになっていた。複数のピンホールを使った視野360°の作品は、「お、いいじゃない」と思った。しかしこの作品をまとめて見たらと考えたら、やっぱり飽きるだろうな。大型のカメラ・オブスキュラで地面に風景を投影させてそれを撮ったものは、もう見ているうちに飽きるだろうなと考えていた。全体に方法論が先行しているので、見たときは面白いが次第に関心が薄れていく。「普通が一番」とはよく聞くが、その後にはきっと「難しい」と続くのだろう。
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by pprivateeye | 2014-07-16 01:01 | Comments(0)

時代の微かな緊張感、と言うと大袈裟かな。

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7月8日(火)

・三吉和寿写真展「We're No Here」、Place M
・瀬戸正人写真展「Another PLACE 4」、M2 gallery
・村田卓也写真展「うまそうなまちかど」、FOTO PREMIO、コニカミノルタプラザ・ギャラリーA
・高杉記子写真展「朝日にゝほふ山桜花 ――Fukushima Samurai――」、FOTO PREMIO、コニカミノルタプラザ・ギャラリーB
・森田城士写真展「縁(ふち)の色」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーC
・坂本政十賜写真展「東北2 雪・青森」、蒼穹舎
・三吉和寿写真展「Hidden Charms」、新宿ニコンサロン
・渡邉博史写真展「ダムの崩れる日」、ギャラリー冬青

三吉さんはPlace Mと新宿ニコンサロンで同時に展示。ともにカラー作品だが内容は大分違う。Place Mのほうがストイックな感じで好み。
高杉さんのタイトルは、たぶん本居宣長の有名な歌「しき嶋の やまとこころを 人とはば 朝日ににほふ 山さくら花」から採ったものだと思う。
森田さんの作品はセレクトの段階から何度か目にしているが、この展示を見て何となく違和感というか、しっくりこないものがあった。自分のHorizonと比べてしまっているからだろう。写っているものは似ていても、写そうとしているもの、見せようとしているものは異なっている。
渡邉さんの作品はデジタルでカラー、スクエア。これまでのモノクロ、フィルムによる作品よりももっとプライベートなものらしい。その意味からすると展示よりも写真集のほうがいいかもしれない。
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by pprivateeye | 2014-07-15 01:20 | Comments(0)

何が写っているのか?

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7月4日(金)

・野尻浩行写真展「新しい季節に抱かれて」、TAP Gallery
6×4.5、タテ、グレー中心のプリント。少し引き気味なのでタテ位置でも風景を切り取ったという印象は薄い。これをもう少しアップで、あるいはこれだけ撮りたい、撮らないのかなというのがあった。DMに使われた写真は光りとシャドー部、両方ともきちんと見せている。


・神田開主写真展「地図を歩く」、銀座ニコンサロン
モノクロ、デジタル出力。SWC/M+Phase Oneで約60mmの焦点距離になるそうだ。少し上向きのカットがあったがほとんどがきちんと水平なので三脚を使っているのかと思ったら全部手持ちで撮影とのこと。プリントは少しノイズを乗せてフィルムの感じを出している。描写がきめ細かく、時間をかけて見ているうちにどんどん引き込まれていく。

北関東の何気ない風景を見ながら浮かんできたのはこんな思考の流れだ。
  何が写っているのか?
     ↓
  どう写っているのか?
     ↓
  どう写されているのか? 構図、プリント、etc.
     ↓
  何が写っているのか? 表現、作者の意図


・「デヴィッド・リンチ展」、8/ ART GALLERY / TOMIO KOYAMA GALLERY
リトグラフ17点、木版画3点、写真は2点だけだった。リトグラフは絵全体が戦争をイメージしているような感じで必ず文字が入っているので、メッセージのあるポスターのようにも見える。
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by pprivateeye | 2014-07-10 07:37 | Comments(0)

自分の視線

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7月2日(水)

・北井一夫写真展「道 One Road 」、Zen Foto Gallery
東北の被災地の道路を撮っており、何だかなあと思っていた。「村へ」の取材で何度も行ったところが被害を受けていたり、中国・大連の写真も同時に展示されており、案外北井さん自身の原点を自ら掘り起こした写真かもしれないと思うようになった。

・津田直 展「REBORN(Scene 2)――Platinum Print Series」、タカ・イシイギャラリー モダン
プラチナ・プリントでコントラストが高く、非常に細かい部分まで再現されていた。こんなによく見えるのはペン以来だ。

・細江英公 展「鎌鼬」、タカ・イシイギャラリー P/F
ビンテージプリントや見たことのないイメージがあった。しかし、中央のテーブルで何人も集まってミーティングを始めたのでゆっくりと見れなかった。

・「THE STREET GOES ON」、IMA gallery
ステファン・ショアや北島敬三といった有名どころも含めたストリート・フォトだが、全体的にうーんと思ってしまった。たとえばショアの作品について「40年ぶりに訪れた街を一日かけて撮影したイメージ群は、その写真自体もシークエンスも、意図的に編集を避けたことで、撮影行為自体が即興性のある作品へと昇華された。」とある。新人作家が同じことをやったらどんな評価を受けるのだろうか。

・前迫美紀子写真展「溢れひたす闇に」、Gallery +PLUS
写真仲間の展示。セレクト段階から何度も目にしているが、大全紙の横一杯にプリントしそれを隙間なく並べたことで新たな見え方となっている。全体として迫ってくるものがある。それは黒さか、あるいは闇か。正面の壁が一番充実し、好まれそうなイメージが集まっている。しかし、左側の壁が意外といい。特に女性の二点。この間に階段のイメージがあってもよさそうだ。

・有野永霧写真展「虚実空間・都市」、ルーニイ
関西を代表する作家とのこと。80~90年代の作品。タイトルのとおり、一瞬ハッとする風景を捉えている。しかし逆にそれがなんとなく古臭い感じに思えた。

・大久保恵写真展「冬の終わりはいつも憂鬱 Ⅱ」、TOTEM POLE
小全紙のプリント。これまでは大四つ切だったように思うが。夜の写真がこれまでより艶めかしいというか、柔らかな感じになっていた。

・Martina Shenal 展「一期一会」、Place M

・瀬戸正人「Silent Mode / ビンテージプリント展」、Place M ミニギャラリー

・「Place M コレクション展」、M2 gallery
これまでPlace Mで展示された作品のコレクションが一作家2~3点ずつ展示されており、意外とこれがよかった。個々の展示という縛りがなくなったことで気楽に見ることできるからだろうか。

・多々良栄里写真展「遠くから太鼓の音が聞こえる」、蒼穹舎
カラーの田舎の風景。部屋に入って正面の壁の作品がよかった。ただ作者らしき人は友人とのおしゃべりに夢中で、言葉をかけるタイミングがなかった。
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by pprivateeye | 2014-07-09 04:56 | Comments(0)

大事なのは考えること。

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7月1日(火)

7月1日(火)

早稲田松竹で「ハンナ・アーレント」と「エヴァの告白」を観る。毎月1日は映画サービスデーで大抵の映画館で割引になるが、ここは通常1300円が800円になりしかも二本立てで入れ替えなしだからお得感が高い(^^)

「ハンナ・アーレント」はナチスのアイヒマン裁判について哲学者のハンナ・アーレントがどのような考えを持ったかを描いたもの。およそ劇的な場面はないが、観る者にシビアに迫ってくる。
アイヒマンはナチスの親衛隊将校で数百万人のユダヤ人を収容所に送っている。しかし、残虐な殺人鬼ではなく、命令通りに動いただけの「平凡な人間」だった。アーレントによる裁判のレポートは「凡庸な悪」と述べ、移送にはユダヤ人指導者も加担したと書いたことから強烈な批判を浴びることになる。これに対して彼女は反論していない。大事なのは考えること。「考えることで人間は強くなる。危機的状況にあっても考え抜くことで破滅に至らないように。」
この姿勢をよしとするものの、映画を観て思ったのはアイヒマン的人物はいまの日本に蔓延しているのではないか、組織そのものがそういうふうにできているのではないかということ。「言われたからやっただけだよ」、責任を問う場面では必ずこういうセリフが聞かれる。贈収賄とかいったお金の問題ならズルイで済むが、いまの戦争志向の政治家たちも絶対に同じことを言うと思うと恐ろしくなってくる。

「エヴァの告白」、原題は“The Immigrant”で、ポーランドからの移民姉妹を描いたもの。といっても妹の出る場面は最初と最後だけで、姉(エヴァ)の話ということになる。移民たちが住んでいる通りの状況や建物の中などは「ゴッドファーザー」とそっくりだ。加えてエヴァを引き取った男(ブルーノ)の声が「ゴッドファーザー PartⅡ」のロバート・デ・ニーロを連想させる。これらは偶然ではないだろう、「ゴッドファーザー」へのリスペクトがあるものと思う。ブルーノのいとこのオーランドを含めた三人の関係が話の中心。二人の男はエヴァに惹かれるも最後まで紳士だ。ブルーノなんか娼婦の元締めをしているくらいだからもっとイヤな奴でもおかしくないが真面目だ。オーランドも軽いもののエヴァには真剣だ。もしかすると主人公はブルーノとオーランドの二人の男と見てもいいのではないだろうか。
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by pprivateeye | 2014-07-05 15:34 | 映画 | Comments(0)