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行くカメラ、来るカメラ

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2月18日(火)

・小野淳也写真展「相槌は残りの歳月に染みを付ける」、新宿ニコンサロン juna21
カラー、アクリルのパネル貼り。認知症の祖父を撮影。カーテンとか窓とかの写真は大伸ばしだが、祖父を撮ったものは小さめのサイズ。全体にさりげない感じだ。祖父の日記を撮ったものが2点あり、2枚目には震えた字で「淳也遊びにくる」とある。ドラマチックな内容だが、写真そのものは淡々としている。何度も見て回った。

・秋元麦踏写真展「川の字」、新宿ニコンサロン juna21
カラー、スクエア。外国人を自分の部屋に無料で泊め、彼ら彼女らを撮影したもの。昨年Place Mで見たものと同じだと思う。名前や落ち着いた写真で年配の人だとばかり思っていたが、junaに該当する人だったとは。日常=作者と、外国人の宿泊者=非日常が交錯する場面。なぜか緊張感ではなく、軽いユーモアを感じてしまう。



写真仲間にペンタックス67を譲る。6×7のカメラは何台か持っているのだが、FUJIは札幌に嫁いでいるし、どれもいまひとつ使いこなせていない。特にこのペンタ67はほとんど出番がなかった。カメラの所有歴を振り返ってみると、ペンタックスやミノルタはほとんど縁がなかった。ペンタックスのカメラはこれだけだし、ミノルタはCLEを持っていたがもうとっくに手元にはない。

ヤフオクで落札したNikon F3と以前に落っことした50mmレンズを、それだけなら無料なのでサービスセンターで点検してもらう。マウントの水平とかレンズとかは無事だったが、シャッター速度の1/1000が1/2000と同じになっているらしい。シャッター機構の問題か、ダイヤルの連動が問題かは不明。修理するとなると技術料だけで15000円、それに部品代もかかるし、そんな速いシャッター速度はほとんど使わないのでこのままでいいかと思う。ちなみにF3のメンテナンスは2016年まで可能とのこと。

ペンタ67と入れ替わりで貸していたマミヤ645の一式が帰ってきた。645はもう使うこともないので売却しようとしたのだが、なんとレンズ2本しか値段が付かずしかも安いものだった。一瞬、それなら別のところでとも思ったが、気持ちが滅入ってしまっていたので重いバックを掛けて帰ることにした。帰りながら思ったのは、これはもう一度使いなさい、ということかなと。でもこのカメラは主に花や風景を撮るためのセットなので、どうしようかと思案中なう。
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by pprivateeye | 2014-02-19 02:53 | Comments(0)

The End of the Night

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2月12日(水)

・Yohei IKEGAMI 写真展「東京フィロス」、TAP Gallery
カラー、スクエア、六つ切。広角レンズを使っているのかな。建物やその壁、階段などの内部を撮影。DMがマット系の紙だったので、ねっとりとした作品を勝手に予想していたが、実際はクールだった。ただ、もう少し何かが欲しいと思った。それはセレクトによる緊張感、統一感のようなものかもしれない。

・河野撮 写真展「迷妄の彼方」、ルーニイ
カラー、デジタル。ぼんやりとした日常の中である点を凝視することで突然意識が覚醒するといった感覚を作品にしたもの、とキャプションにあった。色的には、黄と黒を中心としたもので、周囲を薄く白くボンヤリと処理している。被写体(部屋の中にある身の回りの品物)との距離感が全部同じで、色味も同様のため、覚醒から逆に眠くなっていく感じがした。
ところで作者の応対は?マークがつくものだった。まず、芳名帳が二つあった。たぶんギャラリーのほうで用意したA4サイズのものと、自分で用意したいわゆる芳名帳の二つが並べてあった。それだけで何じゃこれはと思った。その後、作品を見ていると突然表れて「名前を書いてください」「書きましたよ」「何でもいいから感想を書いてください」。それだけ言ってトイレに消えた。見終わって部屋をを出ていろんな展示のDMを見ていたら、後ろから「感想を書いてくれました?」。こちらはもう頭に来ているので「・・・・・・」。そうしたら何も言わずに狭い通路を無理やり通って外でタバコを吸っている。
キャプションには1959年生まれとあった。社会経験の浅い若者ではなく、いい大人なんだからクレクレばかり言っていないで、挨拶や礼くらい言えよと思った。

・Manuel van Dyck 写真展「Journey to the End of the Night」、TOTEM POLE
カラー、スクエア、小全紙。フィルムかな。彩度の低いプリントだった。東京の住宅街から商店街の夜を撮影したもの。タイトルの“End”は夜の片隅? 端っこ? 最後? 作者はハイデルベルク生まれとあったからドイツの人か。この“End”という言葉が気に入ったので、ヨーロッパ人が見た極東の都会の果ての夜という意味で、タイトルを“Night of the East End”とするのも面白いな、と思った。

・瀬戸正人写真展「アジアの夜明け」、Place M
先週からの続き。展示も半分同じだった。30年くらい前のタイだが、時代とか場所とかは関係なく、写真だけを見たいという作品だった。つまりドキュメンタリー的要素は考えない。プリントも美しいので、記録とはなしに、純粋に写真として見ることができる。

・西村勇人写真展「Transitions」、M2 gallery
カラー、デジタル。A2サイズくらい。マット系の紙のため色が沈んで見え、そのため写真に覇気がないように思えて少々残念だった。自然の中の人工物が放置されることで、再び自然に飲み込まれようとしている風景を撮影。自然の逆襲という言葉が浮かんできた。

・Kyunghee Lee 写真展「海と風」、ギャラリー冬青
35mm、モノクロ。写真集『island』からの展示。新作らしき作品が3点ほど加わっていたが、なぜいまこの展示かと思った。写真集は2008年に出ていて、展示の構成も同じだった。写真集のコントラストが好みだったので、実際のプリントは少しだけ物足りなかった。カラス(カモメ?)が飛んでいる作品のある壁が一番よかった。2冊目の写真集はカラーだが、同じ視線、感性だ。作者は「普通、近くのものはよく見え、遠くは見えにくいのだが、私の写真はその逆」と述べている。そのことによりモノが二重の意味を持ち始めるのだと思った。
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by pprivateeye | 2014-02-19 02:07 | Comments(0)

細江英公人間写真展

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2月11日(火)建国記念の日

・「細江英公人間写真展」、かつしかシンフォニーヒルズ・本館ギャラリー
細江さんは生まれは山形県米沢市だが、子供の頃から大学卒業後しばらくは葛飾に住んでいたらしい。今回の展示は葛飾区の主催。
展示は、写真絵巻と題して和紙にプリントされた作品が巻物のようになっていた。構成・馬淵晃、染め摺り・木田俊一、表装・天草仁司となっていた。
作品は、
 「鎌鼬」(鼬←この字を出すの大変)26点、序文・瀧口修造、詩・三好豊一郎
 「おとこと女」19点、詩・山本太郎
 「ガウディの宇宙」18点
 「薔薇刑」17点、序文・三島由紀夫
 「胡蝶の夢」42点、詩・白石かずこ
 「おかあさんのばか」13点(普通の展示)。
巻物風に横に並べるのは縦位置の写真が小さくなるのであまり好きではないが、今回は内容(写真)と合った展示になっていると思った。特に「おとこと女」はかなり違った印象だ。コントラストの強い、クールなイメージを持っていたが、それよりも粘っこいという感じがした。
展示期間が1週間というのは短すぎると思う。1ヵ月くらいあってもよかったのではないか。
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by pprivateeye | 2014-02-19 01:57 | Comments(0)

2013年に見た写真展 My Best 10 + α

FBに書いたものだが、2013年に見た写真展のBest 10 + α。並びは見た順です。


・野村佐紀子「NUDE / A ROOM / FLOWERS」、BLD Gallery

・野尻浩行「新しい季節に抱かれて 2」、TAP Gallery

・木 格 Muge「Ash」、ZEN FOTO GALLERY

・竹内英介「夜」、gallry E・M 西麻布

・「マリオ・ジャコメッリ写真展」、東京都写真美術館

・「アンドレア・グルスキー展」、国立新美術館

・宮嶋康彦「Siberia 1982」、gallery bauhaus

・齋藤亮一「SLがいたふるさと ー北海道 1973~1980ー」、コニカミノルタプラザ

・藤田満「海に日は照る」、銀座ニコンサロン

・「クーデルカ展」、東京国立近代美術館

+α
・Gerhard Richter「Strip Paintings and 8 Glass Panels, 2012」、Wako works of Art

・「明治12年 明治天皇御下命『人物写真帖』4500余名の肖像」、皇居・三の丸尚蔵館
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by pprivateeye | 2014-02-14 17:15 | Comments(0)

20年ぶりの大雪の日

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2月8日(土)

朝から雪が降っていたので外に出ずに済むギャラリ―を訪れた。

・越沼玲子写真展「Spirit in Wild ~森の鼓動~」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーA
森の中で遊ぶネコを撮影。2年ほどで見かけなくなる。しばらくして祖母が亡くなり、その二つを重ね合わせて自然を感じるようになったとのこと。普通にあるネコ写真ではない。飼いネコのようなので一人で生きるネコのドキュメンタリーというわけでもない。その中間の立ち位置がいい。

・アラタンホヤガ写真展「遊牧民の肖像」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーB
中国モンゴル自治区に暮す人たちを撮影。モンゴルで見たのと同じ風景、同じ顔だ。羊は彼らの大事な財産だが扱いは手荒い(後ろ足を持って引きずってくる)。

・角田直子写真展「Light Magic 神秘のモノ湖」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーC
米国カリフォルニア州のヨセミテ国立公園近くの塩湖。炭酸カルシウムによる奇岩。広い風景だが、少し広角レンズを多用しすぎのように思えた。

・第13回フォトシティさがみはら プロの部入賞作品展、新宿ニコンサロン
  さがみはら写真賞、志賀理江子「螺旋海岸」
  新人奨励賞、野村佐紀子「NUDE / A ROOM / FLOWERS」、田代一倫「はまゆりの頃に」
  アジア賞、Kusat Bayhan「AWAY FROM HOME」
志賀さんの写真は不思議な世界だ。『CANARY』や『Lilly』ほど作り込んではいないようだが、描かれている世界は異様だ。別の次元の異世界かと思う。石の写真はわからない。
野村さんがいまさら新人賞かと思うが、自分のFBで2013年のBest10にあげていた作品をまた見ることができてうれしい。カラーもモノクロも混じった作品だが、黒を楽しんでいる。黒の中に何も写っていなくてもいい。
田代さんは東北震災後、被災地を歩いて声をかけて撮ったポートレート。作者自身も迷ったようだが、自分自身こういう写真にはまだ引っ掛かるものがある。ところでそのポートレートはどうしたのだろうか。
アジア賞は、トルコにおける東部と西部の経済格差をテーマにしたもの。東部出身の若者が西部で低賃金で働く。写真からはあきらめ、どうしようもなさなど、醒めた印象を受けた。


夜はカロタイプで講評講座。さすがに出席者は少ない。久しぶりに写真を見てもらう。そのときは、乾いたもの、ドライなものを表したいと述べた。他の人からは無とか無機質とかの言葉が出た。あるいは、奇妙な、恐怖心とか。後から考えたのは、乾いた・ドライなのはモノではなく、感情、感覚(?)といったもので、醒めたが近い。シラケた、あきらめた、とかではない。
雪は降り続いて、ついに電車が止まるようになった。一時はいくつかある路線が全部止まってしまい、一瞬真っ白になる。ようやくノロノロと動いている電車に乗り、2時間かかって帰ることができた。
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by pprivateeye | 2014-02-13 16:55 | Comments(0)

時の忘れ物?

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2月7日(金)

・「ディアドルフ写真展」、gallery bauhaus
まず玄関先のディアドルフ本体に魅かれる。後で聞いたところによると臼田晃さんのディアドルフとのこと。その臼田さんの作品は8×20のパノラマ・フォーマットのベタ焼き。ちょうど六つ切りを横に2枚並べた大きさだ。フィルムそのものは16×20を横に半分にしたものだが、フィルムホルダーまで8×20なのには驚いた。ベタ焼きなので周囲の黒枠が出ている。菅原克哉さんの作品はまるでスナップのような8×10の作品。他には広川泰士さんの作品がみっちり、ねっとりでよかった。でもここの入場料600円や916の800円は?だ。比べても仕方がないかもしれないが近美のクーデルカ展は850円だった。

・上村國夫写真展“monochrome”、床屋ギャラリー、“color”、gallery - 晴れ
芳名帳で上村さんの名前を拝見した人は多いと思う。卒寿を記念して2会場で開催されたもの。新聞に掲載する写真のため、きちんと物事が画面の中央に捉えられている。昭和30年代の東京は空も道も広い。カラーは退色や変色でより時代を感じさせられた。

・西村多美子写真展「憧憬」、ときの忘れもの
1970年代前半に撮られた東北や北海道でのモノクロ・スナップ。森山さんを連想させるが、もっと静かな沈み込んだような印象を受けた。ヴィンテージ・プリントは黄色く変色しており、時間の経過とその当時の状況とが重なっている見える。

・GRAF vol.07 刊行記念写真展「写真の心臓へ」、TOTEM POLE
メンバー:本山周平/松井宏樹/片山亮/錦戸俊康、ゲスト:宮澤佐保の5人によるグループ展。宮澤さんの作品が変わっている。陶版写真である。乾版写真ではない。陶器の板を印画紙の替わりにしてプリントしているのだ。もともと陶芸の学校卒でそれでも写真がやりたいということでこの方法を考え出したとのこと。祖母の住んでいる家を撮影しているのだが、写真自体が古いものに見えてしまう。しかしそこに写った少年は宮澤さんの子供で実際にギャラリーにも来ていた。その写真が一番よかった。他の作品では松井さんのカラーの作品は透明感が素晴らしい。

・寺田まゆみ写真展「ゆらめく」、Place M
カラー作品。35mmに少しスクエアが混じっている。何か捉えどころのない印象。タイトルのようにそれが狙いなのかもしれないが、自分の好みからすれば紅葉や花の写真はいらないのではないかと思う。

・瀬戸正人写真展「アジアの夜明け バンコク 1983」、Place M ミニギャラリー
モノクロ、スクエア。瀬戸さん30歳の頃撮ったものを再プリントしたもののようだ。先入観があるせいかもしれないが、ずっしりとした重みを感じた作品だった。今回は狭いスペースだが、次回は広くなるのでちょっと楽しみだ。

・原七郎写真展「2013」、蒼穹舎
カラー、35mm。たぶんフィルムだと思う。街中のスナップ。不思議な色合いだ。淡いというわけではなく、退色したような沈んだ感じだった。
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by pprivateeye | 2014-02-08 00:50 | Comments(0)

写真表現とはある世界の提示かと思う。

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2月5日(水)

・湯沢英治写真展「REAL BONES G2」、72 Gallery
動物の骨をモノクロで撮影。DMになったコブラなど、背骨と肋骨(?)のパターンが美しい。写真集の中に雄鹿の頭部の写真があるが、長く伸びた2本の角は異様だ。浦沢直樹の「PLUTO」を連想した。大アリクイの口から背骨、尾の先まできれいに曲線を描いているのがいい。

・PHOTOGRAPHER HAL写真展「雜乱」、銀座ニコンサロン
男女2人が真空パックの中に入っているのはこれまでと同じだが、今回は2人の愛する身の回りの物もいっしょに閉じ込められている。以前の浴槽とか、2人だけで真空パックとかよりも生活がいっしょに閉じ込められているので面白く、細かなところまで見てしまう。酒ビンといっしょのカットが2つあったがひとつは日本人で焼酎のビンが、もうひとつは西洋人で洋酒のビンというもの笑ってしまった。太宰治「人間失格」新潮文庫が2つあった。見る順路が示してあり、なぜかと思ったが、終盤、作品のサイズが次第に小さくなっていく。最後にキャプションで、ブラックホールがあらゆる物を引きつけることになぞらえたり、2人と愛する物たちを胎児のメタファのように捉えている。次第に小さくなり、胎児に還るという動きがこの展示なら、いずれその逆の展開――それは誕生、ビッグバンか――も考えられる。

・黑田菜月 展「けはいをひめてる」、Guardian Garden
カラー、6×7もしくはデジタル。力が抜けているが一定の緊張感のある作品だった。少し引いた風景(公園など)がいい。6×7で、それもRZを使って真似てみたいと思った。写真家鈴木理策さんのテキストもよかった。

・ルネ・ブリ写真展、ライカギャラリー東京
モノクロ、35mm。被写体の人物や場所の名前や撮影年、自身のサインが入っているが、この展示のためのプリントだろうな。きれいだけれど完璧なくらいトーンが揃っていて、それがかえって不自然に思えた。葉巻をくわえたチェ・ゲバラの有名な写真はこの人の作品だった。一番よかったのはDMにもなっている、市街電車の向こう側に女性が見える作品だな。

・第7回ノン・ライツRF友の会/新宿西口写真修練会写真展「楽しい写真は世界を救う」、JCIIクラブ25
いつものように好きなレンズで好きなように撮っている。大澤さんは毎回レンズのテイストを味わうような作品だが、絞り開放での撮影の難しさがうかがわれた。谷さんはSONY α7Rに映画用レンズで大伸ばしの作品。タテ位置の写真なのに映画のスクリーンのような印象を受けるのは思いすごしだろうか。

・「――古写真に見る明治の東京――下谷区編」展、JCIIフォトサロン
下谷区は上野界隈。上野公園にも大仏像があったとは知らなかった。その顔は鼻や目が大きく、どこか愛敬がある。建物や風俗を撮ったものは見ていて興味深いが、柳と不忍池といったアート的な写真は案外つまらない。アートをしていても歴史には残らないということか。

テキスト
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by pprivateeye | 2014-02-06 16:18 | Comments(0)

「RUSH / プライドと友情」

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2月1日(土)

先行上映で観る。しかも1日は映画の日で1000円だった。

感想を一言でいえば、映画だった。実話とはいえフィクションであり、F1についてそれなりに知っていると、ん?と思う箇所も出てくる。

一番気になったのは決勝でのグリットの並びだ。ポールポジションと二番手とのスタート位置が車半分も違わない。予選タイム順に左右交互に等間隔で並ぶはずなのに偶数列の車の位置がずいぶんと前にある。これはいかにも素人っぽい。

レーススタート直前に俯瞰するシーン――ニュルブクリンクとか富士とか――はいかにもCGという感じがした。実際問題としてこの一瞬のシーンだけのためにセットを組むというわけにはいかないだろうな。

ニキ・ラウダが事故を起こしたシーンは実写かな。登り勾配から下りになるところで車が浮いており、これはリア・サスペンションの破損が事故の原因と言われていることを暗示している。また、偶然その場面が観客に8mmで撮影されていたというシーンもある。このあたりが実写でなく撮影だとすると、なかなか細かなところを描いていると思う。

6輪のティレル(映画では当時の呼び方のタイレルとなっている)が見られるし、チラッとエンツォ・フェラーリも出てくる。クレイ・レガッツォーニとラウダとのやり取りも面白い。ラウダやハントをはじめとしてその奥さんたちやレガッツォーニなど、俳優が実際の人物とよく似ているのには感心させられた。

少々残念なのはフェラーリとマクラーレンのカラーリングがその当時はよく似ていたので、レースシーンではどちらかわかりにくところだ。しかし、実際そうなのだから仕方がないのだが。

ニキ・ラウダとジェームス・ハントの違いはチャンピオンになるんだという意志の有無だと思う。テニスでも世界No.1になった選手は日頃から自分はNo.1になるんだという考えを持っている。それと同じことがここでも言えそうだ。ラウダはF1でチャンピオンになるという意志で、実際に3度ワールドチャンピオンを獲得している。一方、ハントは自分が一番速いんだということを示したかった。その結果、ワールドチャンピオンは76年の一度だけにとどまったのだと思う。
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by pprivateeye | 2014-02-03 05:40 | 映画 | Comments(0)

「反解釈」

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1月31日(金)

年末に、冬休みの課題図書と宣言し実家にも持って帰り読んでいたのだが、ようやく読み終えることができた。簡単に読み飛ばすのを許さない文章。しっかりとその思考に付き合っていかなくてはならない。そしてそれは不愉快なことではない。

読むのがしんどいと思った人でも最初の二つ「反解釈」と「様式について」、最後の「一つの文化と新しい感性」、それに訳者の解説はぜひ読みたい。

「一つの文化と新しい感性」から抜き書き
・ハロルド・ローゼンバーグが指摘したとおり、現代絵画とは創造活動であると同時に、それ自体批評活動でもあるのだ。
・今日の芸術は新しい道具なのだ。――すなわち、意識を改変し、感性の新しい様式を組み立てるための道具なのだ。
・芸術作品とは、何よりもまず、われわれの意識と感性を変革するものであり、ありとあらゆる観念や感情をはぐくむ腐植土の組成をたとえわずかにもせよ変えるものである。
・感覚や感情や、感性の抽象的な形式ないし様式が、問題なのだ。現代芸術はこういうものと取り組もうとしているのである。現代芸術にとっての基本単位は、観念ではなくて、感覚の分析と拡張とである。(たとえ観念であるとしても、それは感性の形式についての観念である。)
・そして現代芸術のなかでも最も興味ある作品は――その起こりは少なくともフランス象徴派の詩までさかのぼることができる――感覚における冒険を試みたものであり、新しい「感覚の混乱」に根ざしたものである。


メモ:スーザン・ソンタグ『反解釈』
1962~66年頃に書かれた文章
ポスト構造主義の前夜
フランス―5月革命、日本―70年安保
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by pprivateeye | 2014-02-03 04:47 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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