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カテゴリ:映画( 163 )

「美しい写真」

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9月1日(火)

☆「セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター」をBunkamura ル・シネマで観る。1日で、火曜のサービスデだったので通常1800円が1100円となる。
原題:The Salt of the Earth。監督:ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド。
写真家サルガドのドキュメンタリーだが、作品(モノクロ)と実際の映像を交互に淡々と見せている。サルガドの撮影の仕方はあわてることなく、静かに、構図を考えながら、ゆっくりとシャッターを切っていた。何回もシャッターを切るわけではないようだ。特に構図には気を使っているようで、北極熊の場面では「ダメだ。熊の記録を撮っているわけではない。背景に何もない」と言っていた。サルガドの作品はまるで演出したかのような、絵になる場面を撮ったものばかりだが、それは彼の強烈な美意識によるもののようだ。カルティエ=ブレッソンはいい構図になるよう人が通るまで待ったという話があるが、それ以上かもしれない。
近年はデジタル・カメラ(CANON)で撮影しているが、それをA3くらいのサイズにプリントしている。すべてモノクロだ。奥さんが編集を考えるときプリントを壁にマグネットで留めている(畠山直哉さんと同じだ)。ヴィム・ヴェンダースに説明するときも100枚以上のプリントの山から引っ張り出していた。
お父さんの土地は干ばつで荒れてしまっていたが、奥さんが始めた植林によって森が復活したのには驚いた。
世界各地の人間を撮っていたことから、動物などの作品「GENESIS」になったのは必然と言える。撮るものが人間から地球に広がったと言ってもよさそうだ。
原題はマタイ福音書に出てくる「地の塩、世の光」から。


☆「未来をなぞる 写真家・畠山直哉」をイメージフォーラムで観る。前売券。整理券番号はNo.3だった。
監督:畠山容平
今年2月に完成試写会をアーツ千代田で観ている。そのときの感想はここです。
青山ブックセンターでの「気仙川」のトークイベントのシーンでは自分の後ろ頭が写っていた。このトークイベントの模様はこちらです。
気持ちは写らない、しかしその方角は示している(と思う)。
美学の問題。被災地の写真に対して美しいと思うことに対する罪悪感のようなものについて。
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by pprivateeye | 2015-09-07 19:48 | 映画 | Comments(0)

「ウィークエンド・チャンピオン」と「さよなら、人類」

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8月12日(水)

渋谷のイメージフォーラムで「ウィークエンド・チャンピオン ~モンテカルロ1971~」(2013年)を観る。
整理券番号がNo.1だったw
原題:Weekend Of A Champion
プロデュース:ロマン・ポランスキー
監督:フランク・サイモン
1971年のF1モナコGPでのF1ドライバーのジャッキー・ステュアートを追った映画。取材というよりも友人のポランスーといっしょのところを撮影したという感じで、その意味ではプライベートな印象もある。
いい映画だ。正直で正確なドキュメンター映画といってもいい。F1を知っている者なら全然嘘がないのがわかる。現在の二人の対談のシーンを入れたのもよかった。また、ホテルの朝食を摂りながらコーナリングの仕方について解説しているシーンも、ドライバーの感性によるドライビングの言葉も興味深い。「車は静かに走らせるんだ」(だったかなw)。ニキ・ラウダとジェームズ・ハントのバトルを描いた「RUSH」よりも地味だがリアルだ。もっとも後者は事実に基づく創作だから仕方ないが。
ジャッキー・ステュアートがレースの安全性向上を強く主張したのは有名だ。専属ドクターの配置、テールライト、etc. 当時はバリアもなく車がが走っているすぐ側まで人がいることが驚き。
ミラボー~ヘアピン~ボルティエ~トンネルの箇所は40年前には周りにほとんど建物がなかったようだ。
ジャッキー・ステュアートは三回ワールドチャンピオンを獲得しているが、この1971年が二度目となる。通算では27勝をしている。この勝利数はアラン・プロストが1987年ポルトガルGPで28勝を達成するまでなかなか越えられない数字だった。フジTVのF1中継で今宮純が感慨深げに話していた。
ちなみにこの1971年のF1ドライバーは有名なところをあげると、フェラーリがジャッキー・イクスとクレイ・レガッツォーニ、ティレルがジャッキー・ステュアートとフランソワ・セベール(オーナーの若きケン・ティレルも懐かしい)、ロニー・ピーターソンがマーチ、グラハム・ヒルがブラバム、エマーソン・フィッティパルディがロータス、といったところ。
ところで映画のタイトルはなんとかならないものか。これではまるでアマチュアの週末レーサーの話かとも思えるぞ。でも原題通りなんだよなあ。


恵比寿に移動して、「さよなら、人類」(2014年)をYEBISU GARDEN CINEMAで観る。
実は恵比寿ガーデンプレイスに映画館があるのをこの映画の上映館を探していて初めて知った。こちらはほぼ満席と盛況だ。でも座席が比較的大きめだったので混雑感はなかった。
原題:A Pigeon Sat On A Branch Reflecting On Existence
監督:ロイ・アンダーソン
不思議な映画だ。特にストーリーはなく、細かなシーンをつなげただけで、それぞれに特に関連があるわけではない。サムとヨナタンという、全然冴えないセールスコンビが途中から主役のような立場になるが、物語らしきものは二人がドラキュラの歯とか笑い袋といった面白グッズをセールスするがまったく売れないということくらい。
全体に風刺のようにも見え、不条理のようでもあり、カフカの世界を思い浮かべたが、ではどこが似ているのかと言われると説明できない。映像的にも各シーンが固定カメラで、シーンの中での人物の動きも少ない。いや、ほとんどない。動かないことが不自然さを強めている。
一点だけ具体的な名前が出てきた。戦争相手がロシアで、その戦争に負けてしまう。
全体の色使いとかセットの作りとかなどから、東欧の映画かと思っていたら、監督はスウェーデンの人だった。
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by pprivateeye | 2015-08-14 13:13 | 映画 | Comments(0)

ギンレイホールでクリント・イーストウッド

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5月1日(金)
飯田橋のギンレイホールでクリント・イーストウッド特集をオールナイトで観る。同ホールでは“午前0時のフィルム映写会”を月1回催しており、Twitterか何かで流れてきたときにチェックしていたものだ。開演前にホールの人がこの映写会について舞台の上で挨拶したことは懐かしくも新鮮だった。
今回の上映は「ダーティハリー」「許されざる者」「スペースカウボーイ」の3本。

・「ダーティハリー」Dirty Harry(1971年)
イーストウッドのツィードのジャケットがカッコいい。グレーとブラウンの2着。
犯人がいかにも異常者という感じで、絶対に親近感が持てず、その意味でいい演技だと思う。

・「許されざる者」Unforgiven(1992年)
特に過去を問い詰めるシーンはなかった。ジーン・ハックマンの保安官と対決するときに彼が言ったくらいで、彼自身もワルだ。
若いカウボーイが口先ばかり生意気な若者そのものと言う感じで、嫌になる浅はかさがよく出ていた。

・「スペースカウボーイ」Space Cowboys(2000年)
全体にどこかで観たような印象があり、最初は「ライトスタッフ」のパロディ的な作りだからだと思っていたが、実際に公開時に観ていた。そのときソ連の衛星の名前がイコンと知って十字架を思い浮かべたことを思い出した。
“北軍? それとも南軍?”というジョークは定番なのかな。
ホーク役のトミー・リー・ジョーンズはBOSSのCMの人だ。
イーストウッドの奥さん役の女優が年配だがかわいかった。

クリント・イーストウッドは1930年生まれだから今年85歳になる。それでも昨年は問題作となる「アメリカンスナイパー」を撮っている。この映画についての対談が蓮實重彦×青山真治×阿部和重というメンツで行われている「文學界」5月号も購入した。そのなかで蓮實重彦が“日常化された醜悪さ”ということを語っている。それは主に現在の世界の政治的状況についての言葉なのだが、その醜さが体現されたのがこの映画のスナイパーではないかと述べたりしている。
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by pprivateeye | 2015-05-09 01:44 | 映画 | Comments(0)

写真家・畠山直哉を観る。

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2月15日(日)

アーツ千代田3331で「未来をなぞる 写真家・畠山直哉」完成披露上映&トークショーに参加。この映画は東日本大震災後も地元を中心に撮影を続けている畠山さんを追ったものだ。アーツ千代田3331で開催される第二回 3.11 映画祭のプレイベントとして行われた。

畠山さんはこれまで写真には考えや思いは写らないと発言してきた。この映画の中でも同様のことを述べている。しかし続けて、撮った人の考えの方向のようなものが見えるような気がする。見る人もその同じ方向を見てくれたらうれしい、みたいなことも述べている。
少なくとも震災前までは、絶対に考えや思いは写真に写らない、そういうことを言う人は幻でも見ているのかそれともおかしいのか、くらいの発言をしていた。青山ブックセンターで行われた写真集『気仙川』刊行に合わせたトークショーでも同様のことを言っていたが、「しかし」という感じを受けた。特にその後に何か言葉を発したわけではないのだが。
そして今回の映画では上に書いたようなことを話している。その考え方は以前から持っていたが決して言わなかっただけなのか、それとも震災後に考え方が変わってきたのか、その辺りが一番興味深い。

現在も月に一度くらいの割合で震災後を撮影しているとのことだが、作品という感覚はないようだ。映画の中では役所の人から畠山さん自身は当事者ではないと言われていたが、自分から見れば当事者以外の何者でもない。現在進行形で震災を受け止めている畠山さんに今後どのような作品が生まれるのか関心がある。

冒頭のインタビューの場面も重い。地震の報を受けて実家にバイクで向かおうと準備している畠山さんをノルウェーのTV局が偶然取材したものだ。その時点では被害の状況もわかっておらず、畠山さんも6~7時間で着けるのではと話していたが、実際には4日もかかっている。

事務所兼暗室の場面も多くなかなか面白かった。暖房がないためか着膨れした格好で、コダックのロゴ入りのエプロンをつけて暗室作業をしていた。ベタ焼きはきれいにファイリングされており、分厚いノートに作業メモを記入していた。ベタが見える範囲では、撮影は1枚だけで、何回もシャッターを切ることはないようだ。カラーフィルターで何度もワークプリントの色のチェック。プリントの表側の下部には露光データが記入されていた。事務所の白い壁はワークプリントをテープで留めて一覧する場所でもあるようだ。

映画は7月にイメージフォーラムで一般上映の予定。
監督の名前が畠山容平と同姓だが特に縁故というわけでもなく、監督のお父さんが陸前高田市の隣の出身で畠山という姓が多いとのこと。話を聞いていて、師匠を追いかけるY澤さんと同じだなw、という印象を受けた。
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by pprivateeye | 2015-02-17 19:12 | 映画 | Comments(0)

映画の沼に引きずり込まれています。

いま金井美恵子『愉しみはTVの彼方に』と題した映画評論を集めた本を読んでいる。発行は1994年で約20年前の文章だ。ロードショーで上映された映画について触れているのではなく、主に映画史に残るような作品について独特の長い、文章教室的には一つの文をもっと短くまとめましょうと言われるような、しかし流し読みを許さないような言い回しで感想を述べている。最初はそれが抵抗になるのだが読み進めるうちに、乾いた粘っこさとでもいうようなものが楽しくなってくる。ちょっとプルーストに似ている。

ところで次の文章はジャン・ヴィゴ監督『アタランタ号』について書かれたものからの引用だが、その感想というか金井さんの観方が表れた箇所にアンダーラインを引いてみた。長い比喩と言ってもよさそうもので、これがそのまま映画の印象・評価になっている。こんな文章表現ができたらと思う。
ちなみに『ポンヌフの恋人』や『タイタニック』で使われた、舳先で両手を広げるシーンはこの映画が大元らしいと何かで読んだが、肝心の『アタランタ号』を観ていないので何とも言えない。ぜひ観てみたい映画のひとつだ。

・・・・・・教会での式をおえた花婿と花嫁が村の通りを二列に並んだ親族たちの行列と共にアタランタ号がもやっている河岸まで歩く比較的長いシーンがある。ウェディング・ケーキの上に飾られた紙とレースでこしらえた花婿と花嫁のように、ぎこちなく歩く二人の後から続く黒い衣装で盛装した親族たちは、新婚の二人の姿が画面から足早に消えると、まるで葬式の行列のように見えるし、河岸にもやっている艀を見た新妻ディタ・パルロの顔は、親とか乳母にとんでもない不合理な扱いを受けて、泣き出すのがいいか喚き出すほうが効果的か決めかねている小さなわがままな子供のようにしかめっ面になり、新夫が元気よく手を振って別れの挨拶を送ってはしゃいでいるにもかかわらず、記念写真を撮るように行儀良く土手に並んだ新妻の親族たち、じっとしたまま手を振りもしないのだ。



もうひとつ、こちらは思わず笑ってしまった箇所。

・・・・・・『大人は判ってくれない』を初めて見た若い映画評論家が、どの子供がジャン=ピエール・レオーなのかわからなかった、と言ったという話を耳にした時は、そいつをビルの屋上から突き落としてやろうか、と思ったものだった。



愉しみはTVの彼方に―IMITATION OF CINEMA

金井 美恵子 / 中央公論社


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by pprivateeye | 2015-02-13 18:36 | 映画 | Comments(2)

シネマヴェーラ渋谷

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1月は渋谷にあるシネマヴェーラで映画を観た。同じビルの3Fにはユーロスペースが入っており、そこでは何度か映画を観たことがあったが、4Fのシネマヴェーラは初めてだ。性格的には新作のロードショーではなく昔の名作を上映する名画座というところか。通常は2本立てで入れ替えなし。飲食類の持ち込み可。一般1400円だ。昨年末から1月にかけて「映画史上の名作 Vol.12」と題して1920~50年代の作品が日替わりで上映された。1回限りではないとはいえ日替わりなのでチラシのプログラムに首っ引きになってしまった。

1/15(木)
「ドクトル・マブゼ」Dr.Mabuse, der Spieler - Ein Bild der Zeit、1922年、独、白黒、サイレント
  第一部 大賭博師篇 156分、第二部 犯罪地獄篇 116分
  監督・脚本:フリッツ・ラング
  出演:ルドルフ・クライン=ロッゲ(マブゼ)、ベルンハルト・ゲッツケ(フォン・ヴェンク)
第一次大戦後のドイツの状況がわかるのは紙幣を偽造するのにドイツ・マルクではなく米ドルをつくるところ。また協定書を強奪して株式市場の混乱に乗じて儲けるとか、結構現代的なところもある。変装や催眠術を使って賭博でインチキをしたりする第一部のほうがお話としては面白い。第二部では殺人の場面が続いてマブゼに共感しづらくなってくる。


1/23(金)
シネマヴェーラの年間会員になる。年会費1000円。鑑賞料金1400円が1000円に割引。

「疑惑の影」Shadow of a Doubt、1942年、米、108分、白黒
  監督:アルフレッド・ヒッチコック
  出演:ジョゼフ・コットン(チャーリー叔父)、テレサ・ライト(チャーリー)
ヒッチコックお気に入りの傑作サスペンス・スリラーとのことだが、本当に傑作なのかなあ。あまりサスペンスを感じなかった。ヒッチコックは『映画術』の中で理想主義者の殺人者と言っているが、ラスコーリニコフ的な意味合いだろうか。叔父と姪が同じ名前だったり、冒頭でベッドに横になっているシーンなどがシンメトリーを意識していていいということらしいが、これなどはそれだけのためで物語全体からするとどうでもいいことだ。特に名前が同じということで何か行き違いが生じるのかと思っていた。しかしそんなことは全然なく、ただ単に同じというだけの無意味さだった。主人公のジョゼフ・コットンの言葉がときどき下品になるのが、字幕だけかもしれないが気になった。また夫婦がどちらも能天気過ぎて疑うということを一切しない。

「マクベス」Macbeth、1948年、米、107分、カラー
  監督・脚本:オーソン・ウェルズ
  原作:ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」
  出演:オーソン・ウェルズ(マクベス)、ジャネット・ノーラン(妻)、ダン・オハーリー(マクダフ)
舞台劇のようだった。しかもカラーだったとは。これを書くためにチラシを見るまで気付かなかった。それくらいシンプルな作りだった。すべてセットで、それも岩山の城で簡単なものだ。王冠は四角くて、紙のような安っぽいものだった。ここまでくると象徴的な意味が出てきそうだ。セリフもマクベスの心の中、モノローグが半分くらいだろうか。
図らずもこの日観た2本の映画の出演者ジョゼフ・コットンとオーソン・ウェルズは、あの「第三の男」の二人ではないか。


1/27(火)
「ローラ殺人事件」Laura、1944年、米、88分、白黒
  監督:オットー・プレミンジャー
  出演:ジーン・ティアニー(ローラ)、ダナ・アンドリュース(マクファーソン刑事)、クリフトン・ウェッブ(ラ     イデッカー)、ヴィンセント・プライス(シェルビー)、ジュディス・アンダーソン(アン)
推理小説を忠実に映画化したような作品。ジーン・ティアニーはきれいだが、刑事役のダナ・アンドリュースが変にコワモテやクールを装うわけでもなく、淡々とした語りや動きがいい。マクファーソンも含めた5人の愛情の方向が隠れたテーマともいえそうだ。

「面の皮をはげ」Miroir、1947年、仏、92分、白黒
  監督:レイモン・ラミ
  出演:ジャン・ギャバン(リュサック)
かつてアナキストだったリュサックは、いまでは実業家で裏の世界でも実力者となっている。その配下の者の人数が多く、着ている服もフォーマルもしくはダブルのスーツで区別がつきにくかった。結局、上着のポケットに両手を突っ込んでほとんど表情を変えないジャン・ギャバンの印象だけが強く残る。あとは、リュサックの過去を知っている年増の女性歌手(愛人?)が退廃的な雰囲気でよかった。最後の銃撃シーンは話を終わらせるためだけのようにも見える。


1/28(水)
「ナイアガラ」Niagara、1953年、米、89分、カラー
  監督:ヘンリー・ハサウェイ
  出演:マリリン・モンロー(ローズ・ルーミス、妻)、ジョゼフ・コットン(ジョージ・ルーミス、夫)、ジーン・ピー     タース(ポリー・カトラー、妻)、ケイシー・アダムス(レイ・カトラー、夫)
モンロー・ウォークの始まり。マリリン・モンローとジョゼフ・コットンが夫婦という設定には違和感がある。マリリン・モンローに妻という雰囲気が全然ない。最後までの展開を考えると主演はジョゼフ・コットンではなかろうか。全般にセリフが少な目なのがいい。夫婦2組が出ると、2組目の夫は大抵バカに見える。ここではケイシー・アダムスが損な役回りだ。ヒッチコックが監督でもいいと思った。

「赤い河」Red River、1948年、米、127分、白黒
  監督:ハワード・ホークス
  出演:ジョン・ウェイン(トーマス・ダンソン)、モンゴメリー・クリフト(アシュー・ガース)、ウォルター・ブレナ     ン(ナディン・グルート)
ハワード・ホークス、ジョン・ウェインと大物の映画のためよく記事を目にするが、そもそもタイトルにそんなに深い意味はなさそうだ。1万頭近い牛と馬の移動が映画の大半なのにそれ自体を描いたシーンは少ない。荒野を牛が進んでいくシーンは俯瞰でも見たかった。牛が暴走するシーンはよかった。また、多くの牛が町の通りを走るのは意外性があって面白い。もっと迫力を出してもいい。最後のジョン・ウェインとモンゴメリー・クリフトの殴り合いのシーンは予定調和的というのは言い過ぎか。ジョン・ウェインは頑固なだけという印象。リーダーシップが強いというのとはちょっと違うと思う。
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by pprivateeye | 2015-02-05 02:26 | 映画 | Comments(0)

A Thousand Times Good Night

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12月17日(水)

角川シネマ有楽町で「おやすみなさいを言いたくて」を観る。ここは水曜日が割引で¥1,100になる。
  原題:A Thousand Times Good Night
  監督:エーリク・ポッペ
  出演:ジュリエット・ビノシュ(レベッカ、妻)、ニコライ・コスター=ワルドー(夫)
原題はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」にある言葉らしい。直訳すれば、一千回のおやすみなさい。邦題や直訳からもう少しアットホームな雰囲気を持った作品かと思っていたら、結構ビターな内容だった。観る人にとってはシンドイかもしれない。写真家としていかに現実と向かい合うか、ということが写真を撮っている者に語っているようだ。ドラマとしては、心からの笑顔はなかった。世界の現状を知ればハッピーになれない。それは報道写真家だった監督の気持ちだろう。ジュリエット・ビノシュは「ポンヌフの恋人」からいい感じで年齢を重ねた顔になっている。カメラの構え方とか使い方で素人臭いところはなかった。慣れた感じだ。カメラはCanonだけ。ちょっとロゴがはっきりと見え過ぎだと思う。
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by pprivateeye | 2014-12-19 23:18 | 映画 | Comments(0)

ルキノ・ヴィスコンティ監督特集

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12月8日(月)

早稲田松竹でルキノ・ヴィスコンティ監督特集「熊座の淡き星影」「ルートヴィヒ」を観る。観客は明らかに年配の男性が多かった。これまでにヴィスコンティの作品「は「山猫」しか観たことがないのだが、それでもそこそこ観たなかで一番好きな映画だ。今回も「山猫」に劣らずどちらも貴族趣味たっぷりの内容だった。


「熊座の淡き星影」(1965年、イタリア、100分)
  原題:Vaghe stelle dell'orsa
  出演:クラウディア・カルディナーレ(サンドラ)、ジャン・ソレル(ジャンニ、弟)、
     マイケル・クレイグ(アンドリュー、夫)、レンツォ・リッチ(ジラルディーニ、義父)
「山猫」(1963年)の次に撮られた作品。
クラウディア・カルディナーレのいろいろな表情がいい。彫りの深い顔立ちでさらにそれを強調する化粧なので、怒ったときは本当に怖い顔になるが、笑顔になるとかわいくなる。彼女は両親ともイタリア人だが母語はフランス語で、18歳になるまでイタリア語は話せなかったらしい。意外だ。この映画のときは27歳。
ユダヤ人問題(密告)、近親相姦、没落貴族といった題材が底辺に流れたミステリーっぽい展開だ。ラストも最後までは見せていない。


「ルートヴィヒ」(1972年、イタリア or ドイツ?、237分)
  原題:Ludwig
  出演:ヘルムート・バーガー(ルートヴィヒ2世)、ロミー・シュナイダー(オーストリア皇后エリーザベト)、
     トレヴァー・ハワード(リヒャルト・ワーグナー)
邦題は最後がヒになっているが、ルートウィクと聞こえた。
主人公は第4代目のバイエルン国王。祖父のルートヴィヒ1世が映画「歴史は女でつくられる」でも描かれたローラ・モンテスを愛人にしていた。これは史実だし、この映画もほぼ史実のようだ。
ルートヴィヒの変容が渋くていい。19歳で国王になる若い頃はおどおどした感じで生真面目だ。それが、結婚をすると言い出した中盤からは次第に狂気が見え始める。それに合わせて髭が増えていく。最初は口髭だけで、中央はきちんと分かれていた。その後、あご髭を伸ばし、次第に濃くなっていく。精神病云々と噂される頃には頬髭も生えている。
他ではロミー・シュナイダーがよかった。しっかりした大人の女性なのに十代の女の子のようなかわいらしさが感じられた。実際、この映画で大きく飛躍した。
最後、ルートヴィヒの水死の顔がエンドクレジットの終わりまでずっと写っていた。これには、壮大でしつこいくらいの貴族趣味と同様、ヴィスコンティの狂気のようなものを感じる。4時間というのも長すぎる。





  
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by pprivateeye | 2014-12-09 00:37 | 映画 | Comments(0)

「インターステラー」

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12月1日(月)

TOHOシネマズ市川コルトンプラザで「インターステラー」を観る。
ちなみに12月1日は映画の日のため1000円。他の月の1日は映画サービスデーで1100円。

原題:Interstellar
監督:クリストファー・ノーラン
出演:マシュー・マコノヒー(クーパー)、アン・ハサウェイ(アメリア・ブランド)、マーフィー(マーフ) - ジェシカ・チャステイン(マーフィー)、マッケンジー・フォイ(マーフィー、幼年期)、マイケル・ケイン(ブランド教授)

観終わったときの感想、これは良いSF映画だ。特に前半の抑えた展開のところがいい。これまでのSF作品へのオマージュがたっぷり。「2001年宇宙の旅」「スターウォーズ」がその中心にある。海の惑星は「ソラリス」を思い出した。最後のスペースコロニーはアーサー・C・クラークか。
理論物理学者が科学コンサルタントを務めているようだが、ワームホールやブラックホールのくだりはやはり描写的には難しい。誰も実際を見たことがないわけだから、科学的に感じが出ていればというのが限界だ。若干クエスチョンマークが付くところもある。活動用のそれほど大きくない宇宙艇で宇宙空間も重力の大きな惑星の大気圏内も自由に動けたのは変だ。そもそも地球から打ち上げるときは三段ロケットを使っていたのだから。
gravity(重力)ということばが耳についた。映画「ゼロ・グラビティ」の影響か。
米国が月面着陸をしたというのはソ連を経済的に追い詰めるための作り話だった、というのにはニヤリとした。
また、主演のマシュー・マコノヒーがときどきシューマッハに見えた(笑)
ディラン・トマスの詩「Do not go gentle into that good night」が何度も引用されている。エンドクレジットにもその記載があった。日本語では「あのやさしい夜のなかへ静かに」(松田幸雄・訳)。最初の一連は次の通り。
  あのやさしい夜のなかへ静かにはいってゆかないでください。
  老人は日の暮れに燃えあがり怒号するものなのです。
  怒ってください、怒ってください、光の死んでゆくのを。
引用もこの箇所だと思う。
どうかなと思う箇所をひとつ。最後の最後のシーンで星条旗が見えるのが気になった。振り返ってみると、地球が飢饉に襲われ人類の先行きが怪しいという状況なのに米国のことしか出てこない。地球=米国という省略のやり方はまずいのではないか。
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by pprivateeye | 2014-12-02 02:51 | 映画 | Comments(0)

中野~新宿、夜は映画

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11月28日(金)

・土田ヒロミ写真展「砂を数える Counting Grains of Sand」、ギャラリー冬青
81年頃が充実していたようだ。人のみっちり感がいい。豊島園と大磯は定点観測のように撮影。人物は大抵無表情だ。笑顔などが見えないほうがいろいろ考えさせられていい。
師匠の新しい写真集『prana』を発見。今回の表紙はグレーだ。体裁は『da.gasita』と同じ。帰ろうかなと思っていたところへ写真仲間のA河さんがやってきた。

・中澤仁写真展「時空の記憶」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーA
フォトコンテストをメインにしてきた人のようだ。一点一点、目を引くような面白さはあるが、作家性というか思想というか、面白さ以上のものは希薄に感じた。プリントはマット系の紙のためインクが吸い込まれているようで全体にノッペリしていて残念。

・髙田昭雄写真展「よみがえれ千枚田 ―岡山 上山郷―」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーB
中国南部の千枚田の写真を見た経験からすると貧弱に見えてしようがなかった。ここを蘇えらせようという若い人たちは普段何をしているのだろうか。ここに住み着いたとは思えなかった。一種のイベントのようだった。
ただ、作者は40年近くも撮影を続けており、定点で撮られた2点の写真はよかった。

・髙木忠智写真展「諫早 ~haha naru umi~」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーC
諫早の水門をテーマに撮影したドキュメント。ニュースでわずかに知る程度だが、水門を開けるか閉めるかは漁業か農業かの問題だと理解している。副題にあるように作者は海を戻したいという立場のようだ。ドキュメント写真が苦手なのはあるいは面倒なのは、こういった問題をまったく避けて通れないことだ。

・斎藤純彦写真展「Milestones」、新宿ニコンサロン
以前にニコンのポートフォリオレビューで作品を見たことがある人だった。先方のほうがこちらの顔を覚えていて先に挨拶されてしまった。金村修WSに参加している人で一目でそれとわかる、モノクロで6×7の作品だ。それとわかるが作品はよかった。特に、マトリックスに展示された奥の壁がいい。ほぼ順光で水平に撮られている。東京郊外の近距離の風景。金村作品のような雑然感は低い。みっちり、きっちり撮られているためだろうか、46点の展示だがそれ以上に思えた。金村さん、小松浩子さん、タカザワケンジさんといっしょになる。


(FBから転載、修正、追記)
午前0時の映画祭(USTREAM)で「素晴らしき哉、人生!」(1946年、アメリカ)を観る。
原題:It's a Wonderful Life
監督・製作:フランク・キャプラ
出演:ジェームズ・ステュアート(ジョージ・ベイリー)、ドナ・リード(妻、メアリ)、ライオネル・バリモア(ヘンリー・ポッター)、トーマス・ミッチェル(ジョージの叔父、ビリー・ベイリー)、ヘンリー・トラヴァース(クラレンス)
アメリカの映画学生は必ずこの映画を見せられるらしい。ピューリタン精神を反映したような、人生を肯定的に描いた作品だ。ジェームズ・スチュアートは適役だ。
この映画の評で思わず頷いたのは、これは「お話」である、と述べたものだった。長い評だったが最初のこの言葉で大いに納得させられた。
よく映画を観終わった後は、他の人はどう思ったのか知りたくてネットでレビューを読んだりする。そのとき、点数の低いレビューを主に読んでいる。というのは自分とは違う感想はどんなものだろうかと思うからだ。しかしそれらを読むとガッカリさせられることが多い。きちんと映画を観ていなかったり、現在の視点で古い映画を判断したり、自分の狭い経験からしか観ていないような評がほとんどだ。ネガティブな評価でもしっかりとしたものならなるほどと思えるのだが、そうでないとレビューなんかだと読むものじゃないと思ったりする。
じゃ読むなよと言われそうだが、観た映画については話をしたくなってしまう。
だから、映画に限らず写真展や読んだ本について自分が書くのは評ではなく感想だと思っている。よくものが見えている人にとってはその感想ですらまだまだだねというレベルかもしれないが、幸か不幸かその意見は自分のところに届くことはない。
ところで、版権が切れてパプリックドメインとなった映画をUSTREAMで放映してきた「午前0時の映画祭」はこれで終了とのこと。古典・名作といわれるものが観られて、楽しみとともに勉強にもなっていただけに残念だ。
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by pprivateeye | 2014-12-02 02:09 | 映画 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


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