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カテゴリ:映画( 163 )

ヒッチコック/トリュフォー


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2017年11月16日(木)

早稲田松竹でアルフレッド・ヒッチコック特集。今年の初めに公開された「ヒッチコック/トリュフォー」と抱き合わせの形で、「裏窓」「ダイヤルMを廻せ!」「見知らぬ乗客」がそれぞれ日を変えて上映された。「ヒッチコック/トリュフォー」は公開時に観ており、「裏窓」も数回観ている。後の2作品はまだだったが、この日は「見知らぬ乗客」を観ることができた。原作は「太陽がいっぱい」や「キャロル」のパトリシア・ハイスミス。列車に乗り合わせた人物から交換殺人を持ちかけられるというもの。ヒッチコックの作品にしては意外と登場人物に感情移入できた。持ちかけられた人物がテニス・プレイヤーで相手の思うようにならないでくれ、と思っていた。テニスの試合のシーンもきちんとしたものだった。「ヒッチコック/トリュフォー」はトリュフォーがヒッチコックにインタビューした本『映画術』に基づいたもので、そのときのフィルムとか現代の映画監督へのインタビューなどで構成されている。ヒッチコックを大いにリスペクトしたものだ。





  




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by pprivateeye | 2017-11-28 22:56 | 映画 | Comments(0)

シネマヴェーラ渋谷でキートンとマルクス兄弟

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2017年10月4日(水)

新宿でモノクロ写真の展示を見た後、渋谷へ。久しぶりにシネマヴェーラ渋谷で映画を観る。ここでもモノクロだったw
・バスター・キートンの「海底王キートン」+「キートンの警官騒動」
・マルクス兄弟の「我輩はカモである」

喜劇王の冠はチャップリンにつけられるが、キートンを観たあとではチャップリンの喜劇は甘ったるく感じてしまう。キートンのナンセンスな笑いはいつも新鮮だ。

マルクス兄弟の名前は大昔に筒井康隆のエッセイで知った。名前は知ったものの作品を目にする機会はほとんどなかったのだが、実際に観てみるとそのスラップスティックな笑いは破壊的だった。特にハーポ・マルクスは狂気を感じる。あのズボンにはいったいどれだけの道具が隠されているのだろう。あのハサミの切れ味w

シネマヴェーラ渋谷や神保町シアターといった名画座が作成しているチラシは特集のスケジュールがわかるだけでなく、映画の資料としても重宝している(上の写真ね)。保存版だよ。


何度見ても楽しい鏡のシーン


それをオマージュしたドリフターズ






  




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by pprivateeye | 2017-10-07 00:47 | 映画 | Comments(0)

早稲田松竹でGodard

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2017年6月6日(火)

早稲田松竹でジャン=リュック・ゴダール監督の「はなればなれに」(1964)と「女は女である」(1961)を観る。前者は二回目かな。どちらも二人の男性が一人の女性を巡る話で、主演女優はともにアンナ・カリーナ。二作品ともどこか喜劇的な要素が含まれている。
「はなればなれに」ではアンナ・カリーナが自転車に乗っているところを俯瞰で捉えたシーンがいい。彼女は曲がり角に来る度に手を出して曲がる方向を合図している。一番面白いのはカフェでのシーンだな。席についているときに誰かが用事で立つと並びを変えたり、突然ダンスを始めたりする。上のポスターがそのシーン。
「女は女である」のジャン=ポール・ベルモンドが意外とヤサ男だった。アンナ・カリーナはジャン=クロード・ブリアリといっしょに住んでいるのだが、ケンカをして口をきかずに本の題名を示すことで言いたいことを言ったり、ベッドに入る度に足裏の埃を払うシーンなどは何度か現われて面白かった。バーのカウンターで後ろ姿の女性が振り向くとそれがジャンヌ・モローで、ベルモンドが「ジュールとジムはどうしたんだ?」と言う場面では思わずニコッとしてしまった。「ジュールとジム」はフランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」の原題で、やはり男性二人と女性一人の話。ジャンヌ・モローがその女性だ。こういった楽屋落ち的な話が他にもいくつかあって愉快愉快。
ちなみにトリュフォーの作品では「突然炎のごとく」が一番好きで、ジャンヌ・モローがお気に入り。以前にも書いたりしているが、彼女にスタンダールの小説「パルムの僧院」に出てくるサンゼヴェリナ公爵夫人を演じてもらいたかった。何度も読んだ「パルムの僧院」では、青二才の主人公ファブリス・デル・ドンゴなんかよりもサンセヴェリナ公爵夫人のほうが断然いい。





  



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by pprivateeye | 2017-06-12 21:01 | 映画 | Comments(0)

「Don't Blink ロバート・フランクの写した時代」

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2017年5月26日(金)

ようやくBunkamuraル・シネマで「Don't Blink ロバート・フランクの写した時代」を観る。タイトルの「Don't Blink」はロバート・フランクがアドバイスに「目をしっかりと開けておけ。瞬きするなよ」と答えたことから来ている。映画自体は確かにドキュメンタリーだがそれはフランク自身についてであり、日本語の副題は的が外れている。感想を一言で言えば、ロバート・フランクの写真のような映画だった、というもの。ロビーには映画評が張り出されているがその中で写真家の石川竜一がやはり「記録的で、詩的で、写真のような映画だった。」と述べている。ドキュメンタリーとは言いながらも各カットやシーンは短く、前後との関連も薄く、次々と変わっていき、それは写真集をパラパラと行き来しながら何度も見ている感覚に似ている。そんな中でもロバート・フランクは二人の子供を亡くし、離婚もしており、一時は「The Americans」の著作権も奪われてしまうなど、波乱一杯の人生を過ごしていることが描かれている。実は映画を観ながら何度も白岡さんのことを思い浮かべていた。白岡さんは整理整頓がきちんとしていたが、フランクは物をため込んで写真も整理されているとは思えなかった。それでも写真の扱い方は似ており、何よりも二人とも写真が好きだというのがよく伝わってきた。








  




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by pprivateeye | 2017-05-28 08:47 | 映画 | Comments(0)

「乱 4K」

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2017年4月14日(金)

YEBISU GARDEN CINEMAで黒澤明監督「乱 4K」(1985年)を観る。タイトルにあるように4Kデジタル修復されたものだ。
この映画の中心は当然
シェイクスピア「リア王」であり、
秀虎役の仲代達矢と狂阿弥役のピーターがそのストーリーの真ん中にいる。他に重要な役は楓の方の原田美枝子かな。
秀虎が息子たちに裏切られ城に火をかけられてから狂気と正気を行ったり来たりするところは仲代達矢だからこそだ。アップでも引きでもその存在感を見せている。
狂阿弥役のピーターは一人色黒でおかしなことばかり言って、あれは何だ余計だというレビューをいくつか目にするが、それこそがこの映画の世界の異常さを表わしている。異常ばかりでは正常が何かわからない。狂阿弥役がおどけながら、あるいは狂言風に言っていることはすべて真実なのだが、それを理解している者は周りにはいないように思えた。
クローズアップの頻度などでその場面や役の重要さが測れるが、長男太郎(寺尾聡)はほとんど印象に残らないし、その印象の薄さが役柄(演技)となっている。次郎(根津甚八)も最初は父親秀虎をどうするかと腹心たちと相談する場面などでクローズアップで捉えられるものの、楓の方(原田)が本性を表わしてからは背後からのショットが多くなった。
楓の方が次郎の正室の末の方(宮崎美子)をどうするのかと迫る場面ではカメラは絶対に次郎の表情を映そうとしない。ちなみに宮崎美子がクローズアップで捉えられることはまったくなかった。三郎(隆大介)は「リア王」では三女コーディリアに相当するが、この映画ではさほど重きが置かれていない。
一方で、楓の方は地味な登場の仕方をするが次第にその本性を露わにしてくる。そこには秀虎に攻め滅ぼされた一族の生き残りという背景がある。これは浅井長政の三姉妹のあり得たかもしれない生き方だと思う。三姉妹の母は織田信長の妹お市であり、姉妹は豊臣秀吉や徳川秀忠に嫁いでいる。浅井長政自身も信長に滅ぼされており、三姉妹の誰かが楓の方のように振る舞ったとしてもおかしくない。このことに触れた評はまだ目にしていない。
このような見方をしてくると、合戦のスケールがすごいとかの感想をよく見るが、それは付け足しのようにしか思えなくなってくる。実際には、多くの馬が走っている中で落馬するという演技はものすごく危険だ。それが何回も何人もがやっているわけだが、物語の展開から考えると合戦が必ずしも必要とは思えなかった。城攻めのシーンでは秀虎が狂うためにだけ必要としか考えられないでもない。このあたりもう少し切り詰めていけば親子の裏切りと愛情という関係が濃くなったのではないか。ただし、超大作というわけにはいかないかもしれないが。



  



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by pprivateeye | 2017-04-19 00:49 | 映画 | Comments(0)

「アメリ」<午前十時の映画祭8>

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2017年4月13日(木)

TOHOシネマズ市川コルトンプラザで「アメリ」を観る。午前十時の映画祭8。実はこの映画を観ようかどうしようか迷っていたのだが、午前十時の映画祭に入っているということで観ることにした。感想、よかった、面白かった、いい映画だった。監督が「エイリアン4」を撮ったジャン=ピエール・ジュネで、2001年に公開されフランスに限らず日本でもブームになった、ということはまったく関係なしに楽しめたし、意外に深みのある内容だった。なによりもテンポがよく、色もヴィヴィッドで、人間関係がメインというフランス映画そのものという印象。ビデオやTVのシーンがいくつも出てきて、わかる人にはわかるという感じだ。トリュフォー「突然炎のごとく」のジャンヌ・モローたちが橋を駆けているシーンに気付いたときは、おッと思った。ツール・ド・フランスで馬が選手たちといっしょに走っているTVのシーンもあれば、隣のアパートメントの老人が模写している絵画はルノワール「舟遊びをする人びとの昼食」だ。先行する作品へのオマージュやパロディが随所にみられた。極めつけは最後のシーンだ。恋が実ってアメリが彼のバイクの後ろに乗って街中を走る場面は「ローマの休日」そのもの。主人公たちの笑顔がそのまま観ているものに移ってしまう。





  



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by pprivateeye | 2017-04-18 19:34 | 映画 | Comments(0)

早稲田松竹でヴィスコンティ

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2017年4月12日(水)

早稲田松竹でヴィスコンティ監督の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(1942年)と「揺れる大地」(1948年)を観る。前者は1月に新宿武蔵野館で観て二度目だ。ともにモノクロで、ネオレアリズモの作品に数えられている。他にはロッセリーニやデ・シーカの名前がよくあがる。
たまたまBookoffで見つけた『ヴィスコンティ 壮麗なる虚無のイマージュ』(若菜薫、鳥影社)の分析が興味深い。主題、物語、映像話法、映像主題といった切り口で各作品を分析している。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」については後ろ姿の表現性ということを述べている。映画の冒頭、主人公ジーノがトラックの荷台から降りて食堂に入っていくまで主人公の顔が映ることはない。また、大道芸人スパーニャがジーノを旅に誘いに来たが果たせず去っていくときにもその後ろ姿がしっかりと描かれている。こういった細かな箇所というのはよほど映画慣れしていないと見逃してしまうものだ。それについて書かれたものを読み、再度観るときにはストーリーはわかっているのでより細部に入っていける。映画は二度観よ、ってかw
「揺れる大地」は初めて観る作品だ。一言でいえば、漁師が搾取から逃れようとしたが失敗する、という話になる。ヴィスコンティの大きなテーマとして家族の崩壊があるが、それが苦い気持ちとともに描かれている。主人公の漁師ウントーニは独立に失敗して再び仲買人に雇われる。その際、激しい嘲笑をあびるが一切表情は変えず何もしゃべらない。それは屈辱からではなく、信念を持ち誇りを失っていないからだ。先にあげた書籍では、そこには「山猫」のサリーナ公爵と同じ精神的貴族を読み取っている。



  

   



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by pprivateeye | 2017-04-17 23:59 | 映画 | Comments(0)

『言語ジャック』と「家族の肖像」

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2017年3月17日(金)

昨年、四元康祐という現代詩の詩人を知った。詩集『言語ジャック』に「名詞で読む世界の名詩」という作品がある。こんなふうに始まる。
秋 夜 彼方 小石 河原 陽 珪石 個体 粉末 音 蝶 影 河床 水
(中原中也「ひとつのメルヘン」)

蠅 時 部屋 静けさ 空 嵐 目 涙 息 攻撃 王 形見 遺言 部分 署名 羽音 光 窓
(エミリー・ディキンソン「蠅がうなるのが聞こえた――わたしが死ぬ時」亀井俊介訳)

心象 はがね あけび つる くも のばら やぶ 腐植 湿地 諂曲模様 正午 管楽 琥珀 かけら いかり にがさ 青さ 四月 気層 ひかり 底 唾 はぎしり おれ ひとり 修羅 風景 なみだ 雪 眼路 天 海 聖瑠璃 風 Zypressen 春 いちれつ 光素 脚並 天山 雪 綾 かげろう 波 偏光 まこと ことば 王髄 日輪 樹林 交響 碗 魯木 群落 枝 二重 喪神 森 梢 ひのき 草地 黄金 かたち けら 農夫 気圏 かなしみ 青ぞら つち 肺 みじん いちょう 火ばな
(宮沢賢治「春と修羅」)

あれ 何 永遠 太陽 海 見張り番 魂 夜 昼 世間 評判 方向 己れ 自由 サテン 燠 お前 義務 間 望み 徳 復活 祈り 忍耐 学問 責め苦 必定
(アルチュール・ランボー「永遠」宇佐見斉訳)

・・・・・・
この詩はこんな調子で28人の詩の名詞だけが引用されている。文節はなくても使われている名詞を見るだけでその詩の世界が浮かび上がってくるようだ。谷川俊太郎とは異なった形で言葉に関わっていることが面白くて気持ちがいい。

この詩集を思潮社のサイトで注文したのだがついでだし直接買いに行こうと思った。が、所在地の番地を間違えてしまい、東西線神楽坂駅で降りてしまった。一度はあるビルに入ったのだがそれらしき会社の気配がない。改めて検索したら番地は1-17ではなく1-7だった。そしてそこは凸版印刷の側だった。その近くでまたウロウロしていたら声をかけてくる男性がいて、それが思潮社の人だった。約束の時間に来ないのでわざわざ路上まで出てこられたようだ。さらに支払いのときには消費税までサービスしてもらった。たぶんおつりが面倒だったのだと思う。ちらっと見えた室内は本の山で外にまであふれそうで、なんかいい感じのする空間だった。

せっかくなので向かいの凸版印刷の印刷博物館を見学する。1Fの入場無料の展示だけ見る。凸版文久体という新しい書体を作る過程が展示されていた。ブックデザイナーの祖父江慎の校正とかも見られて面白かった。で、完成した書体が上の写真。凸版文久見出しゴシックEBというもの。

このあと神保町の岩波ホールへ。ヴィスコンティ「家族の肖像」を観る。始まった回の次の時間だったので整理券番号は№1だった。実はこの映画館は初めてだ。ちょっと料金が高い、というか割引率が小さい。ヴィスコンティは「山猫」を観て以来のファンだ。どちらもバート・ランカスターが主演を務めているが、印象は対照的だった。「山猫」での公爵は没落していく貴族階級の中でも背筋を伸ばしているが、「家族の肖像」での教授は世間からドロップアウトして自分だけの狭い世界に生きている。その教授に父と息子、そして同性愛的な関係をうかがわせた青年がヘルムート・バーガーで、最初はガサツな人物に思えたのが次第にその知性と危ない政治思想を見せてきて、教授との関係が強くなっていく。いいなあと思っていたら、この人は「ルートヴィヒ」を演じた人だった。しかもヴィスコンティはトーマス・マン「魔の山」の映画化も企画しており、その主役ハンス・カストルプにヘルムート・バーガーを予定したという記事を読んで、観たい!と思ったのだった。





  


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by pprivateeye | 2017-03-21 01:53 | 映画 | Comments(0)

初K's cinema

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2017年2月7日(火)

新宿三丁目にある航海屋というラーメン屋さんに行く。FBにあがっていた写真を見て感想を述べたら、ぜひ召し上がってくださいとの返事があったので、Google Mapに店の名前を入れただけで検索して行ってみた。なんだ以前一度来たことがあるところじゃない。迷ったけどチャーシューメンを注文。スープはすっきりしていていい感じだが、肝心のチャーシューが薄くて物足りなかった。麺はややもっちりした感じ。

腹ごなしをしてから、初のK's cinemaへ。ここでもGoogle Mapにお世話になる。ビックロ裏の甲州街道寄りの飲食店などの多い界隈で、それなりに歩いたことのある場所だがすぐには見つからず。ここだよなあと上を見上げたらグレーのロゴが見えた。今回はデヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」が目当て。整理券方式で、4番目だった。

開演まで時間があるので、腕時計のベルト交換に紀伊國屋書店向かいのWATCH館へ行く。家でベルトが外れてしまい、どうしても一コマ見つからないのでやむなく新しいものにするのだが、メタルで22mmってほとんど選択肢がない。少し待って会計。で、このとき初めてこのWATCH館がLAOXになっていることに気付いた。以前はさくらやで、その後BICカメラだったのに。

さて、「ジギー・スターダスト」は15:00から上映。観客は20人くらいかな。左右前後の席に人がいなくてゆっくりと観れた。
映画は1973年7月3日、ロンドンのハマースミス・オデオンでのツアー最終公演の模様を撮影したもの。このコンサートでボウイは自身のバンドを解散させる。グラム・ロックを葬り去った、と言われているらしい。というのは、そもそもデヴィッド・ボウイの熱心なファンではないので、そのあたりの事情には疎い。実はビッグネームだがどうしても好みにはならなかった人が数名いる。デヴィッド・ボウイもそうだが、プリンス、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ブルース・スプリングスティーンらがそうだ。グラム・ロックといえばT・Rexのほうが印象が強いが、ベスト・アルバムを1枚持っているくらいだ。ボウイは随分後に買った「ジギー・スターダスト The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」だけ持っている。
劇場公開は18年ぶりとのことで、今回は全曲に歌詞の字幕が入っている。しかし、知っている曲がないので申し訳ないがワクワクすることはなかった。ファンではないのでステージよりも楽屋や開場前の外の状況のほうが興味深い。ハマースミス・オデオンにはマイルス・デイヴィスも出てたな、そのブートレグも持っているはずだぞ、などと思いながら見ていた。
でもデヴィッド・ボウイには関心があるので、ドキュメンタリー映画の「デヴィッド・ボウイ・イズ」は観たし、K's cinemaのロビーには「戦場のメリークリスマス」のスチール写真や、いろいろなポスターなどが掲示されていて楽しく見ていた。この上の写真もそうだ。撮影は鋤田正義さんじゃなかったかな。






  
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by pprivateeye | 2017-02-09 00:27 | 映画 | Comments(0)

毎月1日は映画ファンサービスデー@早稲田松竹

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2017年2月1日(水)

毎月1日は映画ファンサービスデーで大抵の映画館は割引になる。早稲田松竹は通常1300円が800円に。ということもあるのか、上映作品がいいのか、ほぼ満席に近い状態だった。2本立てなので、その2本目が終わったときにはロビーから外まで次回待ちの行列ができていた。

・「ハドソン川の奇跡」(2016年、米国)
原題:Sully
監督・製作:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート
ニューヨークには一度しか行ったことがないが強い印象が残っている。しかもそのときは寒波のせいでイーストリバーだけでなくハドソン川も凍っていた。まだツインタワーが健在のときだ。
そして、旅客機がハドソン川に不時着したというニュースも見ている。
今回の映画はその実話に基づいたものだが、一番良かったのはトム・ハンクスの表情だった。全員の命を救い英雄になったときも、国家運輸安全委員会から嫌疑をかけられたときも、いつも笑顔は見られなかった。当然といえばそれまでだが、苦笑いすらなく、そのことが映画全体の緊張感を保っていたように思う。飛行機の操縦を習っている若い頃の回想のシーンでは、教官からいつも笑顔でいることだと言われているだけに、現在の無表情に近い厳しい表情が際立つ。最後の最後に一瞬だけようやく笑った横顔が見られる。
イーストウッド、このとき86歳だって。スゴイ!

・「イレブン・ミニッツ」(2015年、ポーランド)
原題:11 Minutes
監督・製作・脚本:イエジー・スコリモフスキ
ある都会の中で別々9つのストーリーが進んでいき、最後、11分後に一つになる。バラバラのものが最後にまとまった形になるという構成は、たぶんこれまでにも小説を始めいろいろと作品はあったと思う。この映画が新しいのはいろんな視点を取り入れていることだろう。スマホのカメラ、監視カメラ、CG、ローアングル(犬の目線が面白い)、俯瞰、スローモーション、etc. そして別々のストーリー自体もシリアスな内容となっており、そのこと自体には説明は一切ない。バイクや飛行機の爆音、救急車のサイレンなど都会のノイズとも併せて緊張感のある展開となっている。
全然知らない監督で、11分間の物語という以外に前知識はなかったが、なかなか楽しませてくれる内容だ。
最後の、監視カメラの画像のシーン、カメラがどんどん引いていき画像はどんどん増えていき、ついには砂嵐(TVのノイズ)となってしまうのは、現代の都市の怖さを垣間見せているようだ。





   
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by pprivateeye | 2017-02-02 00:46 | 映画 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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