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写真を見ても道を歩いても、上がったり下がったり。

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2017年3月18日(土)

・飯田鉄写真展「草のオルガン」、ニエプス
このDMを最初見たとき、えっカラーか、と思ったが、展示を見て安心した。モノクロと同様、濃い影が印象的なプリントだった。写っているものは古い住宅や建築物で、一見昔に撮られた写真のようにも思えるのだが、すべてデジタルでそれも7種類くらいのカメラを使用しているとのこと。

・広瀬耕平写真展「土を織る」、TOTEM POLE
不思議な写真だった。白く光っている小さなものは雪のように見えたが、写真は干潟を撮影したもので、陽射しの反射や貝殻とのこと。そして暗い背景に木々の細かな枝のように見えていたのは和紙の繊維だった。フィルムのベースが和紙とのこと。これには驚いた。実際にネガを見せてもらったが、裏が白くて紙だというのがよくわかった。これだと今回の作品のように抽象的なイメージしか適さないかなと思ったが、4×5を見ると普通の風景でも違和感なく見ることができた。

・二人展 溝口剛「つむつくくむ」・長谷川操「闇は闇でない」、ゑいじう
ふたりともモノクロの作品。やはり喫茶店などでの展示は苦手だ。

・増田祐子写真展「その1%のために」、CALOTYPE
このDMから、また家族写真かと思っていたが間違いだった。Fujiの645で撮られたモノクロの写真は、コントラストがありながらシャキッとした感じよりも柔らかイメージで、不思議な印象だった。海辺とか公園よりも街中のスナップが圧倒的によかった。ちなみに、645のカメラは普通に構えて撮ると画面は縦位置になる。この展示はすべて縦だった。




   



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by pprivateeye | 2017-03-22 02:43 | Comments(0)

写真って、気持ちが出るよね。

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2017年3月11日(土)

・「ROCK YOU展」、CALOTYPE、ニエプス
LPレコードのジャケットに写真を貼った展示。二つのギャラリーで展示されていたが、合わせて見るとニエプスに展示されていた田中長徳さんの2枚の写真が一番好きだな。ところで実はこの展示はあまり気分のいいものではなかった。写真とレコードジャケットの組み合わせというけれど、ジャケットは単に写真の台紙としての意味合いしかなかった。レコード盤の中央の写真も新しく貼られたものだが、レコード自体はそのまま聴くことができる。なかにはジャケットの天地さかさまのまま写真が貼られたものもあるなど、レコードに対するリスペクトが感じられなかったのが残念だ。その意味も含めて成功していそうなのはニエプスに展示されていた元田敬三さんの作品だ。写真がツッパリ連中(?)を取り押さえるもので、レコードが若い頃の石原裕次郎だった。

・梁爽(リョウ ソウ)写真展「東・北/East・North」、TOTEM POLE
東京と北京でのモノクロ・ッスナップ。上下二段の展示で、上が東京、下が北京という『組み合わせだったが、どちらもほとんど違いはなかった。東京と北京、どちらも好きだという作者の気持ちが感じられる。

・張凱翔(Ken Chang)写真展「東京サーカス」、Place M
街中のモノクロ・スナップ。六つ切りの展示で点数が多かったが楽しく見ることができた。写っているものとか撮り方が特に面白いというわけではないのだが、全体として作者のユーモアが伝わってくる、嫌みのない写真だった。

・田口昇写真展「コクーン」、RED Photo Gallery
作者の子供が生まれ、その姿を10日ごとくらいに撮影。生後すぐから99日目のお食い初めまでを等身大のプリントで展示したもの。言ってみれば親バカということになるのだろうが、それ以上に見ていて微笑ましい感じがよかった。演出的なものといえば、赤ん坊の着ているものが全部違っていたことか。

・小川康博写真展「Cascade」、蒼穹舎
昨年亡くなった作者の母親の遺品の中に8mmフィルムを見つけ、それを映写したものを撮影。それ以前に撮影していた花の写真と合わせて展示。家族(子供の頃の作者もいる)の映像にもかかわらず、第三者的な記録が感じられていい。その一方で、映写したときのスクリーンの関係で写真が暖色系の色味となって、母親の死という悲しみをやわらげているようだ。





   

 
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by pprivateeye | 2017-03-21 00:39 | Comments(0)

深川~本所~小伝馬町って、まるで時代劇だ。


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2017年3月10日(金)

・「ANDO COLLECTION」、ANDO GALLERY
現代アートのギャラリーなので写真の展示があるときには覗いたりしている。今回はギャラリーのコレクション展で、リカルダ・ロッガンという写真家の作品が展示されていた。この作品は以前にここで見たことがあるものだった。ヨーロッパの著名人の遺品をごく普通に撮影しているものと、人の手が加えられた洞窟の大きな作品だった。他にペインティングでショナ・トレスコットという人の作品がよかった。長辺が20cmにも満たないような小さなアルミ板に描かれた風景が抽象っぽいのだがゴッホやルオーを連想させた。たまたまギャラリーの人の解説を聞くことができて、この作家は若いけれど描く力を持った人だそうだ。この「描く力」という言葉が新鮮だった。

・峰崎野人写真展「Parrhesia #008 居所」、TAP Gallery
このギャラリーに来るのもずいぶん久しぶりのような気がする。村越さんや野尻さんがメンバーから抜けて自然と足が遠のいていたのだが、今回見た峰崎さんは先の両者とはまた異なったモノクロ・プリントだった。埼玉の田舎の風景だがややコントラストの高いプリントで、これもまたきれいだった。三人を比べると一番自分のプリントに近いようなきがした。

・鈴木麻弓写真展「THE RESTORATION WILL」、Reminders Photography Stronghold Gallery
作者の両親は2011年の津波で亡くなり、そのレクイエムのような作品だ。手製本の写真集プロジェクトの一環としての展示。津波の後で拾った父の4×5のレンズで撮影された写真は暗くぼんやりとしている。キャプションには「亡くなった人たちが見ているような景色」とあり、最初は写真に写っている人たちを亡くなった人になぞらえていると勘違いしていた。実はその逆で、亡くなった人が現在を見ている視線だった。そう理解することで悲しみはずっと続いているのだなと感じた。

・矢嶋英久写真展「ひかる森」、Roonee 247 Fine arts
ルーニーが日本橋小伝馬町に引越してから初めての訪問。矢嶋さんの作品はルーニイのサイトでDMの写真を見て行こうと思った。彩度を少し上げ気味で手を加えたプリントが面白そうだと思ったのだが、それはこの写真だけだった。全体的には色の乏しい里山の中の風景だ。10年間撮影しているとのことなのでセレクトによってまた違った印象になったのではないだろうか。

・圓谷真唯写真展「此処彼処」、Roonee 247 Fine arts
4月にルーニイで展示を控えており、その予備的な展示が店舗側の壁にされていた。身の回りをカラーで撮影したもので、以前にニエプスの二人展でその作品を見たことがあった。

展示の後、オーナーの篠原さんの話を聞いた。販売されている写真集の中に築地仁さんの新しい写真集があった。3年くらい前にDAZLLEで築地さんが予約を取っていたので、やっとこれ出たんですねと言ったら、そうなんですよ、みんな心配してました。直接築地さんに聞くと叱られそうだし、ヤキモキしてました。なんて答えが返ってきて笑ってしまった。





   

  
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by pprivateeye | 2017-03-21 00:00 | Comments(0)

模型かもしれない\(^o^)/

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2017年3月1日(水)

・上瀧由布子写真展「糸遊」、銀座ニコンサロン
モノクロの日常スナップなのだが、不思議な印象を受ける。糸遊とはクモの糸が空中に漂っていてゆらゆらと光って見えることをいうらしい。作者はそこにある種の希望のようなものを感じているようだが、作品はその逆でどちらかといえばネガティブな感情を感じる。

・大橋英児写真展「Existence of」、ZEN FOTO GALLERY
飲料水の自動販売機を撮影。カラー作品。これまでの作品とか写真集にまとめられたものを見ると、写真展の展示は割合タイポグラフィーっぽいセレクトなんだと思った。テキストの中に笠地蔵という言葉があり、自販機を擬人化したような作品も多かった。雪の中に埋もれている自販機とか、広い荒地のようなところにポツンと置かれたものを見ると、彼らも頑張っているんだなあと変な感情も湧いてくる。

・築地仁写真展「写真像」、タカ・イシイギャラリーP/F
1984年に発表された作品集からの展示。モノクロのスクエア。都市の中のモノの形(表象)や質感に惹かれた写真。そこには記号とか意味とかは無視されていると言ってもいいかもしれない。同じようにモノクロでスクエアの作品を作っている写真仲間のSさんを思い浮かべた。築地さんの最初期の写真集『垂直状の、(領域)』を見れたのもよかった。1975年の出版で、このころは築地さんもブレ・ボケの写真を撮ったりしているんだと思った。

・伊藤義彦写真展「箱のなか」、P.G.I.
雨粒や人形をパノラマサイズで撮影された作品。連続するカットをつなぎ合わせてあるらしい。写真絵巻という言葉が使われおり、日本の絵巻物のように時間の経過も閉じ込めたいようだ。他に、ハーフサイズのカメラのコンタクトプリントによる作品も何点かあった。横12カット縦6段、計72カットでひとつの絵というこの作品は最初にデッサンのようなものをつくるらしい。


この日は銀座駅で写真家の飯田鉄さんに声をかけられ、P.G.I.の入り口ではカロタイプの講評会メンバーのTさんと顔を合わせるなど、珍しい日だった。そういえばP.G.I.が芝浦から東麻布に移転してからは初めてだ。ずっと買わなければと思っていたストレッジボックスを購入。ヨドバシよりだいぶ割安だ。東京タワーがすぐ近くにあり、ビルの隙間から見えるその姿は妙にリアリティがあるが、一方でその真逆の作り物っぽくも見える。スケール感が変になり面白い。そんな気分で珍しく街のカフェで休憩もした。







  
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by pprivateeye | 2017-03-07 01:31 | Comments(0)

3ヵ月前はあんなにキラキラしていたのに・・・

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2017年2月17日(金)

・井津健郎写真展「SEDUCTION OF PEAR 洋梨の誘惑」、gallery bauhaus
1Fがスコットランドのスペイ・サイドの風景、B1が洋梨の静物写真。スペイ・サイドのほうが断然いい、好みだ。シングルモルト・ウィスキーについての本を読むと必ず出てくるのがスペイ川で、サーモンのフライフィッシングでも有名だ。確かミステリ小説でも出てきたような気がする。イギリスも日本と同様島国なのに、広がる平原を見るとなぜだか大きな国だと錯覚してしまう。洋梨は形が特異であり、そのスティル写真が30点も並んでいるのを見ると少々飽きてしまう。最初の面白いと感じた印象が消えてしまう。

・有野永霧写真展「日本人景 ビニール」、銀座ニコンサロン
農地などで使われているビニールハウスやカバーなどをモノクロで撮影。コントラストの強いプリントだ。ビニールは破れていたり、すでに放棄された場所だったりする。人間と自然の戦いという捉え方が底の浅いもののように思えた。

・普後均写真展「肉体と鉄棒」、ときの忘れもの
タイトルの印象から旧作だと勝手に思っていたら、撮影は2013年頃から、プリントは2016年とまったくの新作だった。鉄棒を発注し、そこにぶら下がったヌード、電灯や氷といったモノ、かたつむりなど、いろいろ。あるひとつの場所にいろいろなものが表れるというのは、以前の「ON THE CIRCLE」の別バージョンともいえそうだ。ファイルに入れられたキャプションを読むと、作者はユーモアも意識しているようだ。もうひとつのテキストはほんど何も言っておらず、こんな写真評で代表的な写真評論家と呼んでいいのだろうか。





  
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by pprivateeye | 2017-02-18 22:26 | Comments(1)

乃木坂は雪

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2017年2月10日(金)

・柴田敏雄写真展「31 Contact prints」、gallery ART UNLIMITED
4×5のカラーのコンタクト・プリントの展示。作者の言葉として「コンタクトプリントはフィルムのままの大きさで、自分が撮影したありのままが現れる。それ以上でもそれ以下でもない、必要十分な要素が含まれている。引き伸ばすことなく、並べてみることに、今、魅力を感じているのだ。」というのがあった。確かにそうなんだけど、ずるいという気持ちも多少あるw というのは35mmではなく、4×5のコンタクトだ。そこにはセレクトという行為が可能になる。でも作者の言葉を素直に捉えたい。特に後半の「引き伸ばすことなく、並べてみることに、今、魅力を感じているのだ。」というところは正直な気持ちだと思う。で、コンタクトを見ての感想は、完璧だということ。今回の展示は新作ばかりだが、これまでの作品もトリミングをしていないというのがよくわかる。ギャラリーの人の話ではそんなに厳密に構図を考えているわけではなく、撮る枚数もわずかとのこと。100×120mmの巨大なマットの中央に4×5のコンタクトが1点だけという作品が2つあった。柴田さんのアイデアだそうで、ここは笑うところですと柴田さんが言っていました、とギャラリーの人。それを聴く前に笑っていた。あと思ったのは、フィルムはまったり、ねっとり、ゆったり、穏やかだなということ。それは日本の風景だからかもしれないし、作者が日本人だからかもしれない、ということも。


ギャラリーを出てGoogle Mapさんを確認していたら雪が降り始めた。国立新美術館の横から在日米軍施設の前を通って外苑西通りに出るまでずっと降っていた。たまたまこの日はフードの付いたダウンジャケットだったので助かった。いつもはまず歩かないコースでしかも雪が降っていたので何度もG2のシャッターを切っていた。


・「monochrome ⅩⅣ Shadow」、gallery E・M 西麻布
恒例のモノクローム展14回目。テーマが影なのでベタだなと訪れる前は思っていたが、予想以上に各作品がよかったので一点一点を見ている時間が長かった。お気に入りは中島秀雄さんと原直久さんの作品で、共に8×10で撮影し大伸ばしされたもの。中島さんはスクリューのプロペラらしいが不思議な表面のテーブルのように思えた。原さんは取り壊された二軒の家の後が壁に残っているもの。かつてあったものの痕跡だがまだ魂は残っているというような作品だ。不思議だったのは中道順詩さんで、空が黒く落ちてグレーはソラリゼーションっぽくなっていた。フィルターとかプリントに秘密がありそうだ。



   
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by pprivateeye | 2017-02-12 23:10 | Comments(0)

写真と虚構について、チラッと思う。

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2017年2月3日(金)

・カール・ラガーフェルド写真展「太陽の宮殿 ヴェルサイユの光と影」、CHANEL NEXUS HALL
フランス語のタイトルは「VERSAILLES A L'ombre du Soleil」なので、日本語タイトルの「光と影」ではなく「太陽の陰で」のほうが意味としては正しく、また写真もそういったものだった。何より作者がこの場所は過去のものと言っている。太陽という言葉の持つ明るさよりも過ぎ去ったものとして撮影されている。通路を形作る生垣が高く濃いので、地面の白い砂とのコントラストが強くて黒くつぶれている。案外そこに闇が潜んでいるのではないだろうか。

・鈴木篤男写真展「風 砂 人(防潮堤)」、銀座ニコンサロン
浜名湖近くの遠州灘の海岸沿いに防潮堤を作る工事が始められており、そのドキュメント的な写真。最初はコントラストのないプリントだなと思いながら見ていたが、工事そのものよりも砂丘(砂浜)の写真に見えてきて、コントラストの低さが逆に砂の白さにつながってきた。

・大橋英児写真展「Existence of」、epSITE
路上の自動販売機シリーズのカラー版。モノクロと同時に撮影しているとのこと。カラーになることで自販機の存在感が強くなるが、大きなプリントなので何度か見ているうちに周囲の景色も気になってくる。もしかしたら一番無個性なのは自販機のディスプレイの箇所かもしれない。

・藤原香織写真展「森を見る 森から見る」、新宿ニコンサロン juna21
東京の神社を撮影して、調べると縄文時代の遺跡と重なることが多かった。神社と遺跡とは時代的にもかなり離れているが、そこにつながりがあることに聖的なものを感じるという。神社のある風景だが、神社そのものを撮っていないのがいい。

・小野淳也写真展「瞬きもせずに」、新宿ニコンサロン juna21
キャプションには作者と祖父との関係が書かれていた。アルツハイマー発症や老齢のために入院し、そのことで祖父と関連のある風景を撮影、とある。しかし、それは日常、普通にある風景だけだ。果たしてキャプションや写真は真実だろうか。どちらか片方、あるいは両方ともフィクションであってもおかしくない。







  
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by pprivateeye | 2017-02-06 22:02 | Comments(0)

「東京・TOKYO」

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2017年1月24日(火)

・東京都写真美術館
3F「TOPコレクション 東京・TOKYO」
都写美の所蔵品展。東京という切り口で、林忠彦の「太宰治」から本城直季の「東京タワー」まで41名の作家の作品が展示されている。9割くらいはどこかで目にしたことがあるものだ。ホンマタカシの「Tokyo and my Daughter」シリーズが一コーナー設けられており、やや多めの展示だった。他は多くても5~6点かな。一番いいなと思ったのは荒木経惟の「写真論」からのもの。猫は余計なような気がするが、銀座の路地裏とか日本橋の近くとか、最近のスナップには見られない、端正な撮り方で気持ちがよかった。やればできるじゃんという感じw

2F「東京・TOKYO 日本の心身作家 vol.13」
展示順に中藤毅彦、佐藤信太郎、小島康敬、元田敬三、野村恵子、田代一倫の6名。それぞれかなりの点数が展示されおり、普段ギャラリーで見る以上だった。
キャプションを読んだ限りでは、田代さんが一番写真というものに対する考え方深いように思われた。そこには、街中でポートレートを撮らせてもらうのはある種の「生活の中断」であり、その際「撮る⇔撮られる」という関係において見返されるほうが撮るという特権が顕著になる、というようなことが書かれていた。これは新鮮な考え方だった。その「生活の中断」の一瞬が写真となっているわけで、したがって人物像だけでなくその周りの環境も入っているし、なにより被写体がきちんとカメラを見ているとうことで特別な時間となって表れている。
中藤さんはいつものようにストリートスナップだが、その東京がなぜか散漫に見えてしまった。自分がよく知っている場所なだけに求めるものが異なってしまうのかもしれない。
佐藤さんはデジタルで何枚ものカットをつなぎ合わせたパノラマ写真で必ずどこかにスカイツリータワーが写り込んでいる。それは地霊的な意味合いを込めているらしいのだが、見る側としてはそこに視線が取られてしまって街の広がりの印象が希薄になってしまった。
小島さんはほとんど人の気配が感じられない東京で、模型のようにも思えた。
元田さんはかつてのツッパリ仲間を撮っているようにも思えて、ノスタルジーの強い印象だった。
野村さんだけはキャプションがなく、二枚一組で見せる展示が多かったので、写真集を見ているようだった。





   
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by pprivateeye | 2017-01-26 01:55 | Comments(0)

コニカミノルタプラザ閉館

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2017年1月20日(金)

・「アートの競演 2017睦月」、Art Gallery M84
写真を売るというスタンスのせいか、全体的にいろいろな手法によるプリント、展示の仕方があった。展示というよりも出品という感じかな。一番の好みはモノクロ・スクエアで銀座のホテルで撮られたセルフポートレート(だと思う)の小さな作品だ。

・ハナブサ・リュウ写真展「パリの肖像 1976-2016」、銀座ニコンサロン
パリのアーティストたちを撮影したモノクロ作品。ギャラリーの外からチラッと見たときには壁に隙間なく一列で展示されていて多過ぎるんじゃないのと思ったが、ワクワクしながら見ていったので約70点という量も気にならなかった。何周目か見ているうちに並びにかなり意志的なものを感じた。ボーヴォワールから始まり、最後が現在のパリ市長アンヌ・イダルゴとなっている。ボーヴォワールはフェミニズムの立場から女性の解放を求めて闘った人であり、最後に女性の市長を持ってくる。しかも政治家は彼女だけだったように思う。また別の意味で並びが面白かったのはピエール・ガスマン(初めて顔を見たw)の後、オフィスのドアを挟んでイブ・モンタン、イブ・サンローランと続く流れだ。ガスマンがブルーカラーの人のように見えるのでニヤッとしてしまった。右手奥正面の壁は女性ばかりでスクエアのプリント。ソフィー・マルソーがかわいい。

・蔵人写真展「さるく長崎 ―猫街散策Ⅱ―」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーA
タイトル通り長崎の街中の猫を撮影。つい猫の姿を探してしまう。楽しめる写真だけど、それ以上を求めてはいけないのかな。

・茂手木秀行写真展「星天航路」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーB
電柱のある田舎道や海辺で夜空の星を撮影。天の川がきちんと銀河系の形に見えるなど、実際に肉眼で見るよりも何倍も星が写っている。ある意味では目に見えないものが写っている、ということか。

・小池英文写真展「瀬戸内家族」、コニカミノルタプラザ・ギャラリーC
瀬戸内海の小島での撮影だが、瀬戸内という場所的なものはあまり感じられなかった。ドキュメンタリーにはなりきっていないということかと思った。デジタルの割には柔らかい印象で、そこからもノスタルジーを感じるものが多かった。

コニカミノルタプラザはこの展示が最後で1月23日で閉館。

・中藤毅彦写真展「Sous le ciel de Paris」、オリンパスギャラリー東京
タイトルは「パリの空の下」、シャンソンからだ。2週間集中して撮影されたパリ。人物も街中でのストリートスナップではなく、きちんとしたポートレートに力を入れてみたとのこと。タテ位置の写真が多かった。改めてポートレートはその人物が持っている「価値」をどれだけ引き出せているかということだと思った。デジタルによるプリントだが、黒が濃く、重量感のある印象でいい。

・渡邊遊可写真展「Utopie」、新宿ニコンサロン juna21
タイトルはフランス語でユートピア、理想郷。作者にとっては現実がすでに理想郷で、我々はそこに住んでいるという認識。写っているものは風景が大半だが統一感のようなものはない。色味も同様。大きなプリントも何点かあるが、それが求心力を示しているわけでもなく、全体としての印象が掴みづらい。

・森川英里写真展「Birth」、新宿ニコンサロン juna21
小学生のときに死に別れた兄がいたことを知らされ、3・11の津波では町が一瞬でなくなることに驚愕した。これらのことから「生」というものへの関心を強めたとのこと。私写真、心情写真というか、作者と写真のつながりが強く感じられ、客観的に見づらい作品だった。





   
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by pprivateeye | 2017-01-23 20:35 | Comments(0)

六本木にギャラリーが増えている。

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2017年1月17日(火)

・竹内英介写真展「Headlight 1970~2016」、gallery E・M 西麻布
車のヘッドライトに浮かび上がる夜の写真。しかし、キャプションを読むと18歳で自動車免許を取った作者は自由になる夜、車を走らせることが一番の楽しみだったようだ。それに写真が付随している。さらに驚くべきことに40年前の写真と現在のものとまったく違いが感じられないことだ。そこには夜とか闇とかいったものにまつわる諸々の概念から自由に、写真を撮ることに楽しさが感じられる。当時はこれが作品になるとは思っていなかったとのこと。

・山縣勉写真展「涅槃の谷」、ZEN FOTO GALLERY
展示を数点入れ替えているとのことで、見るのは二回目。谷に横たわって放射線を浴びるのは一日合わせても1時間くらいらしい。写真集は作ったものの、どこまで売れるかまったく見えないとのこと。そこから、ネットがあるので昔ほどではないにせよ、東京と地方の差は非常に大きいというような話にまでなった。

すぐ近くに現代アートのビルができたとのことで、山縣さんに教えてもらって見に行った。complex665というビルにタカ・イシイギャラリー東京、ShugoArts、小山登美夫ギャラリーが入っている。深川の倉庫ビルに入っていたギャラリーが引越してきたようだ。

・「日本のシュルレアリスム写真」、タカ・イシイギャラリー東京
中山岩太、岡上淑子、椎原治、山本悍右、安井仲治の5人の写真作品が展示されている。そのなかでは中山岩太のものが数も多く見応えがあった。シュルレアリスムの考え方そのものが欧州の歴史がベースにあるので日本に持ち込んでも形式的なものにならざるを得なかったようだ。

・戸谷成雄展「森 Ⅹ」、ShugoArts
木材をチェーンソーで削って作品を制作。チェーンソーによる溝、山と谷、突起のプラスとマイナスの関係によって視線が揺らぎ始める云々というキャプション(チラシ)が面白くて勉強になる。話好きなのか、ギャラリーの人がいろいろと作品や作者について解説してもらったのも参考になった。現代アートにひとは本当に深いところまで考えているという一面も感じられた。

・「ヴァルダ・カイヴァーノ展」、小山登美夫ギャラリー
作者は1971年アルゼンチン生まれと、まだ若い作家だ。作品はペインティングがメインだが、線と塗りつぶした面との組み合わせで余白の多い抽象画だ。一見、幼児の絵のようにも見えるがコントロールされた何かが伝わってくる。

・みうらのりこ写真展「Found Scenes」、epSITE
彩度が高めのカラー作品。街中のある瞬間に違和感のようなものを感じたときにシャッターを切っているとのこと。作者にとってそれは舞台のある場面のようにも思える。照明も全体を暗くして作品にだけ光りを当てている。舞台と見た場合、人が佇んでいるシーンのほうがうまくいっているようだ。通りで人物が動いているとストリートスナップという感じが強くなる。









   
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by pprivateeye | 2017-01-18 23:26 | Comments(0)