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「木靴の樹」、「聖なる酔っぱらいの伝説」

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2016年11月6日(日)

早稲田松竹で「木靴の樹」と「聖なる酔っぱらいの伝説」を観る。エルマンノ・オルミ監督特集。

「木靴の樹」、1978年、イタリア
20世紀初めの農民の貧困生活が描かれている。オープニングの場面、神父が教会で農民夫婦に息子を学校に通わせるように話す。父親は反対したものの、渋々受け入れたようで、夫婦は自分の家まで歩いて帰る。その道程は意外と長く、道は泥でぬかるみ、馬車のわだちがついている。家の中に入って父親が再び、息子が学校に行くなんてとつぶやく。教会から家に帰っても母親は一言も口をきいていない。これだけで映画全体を象徴しているようだ。映画のストーリーは特別なことは何もない。農民の貧しい生活の日々が描かれるだけだ。
一番動きのあった場面は馬の蹄のところに金貨を隠していたのにそれがなくなってしまい馬に八つ当たりしたら、馬が怒って部屋の中まで追いかけてくるシーンだ。
タイトルは、息子の木靴が割れたので道沿いの樹をこっそりと切って新たに木靴をつくるところからきている。それが後日、地主にわかってしまい、その一家は住んでいる家(地主所有の集合住宅で4家族が住んでいる)を追われてしまう。このシーンも淡々と描かれている。農民は地主に絶対服従で、不条理といってもいいような状況だ。周りの家族も窓越しに眺めるだけで何一つ声を発していない。

「聖なる酔っぱらいの伝説」、1988年、イタリア
まず都市がよくわからなかった。ブーローニュの森へ行くシーンがあるのでパリだったんだとわかる。しかし、他は一切推測するようなものがないので、どこかわからない都市ということ自体が映画を夢の中のような幻想的なものに思わせてしまう。
主人公アンドレアスがワインを飲み続けているのを見て、自分も飲みたくなってくる。彼は宿無しだが自尊心はあるものの欲はない酔っぱらいだ。映画は説明がないのがいい。視線(カメラ)の動きだけで語っている。言葉はその場の会話だけ。両親と別れた場面の回想は何度も出てくるが、そこでも言葉は一切ない。また、主人公がつらいとか苦しいとかいった表情を浮かべないのもいい。時間が経つほど沁みてくる映画だ。ヨゼフ・ロートの原作が読みたくなった。





  
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by pprivateeye | 2016-11-12 08:59 | 映画 | Comments(0)
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写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
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