Private Eye

ppeye.exblog.jp ブログトップ

<午前十時の映画祭>

コルトン・プラザで「タクシードライバー」を観る。
映画を観た直後の感想は、これは「夢」か?
解説などでは現代社会の病理云々とか書かれているが、これは「内なる狂気」が発現したものと思った。
映画の中ほどで主人公のトラヴィスが同じタクシードライバーの先輩に相談するが、結局何も具体的なことは言えずじまいだった。
言えなかったのではなく、不満とか葛藤とかはあるものの、それは気分的なものにすぎず、実は明確ではないにしろ目標なり目的というものをまったく持っていない。
この場面で、若者の気分についての少し前のジョークを思い出した。
「俺はでっかいことをやってやるぜ」「何を?」「何かわからないが、やってやるぜ」
普通、こういうのをバカという。
映画は内なる狂気を描きながら、一気にハイテンションとなる。
しかし、それで終わらず、殺人を問われるどころか少女を救ったということで「英雄」になってしまう。
「英雄」になってしまったことを描いたことで、たぶんこの映画がアメリカン・ニューシネマの終焉と言われる所以だと考えた。
それまでのアメリカン・ニューシネマならトラヴィスの殺人の後、現場に付近の住民やパトカーが集まってくるところで終わっているはずだ。たとえば「バニシング・ポイント」などがそうだ。
だが、その後を描くことで「強固な現実」というものを見せている。
それは、夢はしょせん夢に過ぎないということかもしれない。
[PR]
by pprivateeye | 2011-08-25 23:23 | 映画 | Comments(0)
line

写真について、極私的な、 あれやこれや


by pprivateeye
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30